●第十話 掟の向こう、静かな遺跡へ
「そろそろ食事にしましょう」
クローディアがそう言って、バックパックからパンを取り出す。これも騎士アーガイルの背負い袋から回収したものだ。
「待った。彼女は怪我人だぞ。どう考えても高栄養キューブにすべきだ」
「ボクもハルトに賛成。感染症や食中毒は今の体力が落ちているフィーナには致命傷になりかねないよ」
「未開惑星保護じょ――いえ、私たちの掟を忘れたの、ハルト」
「君こそ、民間人保護の掟を忘れてるんじゃないか? クローディア」
数秒の間、俺とクローディアの視線がぶつかり合う。
「機密保持を優先する。これは上官命令よ」
「ええ?」
「君にその権限はないよ、クローディア」
クロが少し冷たい声で言った。
「ライアンおじさんから地位を奪われていること、忘れないで欲しいな。ハルトの命令に従うんだ。これはボクの親戚のお母さんも99%の確率で同意する」
もちろん、クロに親戚の母猫などいない。銀河同盟軍の統括AIであるマザーボルバのことだ。あの抑揚ゼロで喋る機械知性のどこに母性があるのか理解に苦しむが。
「……わかったわ」
クローディアは肩を落とすとパンを納め、代わりに高栄養キューブの包装を剥がしてからフィーナに手渡した。
「これは?」
「食べて。今のあなたには必要なものよ。コーヒーも沸かすわ」
フィーナに背を向け、彼女に見えないようクローディアはマルチツールナイフを使ってお湯も沸かした。俺も自分のコーヒーを沸かす。
「美味しい!」
フィーナが感動していたが、栄養があってもあまり食べた気がしない小さなキューブを俺は好きになれない。
「それで、ハルト、これからどうするの?」
「彼女を家まで送り届けよう」
「……街まで行くつもりなの?」
「そうだ。今の俺たちには情報が必要だ。魔石も換金したい」
フィーナの話では、この惑星には動物とは異なる魔物と呼ばれる生物がおり、魔物から採取できる魔石というものが金になるそうだ。俺たちが戦ったムーンベアも魔物だ。
「それに服も手に入れたほうがいい。この格好はここじゃ目立つだろう。フィーナ、どうかな?」
「ええ、とても目立ちますよ」
「ふぅ、わかったわ」
「じゃあ、雨がやんだら、行動開始だ」
それまでは何もすることがない。フィーナと話をしてもいいが、少し疲れている様子だし、怪我人には休息が必要だ。
「ねぇハルト、それなら、少しこの洞窟の奥を探索してみたらどうかな?」
クロが言う。
「はぁ? 何で?」
「ここは人工的に何カ所か壁と床が削られている。今は放棄されているようだけど、ボクの推測では、ここは何かの古代宗教的施設だった可能性が高い。翻訳率を上げるためにもデータを集めておきたいんだ。これも『アーシア観測隊の任務』でしょ?」
言ったなぁ、そんなことをノリで。ちょっと気恥ずかしいのだが、クロにはしっかり聞かれていたようだ。
「うーん、でも古代遺跡を見たって、大して翻訳率は上がらないだろ」
「頼むよ~。ハルト、君は未知の場所を探検することにワクワクしないのかい?」
「いや、あんまり」
肩をすくめる。
「ハァ。……探検する男はモテるよ?」
「え? マジで?」
「マジマジ。ちょっと危険を冒してでも立ち向かう勇気、漢のロマン。ね、そうだよねぇ、クローディア?」
「フフ、そういうことにしておいてあげるわ、クロちゃん」
「ほらぁ」
「いや、明らかにお前が言わせてるだろ、今の」
「私もちょっと興味があります。どうでしょう、三人で探検してみませんか?」
フィーナまで食いついてきてしまった。
「ダメよ、あなたは怪我をしているでしょう」
「平気です。あなたがたの回復ツァイバルのおかげでもうすっかり良くなりました。ほら、歩くのだってへっちゃらですよ」
空元気を出して少し無理をしているようにも思えるが、クロは何も言わないので、体調は問題なさそうだ。いくらクロが探索を望んでいるとはいえ、人間の安全が最優先されるようロボット三原則を組み込んである。
『第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない――』だ。
「大丈夫、奥はそんなに広くないよ」
「じゃ、いいわ。私一人だけでここにいても仕方ないもの。二人についていく」
クローディアが折れて同意し、俺たちは奥へと向かう。




