●第一話 風の村
近くに村があるというので、俺たちはそこを目指していた。しばらく歩いて森を抜けると、背の低い草が風に揺られている。うねる高原の向こう、白銀の山々が空の青に溶け込むように連なっていた。
俺は、肩に乗るクロに聞く。
「なぁクロ、本当に手品の類いじゃないんだな?」
少し先を先導して歩くフィーナには聞こえないように、小声だ。
彼女が洞窟の神殿で見せた”ファイアボールの魔法”……フィーナは初級魔法だと言っていたが。
「しつこいなぁ、ハルト。ボクだってこの目で見たし、未知のエネルギーを観測した。君たちだってあの台座に何も仕掛けがなかったのは、あとで確認してたじゃないか」
「いや、そうなんだが。でもそれじゃ、無から有を作り出してるってことになるじゃないか。どう考えても科学の法則に反してる」
「でも、フィーナが嘘をついているようにも見えないわ。だって無一文の私たちを騙したところで彼女には何の得もないもの。私たちを命の恩人だと思っているみたいだし」
クローディアが言うように、フィーナが俺たちを騙す理由もないはずだ。ただそれでも、純粋に、あの幻想的で奇怪な現象が俺にはしっくりこないだけなのだ。
「それにね、科学の法則に反すると断定するにはまだ早いよ、ハルト。熱量、光量、放射線スペクトル――すべてが一貫した物理現象として観測された。問題は、“エネルギー源がどこにも存在しなかった”という一点だ。残念ながらボクの演算系は、その条件を満たす理論をいまだに見つけられず、仮説すら立てられていない。今も計算は続けてるから、もう少し待ってよ」
「最優先で頼むぞ、クロ。それと、天体マップの件はどうなってる? この惑星の位置は判明したのか?」
「それもまだだよ。今のところ、ボクのデータベースには該当する天体位置は存在しないけど、星偏測位法――星雲の偏りを観測し続ければ、僕らが宇宙のどの辺にいるかくらいは、あと数日で結果が出せると思う」
「よし。それでもし、銀河同盟の文明惑星に近ければ、このパルスレーザーガンを指向通信に使ってみよう。モールスでも、光学監視衛星が拾えば応答が返ってくるかもしれない」
「推奨はしないけど、悪くはない案だね。ただ、この星じゃパルスレーザーガンのエネルギーは補充できないから、武装にも注意を払ったほうがいいね。無駄撃ちはできないよ?」
「待って、クロちゃん。マルチソーラーバッテリーがあるから、充電できるはずよ。銃側にソケットはないから、分解が必要だけど」
「分解かぁ。クローディア、レーザーガンのバッテリーは高電圧だから、分解するのはやめたほうがいいよ。残弾ゼロになったら、そのときは考えれば良いけどさ。それに、分解保護機構もあるから、慎重にね」
「ああ、それがあるのか……面倒ね」
「だが、二丁あるんだから一丁は試してみるべきだな。といっても、この戦闘スーツさえあれば、この星の脅威なんて余裕で一掃できると思うが」
「あなたが嫌いなネクサスがいなければね」
「うっ、そうだった……」
ハイドラ種に張り付かれないように対抗するには、飛び道具は必須だ。俺とクローディアはうなずき合い、パルスレーザーガンは慎重に取り扱おうと決めた。
「皆さん、見えてきました。あれがヴィント村です」
フィーナが指さす先に、木の柵とゆっくり動く風車が見えた。柵の手前には背の高い草が見えるが――規則的に整っているので、おそらくあれは麦畑なのだろう。
「じゃ、手はず通りに行こう。俺とクローディアで、村の中に兵士や騎士がいないか確認する。どちらかがいた場合は、ルートヴィッヒ新王についてどう思うかを聞く」
「はい、ご面倒なことをお願いするようで申し訳ないのですが……」
フィーナが心苦しそうに言う。俺は笑顔で首を横に振った。
「気にしないで、フィーナ。こちらも特殊な素性だからね。この国の治安部隊に見つかるのはできれば避けたい」
「ハルト、その言い方だと、まるで私たちがこの国に潜入している工作員みたいで疑われちゃう気がするんだけど……」
「いいえ、クローディアさん。私はあなた方のことを信じています。もしも敵国の間者ならば、私を見つけた途端に殺すか、捕らえているでしょうから」
それは暗に自分がこの王国の要人の一人だと言っているようなものだが、彼女が素性を伏せている以上、こちらも深く問い詰めるのは避けた。彼女が身につけている装備品はどれも立派なもので、この世界で言うなら貴族か王族で間違いないだろう。
ここは慎重に動くべきだ。そう思っていると、ひょいと柵からこちらを覗いた男が、目を見開いた。
「あんれ、姫様でねぇか? おお、やっぱり姫様だべ! げへへ、おい、皆の衆、姫を見つけたぞ! 歓迎の準備をしろォー!」
「「「 ヒャッハー! 」」」
奇声を上げながら黒い影がいくつも飛び出してくる。
「くっ」
俺とクローディアは、素早くレーザーガンを構えた。




