●第八話 夢
気づくと、そこは広い広い花畑だった。
赤、白、黄色、色とりどりの花が風に揺られている。
奇妙なことに、俺は空中に浮き、羽ばたいている。
羽ばたく?
はて、どうやって羽ばたいているのだろうか。自分の体をよく見ると、蝶の大きな白い羽がちらりと見えた。
どうやら俺は、ここでは蝶のようだ。
……ああ、なるほど、これは夢か。
自分が蝶になる夢など、初めて見た。だが、これはこれで悪くない。自由に飛び回り、少し疲れたら良い香りの花に止まって、長い口を伸ばして花の奥の蜜をチューッと吸う。
甘っ! 蜜、んめぇ。
ここなら水も食料も心配がいらない。天敵が心配だが、辺りに俺を捕まえる鳥もカエルもいないようで、まさに安住の地だった。
気をよくして、自由にあちこち飛び回って羽ばたいていると、風が次第に強くなり、遠くで竜巻となった。
アレに巻き込まれたら嫌だなぁと思ったが、竜巻は近づいてこず、むしろ遠ざかっていく。
ほっとしたのもつかの間、今度は俺は砂浜にいた。
静かな波が押しては引いて、押しては引いて、心地よいリズムで動いている。
ここでは未開惑星保護条約や軍規など、面倒なことは何もない。
夏の海であろうと冬の海であろうと、俺は暑さに悩まされることもなければ、寒さに凍えることもないのだ。
なぜなら今の俺は砂粒だもの。
こうして自然の一部になってしまえば、世界は何が起ころうとも平和なのだ。
いや、さすがに火山噴火が起きれば砂粒といえども無事では済まないと思うが、これはこれでのんびりしている俺の性に合う。蝶は羽ばたかなければならなかったが、砂粒ならば動くことも食事さえも不要じゃないか! 無機物最高!
……ただ、ゲームができないのはちょっと残念だ。あと、どうせなら砂浜にビキニの美少女がいるといいね!
やがて、ぽつぽつ、と砂浜に雨が降り始めた。
雨が俺の頭に直撃する。
ちょっと冷たい。
でもへっちゃらさ。
だって俺は砂粒。雨に打たれたからといってどうということはな……んん? なんか雨が強くなってきたな。そしてこの揺れはなんだ?
「――ハルト、起きてハルト! 彼女を運ばないと、ここはまずいわ。防水が不十分なの」
クローディアの声だった。
彼女って誰だよ、と思ったが、すぐに思い出した。
クマに襲われていた彼女は、俺たちが救出した現地人だったが、腹部に重傷を負っている。
iPS細胞芽で処置はしたものの、いくら銀河同盟の技術の粋を集めた治療法とはいえ、すぐに治るような傷ではなかった。
目を開く。すでに夜は明けていたようで、鉛色の空から土砂降りに近い雨が降っている。頬に当たった雨は急速に俺の体温を奪いつつあった。
「すぐに運ぼう。クロ、雨宿りができそうな場所をスキャンで探してくれ」
「もう候補は見つけたよ。運が良いね。ここから西に六十メートルほど行ったところに、洞窟があるよ」
クロはちゃっかり俺のウエストポーチの中に潜り込んでおり、顔だけ出して言った。
「よし。じゃあ、彼女は俺が運ぶ。クローディアは先導と索敵を」
「了解!」
お姫様抱っこで担ぎ上げた彼女になるべく衝撃を与えないように慎重に運ぶ。
「洞窟の中はクリアよ。ここに彼女を寝かせて」
すでにクローディアが毛布――死んだ騎士の持ち物だ――を敷いて簡易的なベッドを作ってくれていた。
「うっ」
寝かせたときに彼女がうめき声をあげたが、出血には至らないようで安心した。
「クロ、状態をもう一度スキャンしてくれ」
「了解。……おお? おっかしいな。もう傷が塞がってる。ボクの最初の診断だと全治二週間だったんだけどなぁ。二人とも、何かした?」
「私は何もしてないわ」
「俺もだ」
「そう。まぁいいか。これならもう数時間すれば目を覚ますかもね。今日中に歩けるかも」
「そんな馬鹿な。内臓までやられていて、出血量もかなりのものだった。助かるかどうかも怪しいくらいだったのに」
「でも、顔色も昨日に比べて良くなってるし、バイタルも安定してるよ。こちらの人間はひょっとしたら傷の治りが早いのかもね。一応、血液サンプルは採取してあるから、もう少し詳しく遺伝子検査してみるよ」
「私は火を起こすわ。これ以上彼女の体温は下げない方が良いもの」
クローディアが洞窟の外でまだ濡れていない木を探しに行く。
「そうだな。俺も手伝うよ」
なんとか濡れていない枯れ木を集め、マルチツールナイフの半田ごて機能を使って焚き火を起こした。
改めて寝かせた彼女を見る。金色に輝く長く綺麗な髪の美少女だ。
「ん……」
その彼女が、身じろぎして目を覚ました。




