●第三話 パンと船上の観測者たち
「天翔ける船上におわす神ルミエルよ
この糧を与え給うたこと、感謝します。
どうか、迷える私たちを照らし導き給え――」
村長の食卓に並んだ夕食を前に、フィーナが両手を組んで祈りを捧げる。
「では、皆さん、頂きましょう」
「頂きます」
木の器に入ったスープを木のスプーンで掬って、フーフーして食べる。
「ハフハフ、お? これは旨いな!」
ニンジン、タマネギ、肉のソーセージを放り込んだだけの簡素なスープなのだが、野菜の穏やかな甘みとソーセージの塩みが絶妙に絡み合い、巡洋艦ブリュンヒルデの艦飯よりも美味しかった。
「ええ、本当に……驚いたわ」
「そうじゃろう、そうじゃろう。汗水垂らして腹を空かせた分、何でも旨くなるに決まっておるわい」
村長に同意するのはなんだか悔しいのだが、一理ある。いや、真理かもな。
ただ……さすがにパンは硬かった。この黒みを帯びたパン、イースト菌や膨張剤は一切入っていないだろう。オーガニックな点はいいのだが、歯が立たず、顎が砕けそうだ。
「くっ、かった! こんなの、どうやって食べりゃいいんだ?」
「ふふ、あまりお行儀良いとは言えないのですが、こうしてください、ハルトさん」
フィーナがガン!ガン!ガン!と両手で思いっきりテーブルの角でぶつけて割ったパンを、今度はスープに浸し、そのまま手づかみで口に運ぶ。
「なるほど」
郷には入れば郷に従え、だな。
ガンガン! バリバリッ! スッ……
「おお、ふむ、これはこれで」
ありかもしれない。だが、勝ち誇った顔でニマニマとこちらを見る村長に、いつか柔らか~い現代のパンを口に突っ込んでギャフンと言わせてやりたい。
「ごちそうさまでした」
久しぶりに温かい食事を食べて、気分が落ち着いた。
「ほれ、猫、お前はネズミでも捕っておいで」
「ニー、ニー、ニー!」
「ああ、すみません、村長、その猫はネズミは捕らないんですよ」
「なんだい、役立たずの猫だねえ」
ま、こっちの世界の暮らしじゃ、クロは役立たずだろうな。
《ハルト、ハルト、観測するから屋根裏に上がって》
そんなことを無線で言い出すし。
「自分で上がれば良いだろ」
《他にも伝えなきゃいけないことがあるんだよ》
「ふうん? そうか。村長。一宿一飯のお礼に、屋根を直してあげますよ」
「おお、そりゃ悪いね。ほれ、釘と板だ。ちょうどあのあたりが雨漏りするから、直しておいてくれ」
「了解」
言われたとおりに、屋根に板をテキトーに打ち付け……いや、やっぱりキッチリ直しておこう。マルチツールナイフで板をピッタリの形に切り合わせてはめ込んでおく。さらにポリ袋を継ぎ目に打ち付けて防水。完璧……!
「ハルト、重大なことが二つ分かった。悪いニュースと、良くないニュース、どっちを先に聞きたい?」
「はぁ? どっちも同じじゃないか」
「度合いが少し違うよ」
「じゃ、悪いニュースから」
「天体マップ測量が完了した。地上からの限られた観測だから絶対とは言い切れないけど、この惑星Xは未踏領域に存在してる。宇宙の大発見だよ。銀河同盟の宇宙地図が2割以上、確実に広がったね」
「……待て待て、ということは、あれか? この近くに銀河同盟の文明惑星は……」
「うん、少なくとも半径十万光年以内に存在しない」
「十万光年……参ったな……まぁ、ブラックホールを抜けてきたからな。まさかホワイトホールにつながっている説が正解だとは思いもしなかったが」
「それもどうかな。もし、ホワイトホールがこの惑星の上空にあれば、他の星なんて見えない大星雲になっているはずなんだけど、そんな兆候は一切見られない」
「そうか。で、もう一つは?」
「フィーナの遺伝子サンプルを採取して調べてみたんだ。そうしたら、興味深いことに、ミトコンドリアに人工的な遺伝子操作の痕跡が残っていた。彼女、最新式の銀河同盟のバイオ・ナノマシンを使っている可能性がある」
「なに? じゃあそれが、魔法の正体だっていうのか?」
「可能性は大いにあるね。ただ、バイオ・ナノマシンはまだ理論の段階で実際に実証研究がされたなんて話はなかったんだよ。彼女はいったい、何者なんだろう?」
「さてな」
「おかしなことはもう一つあったでしょ」
クローディアも屋根上に登ってきた。
「言ってくれ」
「さっきの夕食の時のフィーナのお祈り。”天翔ける船上におわす神”って、ちょっと変だと思わない? まるで宇宙船のことを指してるみたい」
「別に、古代神話なら、船が空を飛んでいたって不思議じゃないと思うぞ。俺らの神様だって宇宙大航海時代の前は天空にいたことになってるし」
「まあ、そうね。でも、神の居場所が奪われた昔の人はどういう気持ちだったのかしら」
「さあねぇ。たぶん、今の俺たちと同じで、途方に暮れてるんじゃないか?」
「そうかも」
二人と一匹は、果てのない星空を見上げて黙り込んだ。
そこに、帰るべき場所の光を探すように。
だが、どれだけ目を凝らしても、そこに見知った星座は一つもない。頭上に広がるのは、ただ残酷なほどに美しく、どこまでも冷たい未知の光だけだった――。




