●第十一話 遺跡
洞窟の奥の空気はひんやりとしていた。静寂の中、水滴の落ちる音と俺たちの足音だけが反響している。
戦闘スーツの手首のライトを点灯させ、奥を照らす。
奥は三十メートル四方ほどの広間になっており、クロの言ったとおり広くはない。だが、高さだけが異様に抜けている。光が吸い込まれるほど暗く、天井の輪郭さえ見えない。
「ハルト。これを見て……!」
クローディアの声に振り向いた瞬間、俺はギョッとした。
『何かがいる』
――それは石像だった。
巨大な石像の姿がライトを浴びて浮かび上がったのだ。全部で四体の人型の石像が横一列に並んでいるようだ。
「デカいな……」
動くことのない無機質なはずの石から、無言の圧のようなものを感じる。
「これはセラスの四神です。アルム、エラーマ、アマディア、ゾロ。アルムは始祖にして大地の神。災いの神託。エラーマは風神。欺きと欲望。アマディアは水の神。旅と縁結びの女神でもあります。ゾロは生と死の裁きの神」
「へぇ、詳しいんだね、フィーナ」
「いえ、アルディア王国の人間なら誰でも、おとぎ話で子どもの頃から何度も聞かされていますから」
「つまり、この四神が広く信仰されているのね?」
「いいえ、女神アマディアは信仰している人もいますが、あまりゲマイニではありません」
翻訳が失敗したが、おそらく「一般的ではない」と言ったのだろう。
「それなのに、こんな立派な石像を作ったのか?」
風化してしまい、ところどころ崩れて、頭や顔の部分は損傷が激しいが、それでもこれだけのものを作るには相当な労力がいるはずだ。
「四神は滅びた古い神なのです。アルディアの民はたいていルミエル教のほうを信じています。光の神ルミエル、癒やしの女神エイル、豊穣神デメタールあたりですね」
「おや、女神エイルは北欧神話にも出てくるよ! 癒やしの属性まで同じだなんて、凄い偶然だね!」
「ホクオー神話、ですか?」
「ちょっと、クロ」
「おっと、失敬、ボクらの故郷じゃそう呼ぶってだけ。翻訳もまだ完璧じゃないし、気にしなくていいよ、フィーナ」
「はい。でも、クロさんの翻訳魔法はとても精度が高くてヴンダルリヒですね! あとでルーンを教えてもらえますか?」
「ルーン? ごめん、それは翻訳できないや。ええと、コードのことかな?」
「そんなわけないだろう、クロ。この世界にはコンピュータどころか、電気すらないはずだ」
「でも、ハルトの使っているライトにフィーナは全然驚かなかったじゃないか。電気はあるはずだよ」
「いえ、少し驚いてはいますよ。それほどクリアで強い光が出せる魔導具は私も見たことがありませんから」
どうやらフィーナはLEDライトを魔法のアイテムだと思っている様子。説明が省けるから、そのほうが都合はいいのだが。
「でも、なんで”一般的”が翻訳失敗で、『魔導具』が通じるんだ?」
魔導具なんて、普通は翻訳できないレベルの難易度の気がしたが。神々の、癒やしや豊穣にしたってそうだ。
「そりゃあ、君がRPGゲームの攻略に、ボクの学習データをさんざん利用して強化したからだよ、ハルト。あれはマザー――オホン、親戚のお母さんからトークンの使用目的について問い合わせまで来ちゃって、ごまかすのに大変だったんだから」
「待て、そんなことがあったのか? なんで外部のデータベースまで使うんだよ。そこはオフラインにしろ」
「ちょっと、聞き捨てならないわね、ハルト。あなた、軍の勤務中にゲームなんてやってたの?」
「い、いや、休憩時間にちょこっとだよ。それよりフィーナ、実に興味深い神話だ、もっと聞かせてくれないか?」
雲行きが怪しくなってきたので、強引に話題を戻す。
「ふふっ、構いませんよ。ではこの世界の成り立ちと言われる、セラスの古代神話をお話ししましょう」
――始祖アルムの神託は蒼き閃光とともに世界を凍らせ、欲望の神エラーマは虚ろの風炎をもって人々を焼き尽くした。
これに怒れるアマディアは水を天に返し、ゾロは死と生の眼により混沌を裁いた。
星核を穿つ四つの力が相克し、古の地は、血と光、そして凍結の傷跡を幾度も刻まれた――
「私が知っている『四神の熾烈』はこれだけです。神官なら他にもいろいろと知っていると思いますが」
「なんか、どの神もろくでもないな。なんでこんな像まで作ったのやら」
改めて不気味な像を見上げる。特に四柱の顔が恐ろしい。女神アマディアはこの中では一番人間に近い顔をしていたが、それでも口角が耳を突き出すほどにつり上がっており、『口を閉じた口裂き女』みたいでおっかない。
「いえ、これは四神が互いに相争った神話の部分ですから、荒々しくて当然だと思いますよ。良い話は私は一つも知らないのですけど」
フィーナは肩をすくめて苦笑する。
「ありがとう、フィーナ。おかげでボクの翻訳魔法も、かなり精度が上がったよ」
「どういたしまして、クロさん」
この石像は、人々が忘れた記憶を静かに抱いたまま、さらに永い時を越えていくのだろう。
「さて、外の雨もやんだみたいだ。そろそろ出るか」
「ええ」
「待ってください。ここに『聖炎台』があります。せっかくですから、炎を灯し、最後にお祈りを捧げてから出ましょう。――四元素の一つ、炎より生まれしサラマンダーよ、その息吹をここに借りん! ファイアボール!」
フィーナが右手をかざして呪文を唱えると、空中から謎の赤い光の粒子が吸い寄せられるように収束していき――その手から唐突に炎の球が飛び出した。
「なっ!?」
「ええっ!?」
「うわ……」
それはアーシア観測隊が銀河同盟の歴史上、初めて魔法を観測した日となった。
科学が言葉を失い、神話が再び語り始めた瞬間だった。




