兵の強化
「それで何用だ?」
食事を終え、口元を拭きながら魔王が聞いてくる。
「もう、お父様! アルフ様がわざわざいらっしゃたのですよ。もっと魔王らしくしてください!」
「あ、あぁ……、わかった」
いつの間にかシャロが俺の隣に座り、魔王に対して怒りを露わにしていた。
今更手遅れだろうな……。
しかし、魔王が腕を組み、足をテーブルに載せると目を細め、威圧ある表情を向けてくる。
さすがに普段はこうではないとわかっていても、本物の魔王の威圧に当てられて、俺も思わず気圧されそうになってしまう。
ただ、ギルドにいた全員が緊張感のあまり臨戦態勢を取ってしまっていた。
「して、何用だ?」
「あ、あぁ……そうだったな。魔王に頼みがある」
「――何だ?」
「俺の兵を魔族軍で鍛えてくれないか?」
「なんでそんなことを――」
魔王が断ろうとした瞬間にシャロがにっこり微笑む。
すると、魔王の額から冷や汗が流れる。
「しないといけないのかと思ったが、手を貸してやろう。決してシャロが怖かったとかそういったことはないからな」
だんだんといつもの魔王に戻ってくる。
その様子を見て俺は思わず苦笑を浮かべてしまう。
「いや、無理にとは言わない。単に訓練をつけてくれる奴がこの国に今いないだけだからな」
「……おや? あいつがいるじゃないか。イグナーツが――」
「あぁ、イグナーツなら今、手紙を運んでもらっているところで――」
「……そんなこと、イグナーツに任せても良かったのかしら?」
ギルドの奥からマリナスが出てくるとさりげなくシャロの隣に座りながら言う。
「……どういうことだ?」
「あらっ、イグナーツのこと、忘れちゃった?」
「イグナーツのこと……あっ!?」
そうだった……。
イグナーツは超の付くほど方向感覚が弱かった。
……まともに領地へたどり着かない可能性もあるのか――。
「そういうことよ」
「……マリー、一つ頼みを――」
「断るわ」
マリナスにイグナーツを追いかけてもらおうとしたのだが、あっさり断られてしまう。
すると、隣にいるシャロが上目遣いで聞いてくれる。
「私からもお願いします」
「えぇ、構わないわよ。でも、見つかる保証は出来ないわよ?」
「そこまでか……」
マリナスで見つけられないとなるとどうすることも出来なさそうだ。
そんなことを思っているとギルドの扉が開く。
「おや、ここはギルドか?」
なぜかイグナーツが入ってくる。
「あれっ、イグナーツがどうしてここに?」
「いや、町から出たと思ったのだが、道を間違えたみたいだ」
どうやったら町の出口とギルドを間違えることが出来るんだ……。
思わず苦笑いを浮かべてしまう。
しかし、ちょうどタイミングが良かったかも知れない。
「でも、よかったぞ。依頼の件だが、マリーも連れていってくれ」
「えっ、マリナス……ぐほっ!」
思いっきりイグナーツが殴られていた。
その様子を見て相変わらずだなと苦笑する。
「あらっ、誰かしらね。そんな人は……。私はマリーよ」
「そ、そうだった。マリー……ぐほっ」
再び殴られるイグナーツ。
「な、なんで殴るんだ……」
「あらっ、間違えただけよ。ごめんなさい」
「間違えたのなら仕方ないか……」
呻きながらも起き上がるイグナーツ。
それでいいんだ……。
俺は苦笑を浮かべる。
「それじゃあ、改めてよろしく頼むな」
「はっ、お任せください」
イグナーツが敬礼をすると、マリナスは大きくため息を吐く。
「シャロちゃんの頼みだから聞いてあげるけど、あなたと一緒なんて嫌なんだからね」
「がははっ、いいじゃないか。ポポルもいれば懐かしいメンバーだ」
「あらっ、それは魅力的な提案ね。早速ポポルを呼びに行きましょうか」
騒がしかった二人が出て行く。
そして、酒場の中は呆然と静かな空気になっていた。
◇
次に俺たちは商業区域へとやってきた。
本当は一人で回っていたのだが、気がつくとシャロがその後ろに付いてきていた。
「たまには私もご一緒させてください」
珍しくシャロが積極的に誘ってきたので、共に行動してはいるのだが、一緒に付いてきても面白い事なんて何もないんだけどな……。
喜び勇んでいるシャロを横目に俺は苦笑を浮かべる。
「それでどこに向かっているのですか?」
「あぁ、次は商人に会いに行こうと思ってな」
「商人さん……? 何か買う物でもあるのですか?」
「いや、この町に来ている商人の数を改めて確認しておこうと思ってな」
籍を置いている商人は多いものの実際にこの町に来ている人数は増えたのか……。
そこは調べておきたい点でもあった。
「わかりました。では行きましょうか」
笑みを浮かべながら先に商店へ向かうシャロを俺はゆっくり追いかけていく。




