マリナスの一撃
「な、何が起こったんだ……?」
呆然と目の前の状況を理解しようとするブライト。
魔族に襲われ、危うく殺されかけたその瞬間に魔族は高速で飛んでくる小さな何かに打ち抜かれ、そのまま絶命していた。
もう駄目だと思ったタイミングで起こったことなので、本当に何が起こったのかわからずに呆然とする以外できなかった。
「そ、そうだ……。まずは魔族が本当に死んでいるのかの確認を……」
魔族に近寄るとその心臓が止まっていることの確認をする。
宿敵がこうも簡単に倒せてしまうとは……。
いや、簡単ではないな。
今のように遠くから強敵を打ち抜く技。見たことは一度だけある。
「賢者マリナスか……。王都にいたことは確認したが……、まさかアルフ王子が私を守るために?」
こっちは一方的に疑っていたのに……。それに、以前王国を裏切ってしまったのに……。
アルフ王子……。
「おっと、こんなことをしていられない。今すぐにでもマリナス殿にお礼を言いに行かないと……」
ブライトは大急ぎでマリナスを追いかけるための準備を始めていた。
◇■◇■◇■
「……一体何をしたのですか、マリーさん?」
「何でもないわ。ちょっとゴミ虫が飛んでうっとうしかったから、石で追い払っただけよ」
「……今のって石だったのですか? あまりにもすごい勢いで飛んでいったので、何をしたのかわからなかったですけど……。そんな遠くにいるのならわざわざ追い払う必要はないんじゃないですか?」
「いや、ちょっとめんどくさそうな虫だったからな。もしシャロちゃんを襲ってくる可能性がある……って考えたら、先に追い払った方が良いかなって――」
「もし人に当たったら危ないですよ。すごい勢いでしたし……」
「まぁ、当てるために投げたんだけどね」
マリナスが小声で言う。
それを聞き取れなかったシャロが聞き直す。
「えっと、何か言いましたか?」
「何でもないわ。それよりも急いで依頼を達成させましょうか?」
「そうですね。急ぎましょう……」
「……いえ、やっぱり超ゆっくり行きましょう。その方がシャロちゃんとゆっくりできるから……」
「駄目ですよ、マリーさん。困っている人がいるのですよ。なるべく早くに依頼を達成させて安心してもらわないと」
「……シャロちゃんがそう言うなら仕方ないわね。ゆっくり二人きりで過ごすのは依頼が終わってからにするわね」
「それにハーグさん一人にギルドを任せてるのも申し訳ないですもんね」
「……それは気にしなくて良いわよ。むしろもっとこき使ってやった方があいつのためよ」
「そ、そんなことできませんよ……」
「シャロちゃんは優しいわね……」
「もう、また私をからかっていますね。先に行きますよ!」
「あっ、待ってよ……」
マリナスをおいて先に進んでいくシャロ。
それを慌ててマリナスは追いかけていく。
◇
「ま、待ってくれ……。はぁ……はぁ……」
大急ぎで男性が走ってくる。
すると、シャロをかばうようにマリナスは前へと立ち塞がる。
「えっと、誰でしょうか……?」
「知らないわ。どこかの変態でしょ?」
「だ、誰が変態だ!! いや、すまない。命の恩人にそんな物言いを……」
「何でも良いわ。目の前から消えてくれたら……」
「いやいや、その前にお礼を言わせてくれ。マリナス殿のおかげで我が領地は助かった。本当にありがとう……」
「……誰だ、マリナスって。私はただのギルド職員、マリーだ」
「いやいや、あんな一撃で魔族を倒せる人物なんて……」
「そんなことした覚えはないが――」
ブライトが何を言ってもマリナスは知らないふりをする。
そのことに不思議にシャロが間を取り持つ。
「マリーさんもそんな最初から拒否しなくても……。申し訳ありません」
「いえいえ、私こそ突然押しかけてしまって申し訳ない、シャロ殿」
「あっ、ブライトさんですか……。前と全く違う姿でわからなかったです」
以前のブライトはしっかり身なりの整った姿をしていたが、今は鎧を着て、かなり急いでいたのか、髪は乱れていた。
「慌てて領地を出てきたのでな。私の宿命たる魔族を倒してくださったマリナス殿……いえ、マリー殿に一言お礼を言うために――」
「えぇ、それは受け取ったわ。もうそれ以上いうことはないわね。では、私たちはもう行くわね」
「ちょっと待ってくれ。助けてもらったお礼に私にできることがあったら何でも言ってくれ。手を貸すことを約束する」




