聖公国との戦い
「ユールゲン王国へ攻め入るなんて本当のことなのかい?」
老婆がたどたどしい言葉使いで神官長へ問いかける。
「当然です。我らが聖女様に手をかけた者達なのですから、罰を与えることは必然でしょう」
「それがそもそも間違いではないのかい? あの子がそんな危険なことをするなんて考えられないんだけど」
老婆の脳裏に気弱そうな少女の姿が思い浮かぶ。
人と会話するのも怯えていたリナが進んで魔王討伐へ向かうなんて考えにくい。
しかし、本当にリナが自分から「行かせて」と言ってきたらしい。
あくまでも神官長から聞いた話である。
しかし、それを確認する術もない。
「それにしてもまたこの老婆を働かせるなんてそんなにこの国は切羽詰まっているのかい?」
「いくら手薄になっているとはいえ、相手は聖女様の御力を持ってしても倒しきれなかった相手ですからね。いずれはこの国を襲ってくるでしょう。この国を守るためにもそうするしかないんですよ」
「その結果、民を危険に晒してしまってもいいのかい?」
「……必要な措置です」
それ以上神官長は聞く耳を持たなかった。
「仕方ないね。それが民のためになるのならこの老骨、力を貸そうかい」
「おぉ、それは助かる」
胡散臭い笑みを浮かべる神官長。
老婆はため息を吐きながら既に命を落とした幼き聖女、リナのことを思いに耽っていた。
◇
城に戻ってきたアルフたち。
あまりに慣れない転移室へ出る。
「ここは……本当にユールゲン王国なのか?」
「そのようですね。お父様がよくここから出てきてましたから」
「それより早く聖ミラク公国の対策を取らないと。アルフは何か考えがあるの?」
「正直、あまり打てる手はないな。ただそれは誰が一緒でも同じことだろう?」
「うーん、そうだね。お城の戦力はかき集めるとして、それもかなり少ないもんね」
「あの……、それなら冒険者の方々に力を貸してもらうというのはどうでしょうか?」
シャロがオドオドと手を上げてくる。
「もちろんシャロには冒険者を集めてきてほしい。ポポルは王城にいる兵を頼む」
「あの……、わ、私たち……は?」
ジャグラの服を掴んだままのリナが怯えながら聞いてくる。
「そうだな。リナはいずれ活躍してもらうからな。今は王国内に困っている人がいたら手を貸してくれないか?」
「は、はい。が、頑張ります」
「俺は――」
「ジャグラは畑仕事を頼む」
「おう! ってなんでだよ!?」
「――冗談だ。リナの護衛を頼む」
「任せておけ」
テキパキと指示を出していく。
それから各々行動をしていく。
「さて、俺もできることをしておこう」
少しでも戦力をかき集めるために今は領の復興をしているブライトの手も借りる必要がある。
自室へと戻り、ブライトへ向けた手紙を書き始める。
彼の領地ならわざわざこの王都へ来てもらうよりはそのまま国境へ向かってもらうほうが早いまであるのだから。
ギルドへと向かっていったシャロ。
彼女の姿を見た瞬間に冒険者たちが歓喜の声をあげる。
「シャロちゃんだ!!」
「俺たちのシャロちゃんが帰ってきたぞーー!!」
「宴だーーーー!!」
「あ、あの、ちょっと待ってください。私の話を聞いてください!!」
全然話を聞いてもらえないので思わず大声をあげる。するとその騒ぎを聞きつけたハーグが現れる。
そして、シャロの姿を見て驚きを隠しきれなかったようだった。
「しゃ、シャロちゃん……? ということは……」
キョロキョロと周りを見渡す。
「マリーのやつは一緒じゃないのですか?」
「えっと、マリーさんは別の仕事でまだ違うところにいるんですよ」
「そ、そうか……」
「それよりハーグさん、手伝ってくれませんか?」
「おう、俺にできることだったらなんでもやるぞ!」
「ありがとうございます。助かります」
シャロが微笑みかけるとハーグは顔を染めて思わず息を呑んでいた。
しかし、すぐさま腕をクロスさせ、自身の身を守ろうとする。
その後不思議そうに周囲を警戒し始めていた。
「……? どうかしたのですか?」
「いや、いつもならここでマリーのやつが『シャロちゃんに色目を使うな!』と殴りかかってくるからな」
「あははっ、マリーさんはそんなことしないですよ」
「いやいや、それはシャロちゃんがあいつの本性を知らないからそんなことを言えるんだ……」
その瞬間にハーグは身震いをしていた。
「どうしたのですか? 顔が真っ青ですけど体調が悪いのですか?」
心配そうなシャロがハーグの下へ駆け寄ろうとする。
しかし、それをハーグが静止する。
「だ、大丈夫だ。そんなことをされたらマリーに一体何をされるか……」
「マリーさんは今すごい遠くにいるから大丈夫ですよ」
「シャロちゃんは知らないんだ。あいつなら離れた場所から殴ってくるくらい造作もないんだ……」
怯えるハーグを見てシャロが告げる。
「そんなに体調が悪いなら無理を言えないですね。他の人に――」
「いや、シャロちゃんが戦わないといけないなら参加する。なにせ俺はギルド職員だからな。さすがに相手が帝国って言うなら何か考えないといけないけどな」
「えと……」
「ま、まさか帝国と戦うのか!? くっ、そ、それならシャロちゃんだけでも無事に逃げられるように…」
「ち、違いますよ。襲ってくるのは聖ミラク公国らしいです。でも、裏で帝国がつながってるってアルフ様が…」
「なんだ、そんなことか。それならむしろ俺たちが参加すべきだな」
ハーグがにやり微笑んでいた。
その理由はシャロにはわからなかった。
「とりあえず向こうから襲ってくるなら手を貸さない奴はいないな。お前たち! シャロちゃんのピンチだ! もちろん手を貸すよな?」
ハーグがギルドにいた面々に声をかけると一瞬場が静かになる。
(そうですよね。危険な戦いに出向きたくなんてないですよね)
その反応にシャロは諦めに似た表情を浮かべる。
あくまでも着の身着のままに働く冒険者たちなのだから、戦いに赴くことを強要することはできない。
ハーグ一人でも来てくれるというのだからそれで十分すぎる結果かも知れない。
「や、やっぱり来れませんよね? そんな危険なところへ…」
シャロの声を皮切りにギルド内が雄叫びのような声に包まれる。
「うおぉぉぉぉ!! 他ならぬシャロちゃんの頼みだ! 俺は行くぞ!」
「シャロちゃんを助けられるならもちろんだ!」
「シャロちゃんの悲しい顔なんて見たくないぜ! そんな顔をさせた相手なんて滅ぼしてやる!」
「俺、ここにいないやつら呼んでくる。シャロちゃんの一大事だからな」
ギルド内の大歓声を見て、シャロは思わず涙ぐむ。
「あっ、で、でも、今回の報酬はあまり出せなくて…。ギルドとしてはほとんど収支がありませんので…」
「違うだろ、そんなときはこう言うんだ」
顔を伏せるシャロに対してハーグが耳元で言う。それをそのままギルドにいるメンバーへ向けてシャロは言う。
「み、みなさん。ぶ、無事に帰ってこられたら私の手料理をご馳走をしますので、が、頑張りましょう!」
それを聞いて再び場が静かになる。
(やっぱりこんなことじゃだめだよね?)
わかっていたことだが、ハーグの口車に乗ってしまったことを後悔しつつあった。
命を賭けるのにその結果の報酬がご飯だけだなんて…。
しかし、時間をおいて再び回りから歓声が起きる。
それもさきほどよりも遙かに大きく…。
「きたぁぁぁぁぁ!! ここ数日、シャロちゃんの飯が食えなくてがっかりしてたんだ!」
「シャロちゃんの料理だなんて金貨以上の価値があるじゃないか!」
「一番に食うのは俺だぁぁぁぁ!!」
なぜか冒険者たちに張り合うハーグ。
その様子をシャロは苦笑して眺めていた。
◇
王国の外れ。
何もない平原で向かい合うアルフたちと公国軍。
白と青を基調とした服装に白銀の重鎧を着込んだ兵が手にメイスをもち、今にも襲いかかってきそうな雰囲気を出していた。
その奥には比較的軽装な魔法部隊が控えており、さらにその奥にようやく神官長と老婆の姿があった。
それに対してユールゲン王国軍はボロの服だけを着た者やしっかりと鎧を着ている者…と統一感のない服装をしている。
ハーグ自身も元々着ていた帝国の鎧を着込んでいる。
冒険者がメインなのだから仕方ないが、どちらが練度のある部隊かと聞かれたら誰もが公国軍と言うだろう。
「あ、アルフ様…、本当に大丈夫なのでしょうか…」
不安そうに聞いてくるシャロ。
リナも青白い顔をしてジャグラの後ろに隠れている。
「どうなるか…、これから次第だね」
ポポルもどこか顔がこわばっている。
こういった経験は何度もしているだろうけど、いつもならイグナーツやマリナスが側にいた。
しかし、今回はそれもないのだから仕方ない。
俺は一歩前に出ると公国軍に対して口を開く。
「お前たち、いかなる理由でこのユールゲン王国へ侵攻してきたのだ?」
「黙れ、この極悪人め! 魔王討伐へ出向いた我が国の聖女を殺めたことは伝え聞いておるわ!」
神官長が 大声を上げる。それに同意するように公国兵たちが怒りの声を上げる。
その瞬間にニュッとジャグラの後ろからリナが顔を出す。
「……」
「……」
沈黙が場を襲う。
「えっと、殺された聖女って誰のことだ? 困っていたリナならこうやって我が国で保護しているが?」
「ふ、ふぇ?」
突然名前を言われたリナが言葉を漏らす。
その姿を見た相手の兵たちに動揺が走る。
当然であろう。
聖女を殺されたという大義名分で戦争を仕掛けてきているのだから、それが失われたらただの侵略者だ。
一気に大義名分を失ったのだから今まで高かった士気が一気に落ちていく。
すると、慌てた神官長がリナを指さしながら言う。
「そ、そやつは偽物である! どうせ容姿だけ似たものをむりやり連れてきたのであろう。何も言わないのがその証拠である!」
「あ、あの……、その……」
神官長のその言葉にリナはビクッと肩をふるわせて再びジャグラの後ろに隠れてしまう。
その体は小刻みに震えていた。
信じていた相手に裏切られ、あまつさえ侵略の理由にされてしまったのだからリナが怯えるのも無理はない。
そんな彼女の姿を見てジャグラが神官長の方に鋭い視線を向ける。
「ひっ!? ま、魔族……。み、見なさい。相手は魔族まで連れてるのですよ」
神官長は怯えながら後ろに下がる。
その姿は兵士に更なる動揺を産む。
するとそんな彼らを押しのけて老婆が前へと出てくる。
「……聖女様」
ポポルが呟く。
その言葉を聞いて俺も彼女がリナの前の聖女が彼女であったことを理解する。
「偽者かどうかはそのものの魔力を見たら一目瞭然だね。あの子は本物だよ。私が直々に教えたのだから間違いないよ」
「う、嘘だろ? それじゃあ俺たちはなんのために?」
「もしかして聖女様は魔族に騙されたのか?」
「それをいうなら俺たちが騙されたんじゃないか?」
「お、お前たち、騙されるな! あの偽聖女もそこにいる婆も偽者だ!!」
神官長が逃げながら言うもその言葉を聞き入れる人はいなかった。
悔しそうに口を噛みしめる神官長は近くにいた兵から弓を奪い取るとアルフたちへ向けて放つ。
それはまっすぐシャロへ向かって飛んでいく。
「きゃあっ」
シャロが悲鳴を上げると次の瞬間にハーグがその矢を手に持っていた剣ではじき返していた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます」
「う、嘘……。ど、どうして帝国兵がここに?」
神官長の顔が更なる絶望の色へと染まっていく。
「ま、まさか私は騙されて……。ひ、ひぃぃぃ……」
神官長は逃げるように去って行った。
「まぁ、聖女様が生きているなら私たちに戦う理由はないね。お前たち、武器をおろしな」
元聖女の一言で兵士たちは一同に武器を落としていた。




