店長をぶっ潰す
数日後、店長とその奥さんを弁護士事務所に呼び出した。奥さんは身重の中、来てくれた。召集の理由は当然、妻と店長の不倫について。
俺が弁護士事務所の打ち合わせ室に着いた時には、店長とその奥さんの2人ともが着いていた。あのテーブルの椅子に座っていた。店長は不貞腐れ顔。横の奥さんは本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
無言で俺が入出したら奥さんがテーブルに額が付くくらい頭を下げて謝ってくれ、店長の頭もつかんでテーブルに押し当てて謝らせていた。
「今日、お越しいただいたのは……」「もう慰謝料たんまり払ってやったろ!」
弁護士が話し始めた時、被せるように店長が言った。
「こちらの資料を見る限り、勤務時間内でのラブホテルでの情事が考えられるので、お勤めのスーパーの本部に照会をしようと考えていまして……」
弁護士も店長のことは快く思っていないらしい。
「待て! それは慰謝料の中に入ってただろ!」
「取り交わした書類の中にはそのような文言は一文も入っていませんよね?」
弁護士は涼しい顔で言った。
「騙したな! あといくら欲しいっていうんだよ!?」
この金でなんでも解決できるという態度が腹立たしかった。
「こちらからの『条件』をお知らせします」
そう言って、弁護士は紙を2人の前に差し出した。
『店長吉田氏のスマホの画像を削除』
『スマホの物理的な破壊』
『全てのSNS、google、Microsoft、appleの各アカウントの削除』
『風間由紀の全ての画像、動画をあらゆる人に見せない事への誓約書へサイン』
『上記のどれか1つでも違反した場合は、1つに付き1億円の請求を行う』
「なんだこれ!? スマホ破壊とかめちゃくちゃだろ! こんな要求認められる訳ないだろ! だいたいアカウント削除とかありえんし!」
店長は物凄く嫌がっていた。まあ、そうだろう。それでも、弁護士は想定していたので涼しい顔で返した。
「これは『要求』ではありません。『条件』です」
「はあ!? どういうことだ!?」
眉を段違いにして語気荒く訊く店長。そう、これは俺達からの「要求」ではない。「条件」なのだ。
「分かりました。承知いたします」
「はあ!?」
答えたのは店長の奥さん。予想外の答えに店長は驚いたようだった。
「それで、条件をのめば渡していただけるんですよね?」
店長の奥さんは弁護士に訊ねた。弁護士は俺の方を見たので、俺がうなずくと「もちろんです」と奥さんに答えた。
「なんなんだよ! どういうことだよ!」
この中で店長だけが分かっていない。蚊帳の外だった。
「吉田様……こちらの風間様の奥様、由紀様と不倫関係のとき、同時にあと2人とも関係を結んでおられましたね?」
弁護士が探偵事務所で調査した調査報告書をテーブルの上に出した。店長は驚いていることから、店長の奥さんに資料を送ったが彼には見せていなかったということだ。
「し、しらねぇ……」「しかも、正社員登用やパートの時給アップを餌に業務時間外に店外の飲食店で会うことを迫ったり、会食や性的接触を対価として求めたりしましたね?」
今度は、店長に被せて弁護士が言った。さっきの仕返しだろう。やっぱり面白くなかったらしい。
「では、ご本人から証言していただきましょう。お入りください」
「なに!?」
弁護士の言葉に女性が2名入ってきた。彼女たちは件の報告書に情報を提供してくれた2人らしい。店長を店から失脚させるという条件でこの会に出席してくれることを依頼したら二つ返事で参加してくれたのだ。
「私が『条件』を飲めば、あなたが不倫していた人全ての情報を出してもらえることになっています。あなたは不倫の被害者一人当たり50万円から200万円程度の慰謝料を請求されるでしょうから、先の慰謝料と含めて破滅するでしょうね」
奥さんの言葉に店長の顔色がどんどん悪くなっていった。
「俺のスマホを壊すのって……」
「私です!」
奥さんが店長に言い切った。多分、奥さんの決めたことに店長は逆らえないのだろう。
「画像フォルダ消すのはまだ分かるけど、スマホ壊すって……」
「削除しても業者に依頼すればデータは復旧できる可能性があります。物理的に破壊しないと安心はできないです。クラウドもあるので各ドライブを確認するより、思いつく限りのアカウントを削除していただきます」
弁護士が説明しているのだけど、店長は半分も分かっていないみたいだ。痕跡を残さないってのだけはなんとなく伝わったような……気がする。
「こちらに来ていただいたお二人の画像もあるの!? 当然それも消すわよ! スマホごと!」
「ひっ!」
奥さんの勢いで店長は怯んだ。妻の場合もそうだったみたいだけど、1度関係を結んだら、その写真をネタに次の行為を迫っていたようなのだ。全てのデータが無くなることで全ての被害者の安全が守られる。
なぜ、ここまで円滑に話が進められているかというと、店長の奥さんとは事前に打ち合わせをしていたのだ。店長の不貞が露わになると当然慰謝料が発生する。当然のように本人に支払い能力がないので、一旦実家が肩代わりして後から借金を返済していく形を取ることになるだろう、と。
俺の妻に払った800万円とここにいる2人への慰謝料、その他も出て来たらそれなりに莫大な額になる。奥さんの目的は不貞による離婚ではなかった。あえて再構築して一生ATMとして飼殺すつもりらしかった。
そのため、不倫を再発させないためにも策を練ったらしい。
そもそも、お金を持っている「実家」というのは、店長の実家ではなく奥さんの実家なのだという。店長は婿養子ではないけれど、奥さんの実家に住まわせてもらっている、いわゆる「マスオ夫」なのだ。
奥さんの家は資産家で地域のスーパーを県内で30店舗持っているらしい。割とすごいお金持ちだ。店長は今回の件で失脚して、生ごみの分別部門や工場の廃油ラインの清掃などの部署に飛ばされる見込みで、借金は永遠に払い終わらない地獄が待っているとのこと。
奥さんとしては子どものことを考えていて「離婚した家庭」になってしまわないようにしているだけだ。やはり、不貞などスキャンダルは地方のスーパーチェーンと言えど聞こえが良くない。心配の芽は摘むというのが奥さんを含めた一族の出した答えだったらしい。
これまでおかしいとは思いながらも、奥さんは身重な上に現場の人ではないので、具体的な動きができていなかったのだとか。被害者たちも撮影された画像のことがあるので店長に逆らえないでいた。俺の連絡と報告書の仕上がり具合でチャンスだと思ったらしい。
要するに多少のお金を使ってでも膿は出してしまいたい。その上で未来に発生するトラブルを未然に防ごうという考えだった。
俺としては各主要SNSの店長のアカウントは既に特定していたし、GAFA(Google、amazon、Facebook、apple)などの巨大ネット企業のアカウントなどには詳しいので、自宅のパソコン、スマホなどを既にチェックさせてもらっていた。
その上で、マイナーSNSや奥さんにも存在を隠しているスマホでアカウントを作っている可能性もない訳じゃない。だから、その上で誓約書で縛ろうというわけだ。
調査は俺がやったけど、最後の「エンターキー(実行)」は奥さんにお願いした。建前上、俺がやったということにならないようにするためだ。
「ここまでしなくても……」
店長はとっくにギブアップしているようだ。
「それでも、俺はまだ気が晴れていません。大事な妻がおもちゃにされて、とても許せるとは思えないです」
俺は力強くいった。
「この上、どうしろっての……?」
「どうして妻に手を出したんですか?」
俺は睨むように訊いた。店長は周囲をきょろきょろして逃げられないと踏んだらしく、少しずつ答え始めた。
「輸入雑貨の会社にいた時からいいなと思ってた。ただ、俺もスーパーの方に呼ばれたからしぶしぶ店長やってて……そんな時に偶然店で川神さん……今は風間さん? と再会して近況を聞いたところから……」
話を聞いたくらいでは不倫にはならない。他の「被害者」達は従業員なのに、妻はそのときまだ客だったはず。
「聞いたら旦那さんラブだったけど、旦那は忙しいって言ってたから、ちょっと焦らせようって言って……。輸入雑貨の会社の時は何度もアタックしたけど、全くなびかなかったけど、今回はダメ元で言ったら引っかかった……みたいな?」
俺はその場でテーブルに頭をぶつけた。娘が生まれて頑張り過ぎていたのかもしれない。妻が寂しい思いをしていたのに気付かないなんて……。これは反省だ。そして、もっと話し合わないと近い将来、第2,第3の店長に引っかかってしまうことだって考えられる……。
「じゃあ、誓約書にサインして」
「……はい」
奥さんに言われてしぶしぶサインする店長。そこに名前を書いた瞬間、一生地下帝国生活が確定したのだ。奥さんの実家は資産家だ。あらゆる手を使って探し出すと思うので逃げるのは無理だろう。
「風間さん、ありがとうございました。そして、奥様の件、本当に申し訳ございませんでした」
「奥さんが謝られることではありませんよ。これからもしっかり旦那さんの手綱を握っておいてください」
「手綱どころか、首輪を握っておきます」
不敵な笑みの奥さんは絶対に敵に回したらダメな人だ。そう感じた。
「じゃあ、後は来てくださった方々との慰謝料のお打ち合わせを……」
弁護士が嬉々としている。これから店長が一生をかけて背負う借金の計算なのだ。弁護士もうちの妻と会って妻に有利なように動いてくれている。つまり、店長を落とすところまで落とす。それと同時に売り上げも上がるのだ。楽しくてしょうがないだろう。
その辺りは弁護士に任せて俺は家に帰ることにした。この件に関しても俺の出番は終わったのだから。今後、奥さんからは店長の落ちぶれて行く様を報告いただくことになっている。もちろん、俺の心の安寧のために。
ダメだ……眠い。寝る。
最後、後日譚を書きたい。
今日の夜に更新予定。
よろしくお願いします。




