緊急の知らせ
「アルフ様ー!」
ラグワンド王国を出て、新たな国へ向かおうとしたときに慌てた様子のクリスがやってくる。
「何かあったのか?」
ただ事ではないその様子に俺は即座に反応する。
「はい。念話兵より緊急の連絡が届きました。今現在、ユールゲン王国へ向けて聖ミラク公国が攻め入った、とのことです」
「ど、どういうことだ!?」
帝国が周囲に睨みをきかせている今、中小国である周囲の国々は動けないはず。
だからこそこうやって出向いて話をつけているのだ。
「どうやら今の神官長が裏で帝国と取引をしたらしく、アルフ様が留守の隙を突いて攻め入ろうという魂胆なのでしょう」
「確かに今の神官長は権力に固執している人物と聞く。しかし、それだけで中立国である聖ミラク公国が戦争を起こす理由にはなるまい」
「それは――」
クリスの視線がリナの方を向く。
「なるほどな。相手の目的は聖女奪還か」
確かにそれなら大義名分は立つ。しかし、クリスは首を横に振る。
「いえ、少しだけ違います。相手は『聖女を殺したユールゲン王国に制裁を』を掲げ侵攻しているようです」
「聖女を殺した? 現に今こうしてリナは生きているが?」
「元々殺すつもりだったのでしょうね」
そういえば確かにリナは無茶とも言える旅を行っていた。
どう考えてもおかしいと思っていたが、すべてはここにつながっていたのか?
俺たちがユールゲン王国を離れるタイミングで楽々と攻め落とすために。
「こうはしていられない。すぐに城へ戻らないと!」
俺が慌てて城へと戻ろうとしていた。しかし、それを魔王が静止させてくる。
「おい、ちょっと待て!」
「なんだ? まさか俺たちがユールゲン王国へ戻るのを邪魔するのか? 確かに魔王にはユールゲン王国は関係ないかもしれない。でもな――」
「勘違いするな。ここから戻ったとしても手遅れになるであろう? 人数は限られるが簡単に戻れる方法があると言ったらどうする?」
魔王のその言葉に思わず振り返る。
「本当にそんなことが可能なのか!?」
「もちろんだろう。我は魔王ぞ?」
「お父さん! もったいつけずにその方法を教えてください!」
なかなか教えてくれない魔王に業を煮やしたシャロが頬を膨らせながら訪ねる。
「あぁ、怒ったシャロちゃんもかわいいわ」
「はいはい、話の腰を折らないの」
後ろの方でマリナスとポポルが言い争っているのが聞こえるが、それは無視をする。
「もちろん、転移の魔方陣だ。王城の部屋にも作ったであろう?」
「確かにあるにはあるが、あれは魔王専用では?」
「そんなことあるはずないであろう? 確かに我しか使えないほどに魔力を消耗する。しかし、その程度のことだ」
あっけらかんに言ってくる。
「そうか…。魔王が気にしないなら頼んでも良いか? 人数はどのくらい送れる?」
「良くて5人だな」
「5人……か。いや、すぐに王城へ帰れるだけ助かる」
あとは送ってもらうメンバーだが、リナだけは確定だな。
相手が聖女を求めて攻めてくる以上、彼女が生きていると知るだけでも繊維を喪失させることができるだろう。
ただ、リナは現状、ジャグラにぴったりくっついて離れない。
そうなるとジャグラも一緒に行ってもらう必要があるだろう。
これで2人。
あとはユールゲン王国の戦力をまとめ上げる人物が必要になる。
そこで俺はシャロの顔を見る。
不思議そうに首をかしげるシャロだが、俺と目が合うとにっこりと微笑みを返してくれる。
笑みは承諾ってことでいいよな?
あとは俺も一応いないといけないだろうな。
いきなり転移してきては城に残っている人たちが驚くだろう。
それを説明するのに俺が行かなくては話にならない。
問題は残り1人だ。
城が攻められるのなら戦力がほしい。そうなると魔王かマリナスにきてもらうのが一番良い。しかしポポルにも来てもらいたいところではある。
腕を組み唸っているとポポルが聞いてくる。
「聖ミラク公国との戦争は避けるつもりなの? それとも戦うつもりなの?」
「もちろん避けられるならそれに越したことはないけど…」
「それならボクが一緒に行くよ。回避するなら相手を刺激するのは良くないからね」
ポポルがウインクをしてくる。
確かに戦わないなら争いの原因になる可能性もあるか。
マリナスを見ると今度はイグナーツといざこざを起こしているようだった。
「確かにそれが一番かもしれないな」
「でしょ……」
ため息交じりに答えるとポポルも同意してくる。
「なぁに、ポポル? 私に用があるの?」
「わわっ!?」
突然ポポルに抱きついてくるマリナス。
「よ、用なんてあるわけないでしょ!? いいからあっちへ行ってて!」
「ぶぅぶぅ。ポポルが冷たいー」
マリナスは口を尖らせて文句を言うが、それでも素直にポポルの言うことを聞いていた。
「わかったわよ。あっちでシャロちゃんと遊んで待ってるから」
「わ、私ですか!?」
シャロは目を点にして驚く。
「だめよ。シャロもこれから大事な話があるの! ほらっ、向こうにイグナーツがいるから一緒に遊ぶと良いわよ。その……羨ましいけど」
「嫌よ。あんな筋肉だるまと遊ぶなら1人でだるま落としでもして遊んでる方がマシよ!」
マリナスは妄想の中でイグナーツに対して思いっきりハンマーを振るう姿を想像していた。しかし、そのハンマーはイグナーツの筋肉を前に防がれていた。
「くっ、イグナーツの癖に……」
マリナスは悔しそうに口を噛みしめて、思いっきりイグナーツを殴る。
「うおっ!?」
その瞬間にイグナーツは遠くへ飛ばされていた。
「い、イグナーーーツ!?」
ポポルが手を伸ばすが、イグナーツはあっという間にその姿が見えなくなってしまう。
「はぁ……、そろそろ話を戻しても良いか?」
「そ、そんなことよりイグナーツが……」
ポポルが心配そうにしているが、イグナーツがその程度の攻撃で怯むはずもない。何も心配することはなさそうだ。服を勝手に脱いで戻ってくるであろうことが想像できること以外は。
「また迷子に――」
そこでようやくポポルが何を心配しているのか理解することができた。
すぐ目と鼻の先に飛んでいったはずだが、イグナーツの手にかかればあっという間に迷子だ。ゾッと青ざめてしまう。
「クリス、イグナーツを追いかけてくれ!」
「えっと、必要なのですか?」
「当たり前だ! 急いでくれ! イグナーツが1人で歩き出す前に」
俺の慌てる声を聞き、クリスは急ぎイグナーツの元へと向かっていく。
そして、それが正しかったことに気づく。
イグナーツはさっき吹き飛ばされたところであるにもかかわらず、全く違う方向へ向かおうとしていたのだった。
「ちょっ!? どこへ向かおうとしているのですか?」
「別にどこにも行こうとしていないぞ? ただ戻るだけだ!」
イグナーツはやたらと筋肉を強調しながら答えてくる。
そのポージングに意味があるのかとクリスはあきれながら言う。
「そちらは違う方向ですよ?」
「わ、わかっている。ただ、お前を試しただけだ」
イグナーツは少し慌てた様子で答える。
「とにかく私についてきてください。こちらです」
「おう、任せておけ!」
「だからそちらではありませんよ!?」
すぐ後ろをついてきてるはずなのにまた全然違う方向へと行こうとするイグナーツにクリスは慌てながらその体を引っ張って元の場所へと戻っていく。
「とにかく話を戻すぞ」
いつまでたっても先へ話が進められないので、俺は一呼吸置いて元へ話を戻す。
「とりあえず王都へ戻るのは、俺、シャロ、ポポル、リナ、ジャグラだ!」
「ぶーぶー!」
速攻でマリナスが反論してくる。
「マリーさん、一大事ですから今回はアルフ様の言うことを聞いてくれませんか?」
「そんなことをしてもし大切なシャロちゃんが傷物にでもなったらどうするの!?」
シャロを抱きしめながら必死に言う。
「いえ、今回私たちの方は安全らしいので、マリーさんは私のお父さんを守ってくれませんか?」
「シャロちゃんの……お義父さん!?」
マリナスは驚いた様子であたりをキョロキョロと見渡す。
「なんだ? 我を呼んだか?」
「魔王は引っ込んで!」
「その魔王様が私のお父さんなんですよ……。お恥ずかしながら」
「いつもシャロちゃんにはお世話になってます。私がかならず幸せにして見せますので、娘さんを私にください!」
まるで結婚の挨拶でもするかのように頭を下げるマリナス。
「もう、マリーさん! 何変なことを言ってるのですか!?」
「ふははははっ。シャロと結婚したくば我を倒すことだな」
「お父さんも変なことを言わないで!?」
「では、シャロちゃんとの結婚を賭けて、全力で行かせてもらいます!」
マリナスはぐっと拳を握りしめる。
そんな2人を割り込むようにシャロが立ち塞がる。
「もう、いい加減にしてください!! お父さんもマリーさんもご飯、抜きにしますよ?」
「す、すまん、シャロ。それだけはやめてくれ」
「わ、私はただ二人の中を認めてもらいたかっただけなの……」
「それなら、お父さんと一緒に行動をして認めてもらってください。もし道中で県歌でもしたと聴いたら、そのときは――」
「わ、わかった。肝に銘じておく」
「お義父さんに認めてもらうための旅……。確かに必要ね。わかったわ。シャロちゃんの心からのお願い、頑張ってかなえるからね」
「う、うん、がんばってくださいね……」
シャロは苦笑を浮かべながらやる気に満ちているマリナスを眺めていた。
「話はまとまったようだな。それじゃあ、いつまでもここにいるのも時間が惜しい。さっさと頼んでも良いか?」
「ちょっと待て! 俺はまだ承諾したわけではないぞ!?」
今度はジャグラが話に割って入ってくる。
「後からにしてくれ。今は忙しいんだ」
「後からって、転移した後だと手遅れだろ!!」
「はぁ……、それで一体どんな用なんだ?」
おおよその予想がつくからこそ俺はため息交じりに聞いた。
「リナのことだ。これから王都は戦場になるのだろう? そんな危険なところにリナ《ちび》を連れて行けるか!」
「あ、あの、ジャグラさん……」
ジャグラが声を荒げていると彼の服をそっとリナが掴んでいた。
「どうした? やっぱり怖いのか?」
「ジャグラの顔が、か?」
「そんな訳あるはずないだろ!?」
「えっと、その……、ジャグラさんは怖くない……ですよ?」
リナがどこかおびえながら言ってくる。
その姿を見ると脅されて言わされているようにしか見えない。
そのことに気づいたジャグラは慌てながら言う。
「ちょっと待て!? 俺は別に脅していったわけじゃないからな?」
「まぁ、そう言うことにしておいてやる」
「だから違うからな!?」
「それよりもリナは理解しているようだが、今回攻めてくる聖ミラク公国は少なからずリナと関係のある国だからな」
「っ!?」
ジャグラは驚いたようでリナの顔を見る。
「えっと……、うん」
リナは小さく頷いていた。
「そういうわけだ。本当ならリナだけで連れて行くところだけど――」
「そんなことさせるはずないだろ? 俺も行く!」
「あの…、ご迷惑じゃないですか?」
リナが不安そうに言うとジャグラが彼女の髪の毛を乱雑に撫でていた。
「ガキがそんなことを気にするな。その程度のこと、迷惑でもないからな」
「あ、ありがとうございます」
「これで決まりだな。それじゃあ早速移動するぞ。魔王、頼む」
「わかった。我のそばに寄るといい」
魔王のそばに寄ると足下に巨大な魔方陣が現れる。
そして、次の瞬間に俺たちは光の中へと飲み込まれていた。
時は遡り、一月前。
帝国の謁見の間にて皇帝と聖ミラク公国の神官長が顔を合わせていた。
「それではユールゲン王国を我々が攻め落とせば、我々の国は襲わないと約束してくれるのだな?」
「あぁ、その上で貴君の立場を保証しよう。いかがかな?」
表情一つ変えずに話す皇帝に対して、神官長は口元をつり上げていた。
「我々にはかの国を攻める理由がありますからね。聖女様を殺したかの国と魔族国には」
「ふふふっ、よくいう。貴国が自分からまいた種ではないか。しかし、聖女ほどの魔力の持ち主をそのようなことに使うとはな」
「たかが聖魔法の適性を持ったガキが一匹ですよ? いなくなったところで痛くもありません。どうせすぐに涌いて出てくるでしょうから」




