説得
「さて、こんなものかしらね。私の恋路を邪魔する奴はそうなるのよ」
マリナスはサッとマントを翻して、俺のほうを振り向いてくる。
「お、おいっ、ジャグラは大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。だって相手は魔族なんだからね」
心配するイグナーツが慌ててジャグラのほうへと近づいていく。
そして、崩れた壁に埋もれていたジャグラを引き上げる。
意識を失っているものの命に別状はないようだ。
「よかった……」
安心するイグナーツに対して、俺は呆れながら告げる。
「いや、よくないだろう。この部屋の壁、どうするんだ?」
すっかり風通しのよくなってしまった訓練場。
これを直すだけでもかなりの金が掛かる。
ただでさえ金がないのだから、抑えるところは抑えたい。
「直せば良いんだろう? こんなもの簡単だ!」
そうか……。マリナスは賢者だもんな。
このくらい魔法で直せるのか……。
「ふんっ!」
ジャグラを埋めていた岩を持ち上げると壁があった場所に積み上げていく。
「よし、これでどうだ? どこからどう見ても壁だろう?」
満足そうに聞いてくるマリナス。
ただ、それは壁にはとても見えない。
隙間はかなりあるし、上の方は大きな岩がなくなったようで開いたままだった。
「……あいつは本当に賢者なのか?」
思わず浮かんできた疑問をポポルにぶつける。
「見た目はね……。あと、しっかり魔法も使ってるよ? ただ、アルフ様が思ってる魔法とは少しタイプが違うと思うけど……」
「……どういうことだ?」
「マリナスが得意としているのは身体強化魔法と回復魔法なの。しかも見ての通り、あのマリナスですら容易に大岩を持ち上げられるほど強化出来るの」
「なるほどな……」
確かに魔法と言えば普通は炎などを放つと思う。
ただ、確かに見た目としては派手ではないが、強化や回復もしっかりと魔法に分類されている。
そこを極めているからこその賢者か……。
賢者としてのイメージは大事にしたいところだが、どうせ見た目でわからないんだし、持ってる装備はちゃんと賢者らしい。
それならば問題はないか。
「とにかく、今は説得してこの国にいてもらうように頼むだけだな」
「あっ、ちょっと待って! 今は準備が――」
ポポルが止めようとしてくるが、今のタイミングを逃しては次いつ会えるかわからない。
俺はマリナスの前に立つと彼女に対して笑みを浮かべながら話しかける。
「すごい魔法だな。さすがは賢者マリナスだ」
「……どうせそんなこと思ってないんでしょ? 見え透いた作り笑顔は作らなくて良いわよ」
さすがに露骨すぎたか。
これがイグナーツ相手だったらあっさりと騙されてくれるんだが――。
「おいっ、アルフ様が微笑みかけてくれてるんだぞ! そんな態度はないだろう!」
案の定、イグナーツが怒っている声が聞こえてくる。
ただ、マリナスはそんな声も気にする様子を見せなかった。
「わかった。それじゃあ、早速本題に入らせてもらう。俺の下で働いてもらえないか?」
「断るわ。話はそれだけ? じゃあ私は帰るわね。シャロちゃんが待っているから……」
「……ちょっと待て。シャロ……と言ったか?」
「えぇ、言ったけどそれが何か?」
なるほどな、この様子だとシャロには普通に会いに行くようだ。
これが以前ポポルが言っていた『シャロがいれば大丈夫』という理由か。
「もしかして、冒険者にでもなったのか?」
「そうよ……。それがどうしたの? 私が冒険者になるのが悪いことなの?」
「いや、全く問題ない。むしろそのほうが俺としてもありがたいな」
「……? そう? それなら私はもう行く……っ!? ポポル!? ポポルじゃない!?」
俺の後ろに隠れていたポポルの存在に気づいたマリナスが、彼女に近づいてきて思いっきり抱きしめる。
「うぐっ、く、苦しいわよ。そんな馬鹿力で掴むんじゃないわよ!」
「うーん、少し抱き心地が悪くなったわね。また痩せたんじゃない? だめよ、しっかり食べないと」
「ちゃんと食べてるよ!!」
「でも……、なんだか体が前より細くプニプニ感が減ったような……」
「そ、そんなことないよ。それよりもいい加減離しなさい!」
ポポルが鉄扇でマリナスの頭を思いっきり叩く。
しかし、マリナスは反応を見せずにそのまま抱きしめていた。
すると、イグナーツがマリナスの肩を掴む。
「おいっ、そろそろその辺にしておけ。ポポルも嫌がってるだろう。お前はポポルに嫌われたいのか?」
イグナーツに助け船を出されたポポルは嬉しそうに頬を染めていた。
「ありがとう、イグナーツ……」
「なるほどね、そういうことか。全くポポルの趣味もどうかと思うけどね、そんな筋肉ダルマのどこがいいんだか……」
そこまで告げた瞬間にマリナスの頭をふたたび鉄扇で叩く。
「それ以上、イグナーツの悪口を言うなら私が相手になるわよ?」
「わかった、わかった。ポポルとは喧嘩しないわよ。それじゃあ私は失礼するわね。……あっ、それとこの町で私はマリナスではなくて、新人冒険者マリーよ。間違えたら吹き飛ばすからね」
それだけ言い残してマリナスは去っていった。
◇
「本当によかったのですか? マリナスはこの国に必要な人物なんですよね?」
マリナスが散らかした後片付けをするイグナーツが心配そうに聞いてくる。
「あぁ、全く問題ない。むしろ助かるな」
「……? どういうことですか?」
イグナーツが頭にはてなマークを浮かべる。
「考えて見ろ。どうしてマリナスは冒険者になったんだ?」
「それはシャロに会うため……でしょうか?」
「あぁ、そういうことだ。更に新人冒険者ときた。これはシャロを通してマリナスに依頼を出せば、格安で使うことが出来るということじゃないか?」
「……!? なるほど……。ただ、そんなに簡単に言うことを聞く玉でしょうか?」
「だからこそのシャロだろう? ポポルが言いたかったのもそういうことなんだな?」
「うん、そうだよ。マリナスはああいう性格だからね。何か頼んでも聞くようなタイプじゃないし、唯一あいつに頼み事が出来るとしたら、それはあいつ好みの少女だけなのよ」
そこでちょっとした疑問が浮かぶ。
「それなら以前は誰が言うことを聞かせていたんだ? 性格が変わっていないとしたら同様の少女がいないとおかしいよな」
ポポルに聞くと彼女は遠い目を見せていた。
それで概ね何があったのか把握する。
「えぇ、そうよ。私がさっきみたいにおもちゃにされながら無理矢理頼み事をしていたのよ」
「そうか……」
たくさんのお祝いの言葉、ありがとうございます。
また、まだ感想が返せていないですが、時間を見つけて返させていただこうと思いますので、今しばらくお待ちください。




