●第四話 ファーストコンタクト
翌朝、脱出艇に残されていた最後の水を使い、俺たちは豪華なコーヒータイムを楽しんだ。お湯はマルチソーラーバッテリーをショートさせ(推奨されない使い方だが……)なんとか沸かした。
周囲の森は幻想的な靄に包まれ、少し遠くから小鳥たちの鳴き声がする。
「ふぅ、やっぱりこれが落ち着くわね」
「ああ。俺はコーヒーはそんなに好きじゃないんだけど、文明の味にほっとする」
「ふふ。こんなインスタントじゃなくて本物の豆から引いたものなら、もっと美味しいわよ」
「そこまで手間はかけたくないな」
「今度、私が淹れた物をごちそうしてあげるわ。それなら手間じゃないでしょ」
「楽しみにしておくよ」
「じゃ、早く水を探しに行きましょう」
「そうだな。クロ、推奨地点を教えてくれ」
「残念ながら、データ不足だよ。でも、少し歩けば、こういう地形なら必ず水はあるからそう心配しなくても大丈夫さ。この惑星は水も自然も豊かみたいだからね」
「まぁ、木が生えてるんなら、雨は降ってるだろうな」
雨が降るまで、コップを置いて天に祈るのはちょっと嫌だなぁ。空を見ると、曇ってはいたが、雨が今すぐ降ってくれそうな天気ではなさそうだった。
「雨が定期的に降っているなら、川もあるはずよ」
「なるほど。確かに」
川の存在を聞いて、少し俺もやる気が出てきた。
クロを肩に乗せ、クローディアと二人で歩く。
それから少しも歩かないうちに、クロが鋭い声を発した。
「ちょっと待って、二人とも。約百メートル先に生物らしき熱源反応が一つある。時速4キロくらいで移動中だ。大きさは身長一メートル二十ってところかな」
「子どもかしら?」
「なんだか、急に文明の予感がしてきたな。人間が住んでるなら、水を分けてもらえるかもしれないぞ」
「そう上手くいくかしら。クロ、ネクサスじゃあないわよね」
「違うと思うな。だってあいつら、単独行動はしないし」
「そうね」
「よし、接近してみよう。この星の原住民かも」
「ええ? だったらちょっとまずいわよ。『未開惑星保護条約』に抵触しちゃうじゃない」
「構うもんか。水を見つけないと、生きていけない状況で、条約がどうのこうのと言ってる場合じゃないだろう。それに、実はクロが間違えているだけで、ここは銀河同盟の登録惑星の一つかもしれない」
「その可能性はゼロだと思うけどね。通信もない銀河同盟勢力なんてボクのデータベースには存在しないよ」
「クロのセンサーが故障してるんだ」
「はいはい、じゃあ、ウダウダ言ってないで確かめてみようよ。そしてあとでボクに土下座で謝ればいい。楽しみだなぁ」
「土下座まではやらんぞ」
「本当にクロちゃんって、人間そっくりに振る舞うわね。感情表現の豊かさにはびっくりしちゃう」
クローディアはそう言ったが、誤解もあるので俺は説明しておく。
「どうしてか、マザーボルバは意図的に自分の感情を殺してるんだよ。まぁ、軍のAIだからそれが不自然ってわけでもないけど」
「ボクのほうが高性能なのさ、えっへん」
「さすがにそれは無いと思うけど」
「しっ。静かに」
ガサガサと茂みの音がして、向こうから背の低い人間がついに姿を現した。
んん? これが人間……なのか?
まず異様に肌が緑色で、しわくちゃ。二足歩行ではあるが、骨格が人間とは明らかに違う。おまけに目の色は黄色で、は虫類の瞳に似ている。とはいえ、腰には粗末ではあるが、布を巻き、服を着ている。手には石を植物の蔓で結びつけた棍棒。
銀河同盟の人類学者が言っていた。人間と動物の決定的に異なる点は、道具を自分で作れることだと。
「よし、文明人で間違いない。クロ、言語解析を頼む」
「了解」
「こんにちは。俺はハルト」
「ガウガウ、ギッ?」
「ハルト、だ。ハルト」
笑顔で言うが、相手は牙を見せて威嚇してきた。
「ギーッ! ギーッ!」
「ねえ、ちょっと雰囲気が悪くなってる気がするんだけど」
「おかしいな。普通、見知らぬ知的生命体に出会ったら、恐怖で怯えるか、好奇心を示すはずなんだが」
「ボクの推測だと、あれは威嚇してるね。95%の確率だ。ちょっと自信があるよ?」
「ううむ、何か挨拶を間違えたのかも。ごめんなさい、怒らせるつもりはなかった」
「ギッ! ギッ! ガウッ!」
「えっ、ちょっと!」
急に棍棒で殴りかかってきたので、こちらは焦る。
よたよたと走り込んできて、ぶんっと振り下ろされる石斧。
もちろん、こちらは銀河同盟軍の正規兵だ。こんなショボい装備のヤツにやられるわけがない。戦闘スーツの力を借りるまでもなく、相手の石斧は軽く躱せていた。
「ねえ、どうするの、これ」
「まだだ。まだ終わってない。一発殴って語り合えば、わかり合えるかもしれない」
「ええ? 絶対そんなこと無いと思う」
「ボクも非推奨だなぁ」
「いや、猿とか犬とか、動物は序列を大切にするんだから」
「それって、高等知的生物と言えるのかしら」
「いいから、試させてくれ。よし、ここでカウンタージャブ!」
また踏み込んできた相手にタイミングを合わせ、軽く一発を浴びせる。
「ギャッ!」
軽めのパンチだが、完璧なタイミングで華麗に決まった。これで相手も、俺たちのことを強い種族だと見なして、畏敬の念を抱くかも。
だが、ドサリと倒れたそいつは、二度と起き上がることはなかった。
「んん? あっれ? おーい、もしもーし、大丈夫ですかー」




