各国での動き
「それでどうしてイグナーツがここにいないんだ?」
「そうだよ、それが一番大切だよ!?」
俺が伝えるとマリナスから必死には慣れながらポポルが同調してくる。
しかし、すぐさまポポルはマリナスの腕のうちに収められてしまう。
「や、やめてよマリナス。離してよ」
必死にマリナスから逃れようとするポポルだが、自身を強化したマリナスを前に非力なポポルではまるで歯が立たず、ただかわいく手足をジタバタと動かしているだけであった。
「はぁ……、はぁ……」
「あぁ、ポポルは本当に可愛いわ」
抵抗することを諦めたポポル。
恍惚な表情を浮かべたマリナスに頬杖をされて癒そうに眉をひそめていた。
「それよりもイグナーツはどうしたんだ?」
ようやく落ち着いたので改めて聞いてみる。
「そういえばあの筋肉、見ないわね。暑苦しくなくていいんじゃないかしら」
今になってようやく気づいたようだった。
「一応城までは一緒にいたんだよな? 魔王の転移魔法で帰ってきたんだよな? 俺たちみたいに」
「あぁ、そうだ。しっかりと転移したぞ」
実際に転移させた魔王が言うのだからそれは間違いないのだろう。
そうなるといつものごとく城の中で迷子にでもなっているのだろう。
あとからポポルに探してもらうか。
そう考えた俺は一旦イグナーツのことを頭の片隅へとおいやることにした。
その際に裸のイグナーツが筋肉を見せつけてくる姿をイメージしてしまい、大慌てで手を振りそのイメージを消し去る。
「何をしてるのだ?」
その姿を訝しんだ魔王が不思議そうに尋ねてくるが、「なんでもない」としか言うことができなかった。
「そ、それよりもミラメルク王国とレンド共国の説得はどうなったんだ? あまりにも早く帰ってきたところを見ると…やはり厳しかったか?」
一番はっきりと答えてくれそうなクリスに視線を向けると彼はため息交じりに答えてくれる。
◇
時は少し遡り、ミラメルク王国。
「さて、アルフ王子からミラメルク王国とレンド共国の説得を頼まれたわけですけど、どうやって説得しましょうか」
クリスは頼まれた無理難題に頭を悩ませていた。
もしここにポポルがいたのならその話術であっさり説得して見せたのだろう。
アルフでも同様のことができそうだし、不思議な人望があるシャロでも可能かもしれない。
そう考えると今ほしい人材を完全に欠いてしまっている。
常に威圧を放っている魔王。
いつの間にか服を脱ぎ去ったイグナーツ。
魔王にすり寄ろうとしているマリナス。
なぜかここに残されたクリス。
「はぁ…、さっさと諦めて帰りたいですね」
ついつい本音を吐き出してしまう。
「そうだな。ではさっさと帰るために早速乗り込むか」
「えぇ、そうですね。謁見の許可をもらってきます」
「そんな必要はない」
「えっ?」
もしかして魔王にはなにか考えがあるのかもしれない。
仮にも一国を率いてる王なのだからとんでもない行動はしないはず。
「正面から乗り込めばいいだけだ? 邪魔する奴くらい吹き飛ばせばいいだろう?」
うん、魔王に期待した俺がバカだった。
クリスはため息を吐きながら頭を押させる。
「そんなことをしたら駄目です。すぐに謁見許可を取りますので今しばらくお待ちください。その間に宿を取ってもらってもいいですか?」
「よし、それならあの城を宿に…」
「お金、渡しておきますから頼みましたよ」
無理矢理押しつけるように金を渡したあと、クリスは大急ぎで謁見の予約を取りに行った。
幸いなことにあまり人はいないようで明後日にはあってもらえることになった。
ただ、クリスはすごく胸騒ぎがしていた。
もしかするととんでもないことをしでかすかもしれない、と。
そして、その予想は当たってしまう。
酒場で魔王たちの姿を見つけ出す。
しかしそのテーブルには大量の料理と酒が並べられており、更にすでに食べ終えたであろう山のようなからになった皿も並べられていた。
そして、なぜか魔王とマリナスの二人しかいない。
「がははっ、なかなかいける口だな」
「もちろんだ。シャロちゃんのお義父さまといえど負けない」
「我も負けるわけにはいかないな」
容赦なく酒が追加されていき、店主が涙目になっている。
「あ、あの、お客様。お金はお持ちなのですよね……?」
「もちろんだ」
マリナスが本日の宿代の入った金をテーブルに置く。
「ちょっ…、それは今日の宿泊費…」
止めようとしてももう飲み食いしたものは返せない。
見通しの甘かった自分を責めるしかできない。
「そ、そういえばイグナーツさんは…?」
違うところで食べているのかと思ったがそういうわけでもなさそうだった。
「ちょっと探してきます!」
マリナスたちにそう伝えると大慌てで酒場を出てイグナーツを探す。すると案外簡単に見つかる。
衛兵と言い争いをするイグナーツ。
全裸で町の中を歩いていては捕まるのも仕方ない。
クリスは大慌てで衛兵に何度も頭を下げてイグナーツに無理矢理服を押しつけて着させ、許してもらう。
思わずため息をはいてしまう。
何でこんなに気苦労をしているのだろうと。
「がははっ、助かったぞ。あいつが訳のわからないことを言ってて困っていたんだ」
「訳のわからないことを言ってたのはあなたの方ですよ!?」
服を着たはずがすでにはだけ始めているイグナーツに頭を押さえる。
「とにかく明後日には国王様と会うんですよ。余計な騒ぎを起こさないでください」
「おう、任せておけ!」
これほど信用のできない任せておけは聞いたことがない。
とにかく無事に終わったらいいなと諦めに似たため息を再度はくことになった。
◇
それからたった一日だけなのにトラブル続きの日を過ごし、謁見の時間までなんとかたどり着いた。
緊張した面持ちで謁見の間へと向かっていった。…はずだが。
「す、すべて魔王様の言うとおりにさせていただきます。だからこの国を滅ぼさないでください…」
「うむ、なかなか話のわかる奴だな」
高笑いをする魔王となんども必死に頭を下げて許しを請う国王。
普通は逆のはずなのに魔王の姿を見た瞬間に顔を真っ青にさせて、王座に座っていたのが突然床に頭をつけて土下座し始めていた。
「あ、あの…、本当によろしいのですか? 確かに帝国と直接戦うことはないとはいえ、恨まれるわけですから今後滅ぼされる可能性がぐっと上がりますよ?」
「ここで頷かなければ今我が国が滅ぼされてしまうであろう?」
「我はそんな面倒なことをやらんぞ?」
「魔王様はそうでも魔族の方は違いますよね? 我が国はまともな戦力を持っていませんのでただただ頭を下げるしかないです」
「そ、それならいいのですが、あの、一筆書面でいただいてもよろしいですか?」
なんだか信じられずに書類にしたためてもらった。
あまりにもあっさり終わってしまったために拍子抜けしてしまったが、肝心の旅費がすでにほとんど残っていない。
どうやってレンド共国まで行くか…。
◇
まとまりはないメンバーであったが、幸いなことに戦力としてはこれ以上頼もしいメンバーはいなかった。
道中の獣や魔物、たまに盗賊などが現れたがそのどれもが一瞬のうちに倒されていた。
そこでとれた魔物の肉等でなんとか食いつなぐことはできたのだが、味に関してはもう思い出したくはなかった。
生臭く味付けもされていない肉がただ出されていく。
腹が満たせるだけマシと思うしかない。
クリスだけやつれながらようやくレンド共国へとたどり着いた。
普通の町並みだったミラメルク王国に対して、レンド共国は砂漠の中にある国だった。
家々はテントかレンガ作りの建物。
早速イグナーツが裸になっていたが、この国では暖かい気候のために上半身裸の人が多く、イグナーツが服を脱いでいてもそれほど違和感はなかった。
「おい、そこの変態、下半身を出して何をするつもりだ!」
あぁ、違和感がないというのは気のせいだった。
どうやらここでも気苦労は絶えないようだった。
頭を抱えながらもなんとか宿に三人を押し込むと公国の代表と会うために予定を取る。
これで何もせずに宿にとどまってくれるなら何も悩むことはないのだけど、そんなことがあるはずもなく結局以前同様に暴れ回っていた。
せめてもう一人、制御へ回ってくれる人がいたら良かったのだが、アルフが決めたことだから仕方ないと自分に言い聞かせて今日も三人を探し回るのだった。
◇
ただ代表の説得に関してはさすがといって言えるほどだった。
ここの代表は筋肉しか信じないタイプでイグナーツと良く話が合うらしく、お互いの筋肉を見せ合って会話をしていた。
「見苦しい姿ね」
マリナスがつまらなさそうに呟く。
確かに何か言葉を交わすわけでもなくただ筋肉を見せつけられているだけのこの状況はなんとも言いがたいものがある。
そして最後にはなぜか手を握り合って笑顔を見せ合っていた。
「えっと、そろそろ本題に…」
「あぁ、イグナーツ殿ほど優秀な方がいる国とは是非手を組ませていただきたい」
汗を拭いながらクリスとも手を握ってくる。
全く理由がわからないクリスは苦笑いを見せる。
でも結果には繋がっているのでこれでいいのだろう。
◇
「これで頼まれていた国は全部回り終えましたね。あとはどうしましょうか?」
「ユールゲン王国に戻るなら転移をするか?」
「そんなことができるのですか? 前は五人だけって…」
「魔力の兼ね合いでな。そんなものとっくに回復してるぞ?」
「な、ならなんで戻らなかったのですか?」
「国の説得が必須だったのであろう? 我はシャロに頼まれた仕事はちゃんとするぞ」
魔王は当然のように言ってくる。
果たしてちゃんとしていたかはなんとも言えないところだったが。
「もちろん私もシャロちゃんに頼まれたから仕方なく付き合ってあげたのよ。感謝しなさい」
マリナスが同調してくる。
そこになぜか頷くイグナーツ。
なんでだろう。とりあえず自分に力があるなら一発ずつ殴りたくなってくる。
しかしそこはぐっとこらえて魔王に転移を頼む。
◇
「ざっとこんな感じでした」
クリスの説明には所々苦労がにじみ出ていた。
一癖も二癖もある連中をひきいていたのだからそれは当然だろう。
よくみるとクリスも前にあったときから年老いたように見える。
「ご苦労だった。本当に良くやってくれた」
最大限のねぎらいの言葉を与えるとその手に一枚の紙切れを握らせる。
「あ、あの…これは?」
「んっ? シャロの店で使える食事券だが?」
「は、はぁ…」
どうやらクリスは褒美に満足していない様子だった。
ただ、それをみたマリナスと魔王は目を輝かせている。
「そ、それはシャロちゃんが自ら特別料理を作ってくれる激レア料理券。う、うらやましい…」
「我にもあまり作ってくれない特別料理…。おいっ、クリスとやら。言え」
「えっと、何をでしょうか?」
「お前の欲しいものをなんでもだ。その券と交換してやる!」
「えぇぇぇぇぇ!?」
結局この券のとんでもない価値に気づいたクリスは家宝としてその券を厳重に保管することとなった。




