●第二話 ヴァルプルギスの夜
――黒いローブを着た魔女たちがわらわらと一斉に飛び出してきたときは、最悪の事態も覚悟して肝を冷やしたのだが、これはこの村のお祭り衣装なのだそうだ。
「姫様~」「ひめたま~」「きゃはは」
年端もいかない子ども達が目をキラキラさせてフィーナの周りを飛び跳ねながら駆け回る。メッチャ元気いいな。
「もう、私はお忍びで来たのですよ」
「うん、お忍びだもんね。王女ってことは絶対内緒だもんね! 分かってるよ! ねー!」
「「「ねー!」」」
分かってない。
「ふふ、困ったものですね。さ、あなたたち、またあとで遊んであげるから、村長のところへ行かせてね。私は大事な話があるのです」
「「「はーい」」」「あい!」
村の中央にある大きな木造の家には腰の曲がった老婆がいた。
「おお、おお、これは姫様、よくぞご無事で……!」
「あなたもお元気そうで、何よりです、村長。ところで……叔父様、いえ、ルートヴィッヒの兵は?」
「カカッ、ご安心なされい。このような山奥の片田舎などに兵が来るはずもありますまい。ムーンベアを怖がって、行商も滅多に訪れぬ土地柄ですじゃ」
「それは……そうかもしれませんね」
「そうですとも。何ももてなしはできませぬが、ごゆるりとお休みください。ほれ、そこの従者、さっさと井戸で水を汲んで来い」
え? 俺っすか。
「待ってください、村長。彼はハルト。そして彼女はクローディア。このお二人は従者などではありません。私をムーンベアから助けてくれた命の恩人なのです」
「それは失礼を。ですが、姫様、いえ、フィーナ様。それではお付きの者は?」
老婆が見回すが、俺たち二人しかいない。
「それが、残念ながら……他の者はここに逃れてくる途中で全員、命を落としてしまいました」
フィーナが唇を噛みしめ、辛さを耐えるように拳を固く握りしめる。
「なんとまぁ……お可哀想に。ほれ、さっさと水を」
「そうですね。じゃ、クローディア、ここは頼む」
「ええ、任せて」
「でも、あの!」
「大丈夫。とにかく、誰か世話をしてくれそうな人を呼んできますよ」
さすがに老婆に水汲みをさせるわけにも行かないので、俺が外に行くことにする。
「お話、終わったー?」
「まだだよ。ところで井戸はどこにあるんだい?」
「あっち!」
「ありがとう。あと、誰か大人を一人、村長が呼んでいたと伝えてくれ」
「うんー!」
これでよし。
井戸は石積みで円形に囲い、その上側には木材の板で屋根がある。滑車と木桶もあったので、これで水を汲めそうだ。
「おっと、固定式の滑車か……確か、動滑車だと持ち上げる力が半分で済むはずだよな、クロ」
「うん、摩擦もあるからピッタリとは行かないけど、原理はそうだよ」
これは苦労させられるかと思ったが、戦闘スーツの人工筋肉で楽々だった。バッテリー切れが心配だが、今日は晴れているので90%近くまで回復していた。銀河同盟軍万歳!
「村長、水はどこへ運べば良い?」
「このやかんに入れとくれ。その後はこの鍋と壺じゃ」
おう、往復確定デスカー。まあいいや。
「ありがとうございます、ハルトさん」
……十往復した。きちんとお礼を言ってくれるフィーナが天使に見える。
「どういたしまして。ところで村長。あの井戸の滑車は動滑車にすべきですよ」
「なぜじゃ」
「その方が楽だから」
「別に今のままでええ」
「ええ? でも、ここの生活水、見たところ村人も共同であれを使っているでしょう? なら、動滑車にしたほうが、労力――仕事も早く終わりますって」
「今のままで充分じゃ」
この分からず屋め。
「いいですか、村長、村の経済成長を考えるなら、労力を減らすことを第一にすべきです。それがみんなのためです」
俺は戦闘スーツの筋力増加があるから、楽々だったが、これを女性や年寄りがやろうと思えばかなりキツいはずだ。
「ふん、仕事が減って、それでどうなる」
「どうなるって、ヒマな時間があれば、その分遊べるじゃないですか」
「別に、今でも充分、ヒマはあるわい。それに、お前さんの言う動滑車を作るのにも、部品と手間がかかるぞ」
「それはそうですが、一度作ってしまえば……」
「不要じゃ」
「むむ」
「ハルト、やめなさい。こちらの文化に干渉しすぎよ」
「そうそう、まるで漁師に投資を押し売りしてる超怪しい詐欺師っぽいよ」
「ええ?」
「ワシらには風がある。それで充分じゃ。他は何も望まぬ」
目を閉じ、泰然として言う村長に、俺はもう何も言えなかった。




