俺の予定が崩れてきた
妻は不倫して、子どもは托卵だと思っていた。ところが、不倫は本当だったけど、子どもは俺の子だった。
俺は手紙で散々妻を責めた。手紙だから一方的に。それについて不満があったのか。ようやく理解できた。
不倫はしたけど、子どもは托卵じゃなかったと言いたかったのか。俺は激しく混乱していた。どこまでが信じて良くて、どこからが信じられないのか。ここまでは「すべて信じない」ってスタンスだったから簡単だった。誰も信じないのだから。
娘は俺の子。これは事実。その時に不倫していたのか……? それは分からない。妻の様子から愛情があるように感じていたのが嘘だったのか、本当なのか。
ずっと信じたいと思っていた俺は娘と血液型が合わないから娘じゃないと判断したし、すべてを嘘と思っていた。
「由紀……さん、子どものことまで疑ってすいませんでした」
オレは妻に謝った。ただ、次の言葉が出ない。妻はまた泣き始めた。普段俺は妻のことを「ママ」と呼ぶ。「俺のママ」じゃなくて、「娘のママ」の意味ね。ところが、下の名前で呼んだので動揺しているようだった。
娘が俺の子ならば養育費を払い続けないといけない。正直、そんなカネはない。俺は逃亡の身。毎月養育費を払い続けるとか無理なのだ。
俺の謝罪に妻は首を横にぶんぶん振り続けて泣きじゃくる。なにが違うというのか。いや、もう理解した。子どもができた頃はちゃんとしてた、と。浮気は最近だけ、と。彼女が言いたいことは察した。
理解したことも告げたし、俺の間違いも詫びた。誤解も解けたところで、今度こそ終わりだ。俺が席を立とうとしたとき妻が泣きながら言った。
「ごめんなさい! いたずらのつもりだったの!」
ここで俺は固まった。録音データにあった「いたずら」。店長が妻にセックスをするときに言っていた言葉、「いたずら」。俺はその意味を理解できないでいた。そして、音声データを聞いた時に違和感を感じていたこと。
「不倫しようと思ったんじゃないの! 最初はいたずらだったの! 店長がホテルの前にいる写真を撮ろうって……」
「は……?」
泣きながらなので、相変わらず妻の言うことは分かりにくい。でも、必死に伝えようとしている。ずっと気になっていたんだ。俺とはキスするのにも1年とかかかった。それなのに店長とはキスどころか最後までほんの2~3か月でやすやすとやってのけた。それはなぜなのかずっと気になっていたんだ。
店長の方が男として魅力があったのかもしれない。俺の考えではそれだった。
「どうせなら、部屋に入った写真の方が効果的だって……。旦那さんがヤキモチやいてすぐに抱きしめてくれるよって……」
「俺? 俺が?」
まだまだ意味が分からない。俺は思わず自分を指さしながら訊き返してしまった。
「ホテルに入る写真を撮って、部屋の写真を撮って、ベッドに横になった写真も撮った。そして、上着をはだけた写真も撮ろうってなって……。家でスマホのロックを解除しておけば旦那さんは画像フォルダを見るから慌てて聞いてくるって言われて……」
いや、なんだその頭がおかしい発想。自分の妻が他の男とホテルに行ってる画像を見てヤキモチとか……寝とられ!? それは寝とられなのか!? そもそも、妻のスマホの画像フォルダとか勝手に見たことないし!
「そのうち、胸を触られて、え? え? ってなったけど、そのまま最後まで……」
「したの!? バカじゃないの! あんた!」
ここでお義母さんがキレた。どうやら初めて聞いた話なのだろう。
「その日はパパが早く帰ってきたし、優しかったし……」
それはたまたまだろう……。基本的に早く帰るようにはしてるけど、ここ数ヶ月は忙しかったんだ。
「心の中で、私は店長とホテルに行っちゃってるよ? もっと優しくしなくていいの!? ……って思ってた」
「……」
なんも言葉が出ない。
「次は画像フォルダを見せられて、また『いたずら』をしようって言われて……。店長とまた……」
完全に頭がおかしい。普通じゃない。
「でも、浮気とか全然考えなくて、パパを夢中にさせたくて。頑張ろうって……。でも、パパは突然いなくなって、その理由が全然分からなくて。仕事が大変だったのかな、とか……。でも、会社はとっくに辞めちゃってて……。ご飯が美味しくなかったのかな、とか……。色々考えても全然分からなくてーーー」
子どもみたいにわんわん泣き始めてしまった。俺の方は目眩がしてる。気を失う寸前って、目の前に黒い方眼紙の線みたいのがブワーって出るのを初めて知った。
「風間さん! 大丈夫ですか!?」
弁護士に肩を支えられて俺はかろうじて気を失わなかった。弁護士がいなかったらその場に倒れていただろう。
「手紙が来て不倫って書いてあって……写真も……それを見て、そうだと思った。私は浮気してたんだって気づいて……。そしたら、パパを裏切ってたんだって分かってもうどうしたらいいか分からなくなって……」
「DNA鑑定のことも風間さんから手紙をいただかなかったら、私達では思いつきもしませんでした」
お義母さんが例の鑑定結果のことを言ったのだろう。
「バカなのはしょうがないとして、不貞を働いたのは間違いないようですから、風間さんがお望みのようにいたします。離婚をご希望だったら離婚させます」
お義母さんが頭を下げて言った。
「いやっ! いやっ! 離婚は絶対いや!」
妻が急に立ち上がって俺のところに駆け寄ってきた。反射的に俺も立ち上がってしまった。
「お願いします! 家政婦でも、奴隷でもいいです! そばにいさせてください! お金とか要りません! 私が払いますから!」
足にすがりついて泣きじゃくる。一周回ってまた最初に戻ってしまった。
もうどうしたらいいのか分からない。妻との再構築とか絶対に無理だ。妻は店長に言われるがままなんでもやってたんだ。
一緒にベッドに入るとき毎晩それを思い出すんだ。そんなの耐えられない。妻を抱くたびに店長とどっちがよかったか比べられるんだ。
チー牛でデブメガネの俺がスマートイケメン店長に勝てるわけがない。そんな一生に俺が耐えられるわけがない。
俺は抱きつかれて地面に倒れた。妻は泣きながら抱きつきもう地獄絵図だった。弁護士とお義母さんが必死に妻を引き剥がそうとするが離れず、またもや話は中断になってしまった。
ここで再度部屋を分かれての休憩となった。もちろん、弁護士の計らいだ。




