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黒い霧  作者: 民間人。
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退屈しのぎの一団の話 12

 ポーランドの大洪水、僕はその話を思うたびに胸が痛むのです。


 僕は飲み込まれないように、早くからカールさんの宿の一室をお借りして、お手伝いをしていました。

 カール・シュタウフェン、ウィーンの大通りに居を構える宿屋の主人です。かつては、ミュンヘンを拠点として、マリアツェル、プラハ、トルンからベルリンへと渡り、ハノーファーを通ってミュンヘンへ巡回する、普通の商人でした。ある時、彼は町を転々とするうちに、トルンの商人……即ち、僕の家との商談に成功しました。普通の商談ならば、ここで切れるのですが、時は大洪水の時代、機に乗じたカールは、主に嗜好品を売る僕の家族に武器を売り、僕の一家とともに莫大な財産を得ました。


 戦争も終息へ向かおうとする頃には、街は荒れ模様でしたから、生まれたばかりの僕はウィーンに逃れることになりました。その時に皆様の泊まられたあの宿を買い取っていました。戦争が終わったので、カールに宿を売り、僕は一度実家へ戻り、その後ウィーンの大学に入学することになりました。もともと嗜好品を売ることを生業としていたので、貴族との接触は比較的盛んで、僕は商売の勉強をしながら、大学へ通いました。商いの駆け引きには慣れませんが、学生寮での生活は、大変楽しいものでした。


 同じポーランド出身の学生もいました。中には、いくつもの大学を転々とする、貴族の学生もおりました。医学部の苦学生などとも仲良くなりました。金持ちとは言っても、昔はそこまで裕福ではなかった家柄ですから、意外にも話が合うんですよね。とにかく、彼とはとても仲良くなりました。


 この、ペンダントなのですが……。実は、学校でもらったものなのです。オーストリア出身の学生で、僕と同じく神学を学んでいました。


 彼は大変勉強熱心で、初めのうちはほとんど誰もが彼と話すことはありませんでした。医学部の苦学生が、話しかけなければ、僕はこれほど彼と親密にはならなかったでしょう。


 僕は、彼と話をするうちに、彼が聖職者を目指していることを知り、彼からは聖書について多くを学びました。僕は、外の世界に興味津々な彼に、僕の住んでいた場所のことや、父やカールさんの語っていた世界のこと、異国のこと、たくさん話してあげました。


時々、彼と食事に行きました。医学生の子は、その度に目一杯やすくて量の多いものを頼み、まるで、その……獣のように食べていました。あ、お金は僕と神学生の子が支払っていました。


 はい。その際に、やはり上品に、質素な食事をとる神学生の子の姿は、聖職者のようで、僕は少し憧れていました。



 そんな彼が、ある日、僕を食事に誘ってくれました。断る理由もなく、彼とともに少し高級な……えぇ、医学生の子はあまり行きたがらない場所でしたが、そんな、お店に二人で行きました。


 彼は、いつものように質素な食事を優雅に食べながら、いつものように、僕と学校や、社会のことを話しました。


 そんななかで、彼は何かを言いにくそうにしていたので、何かあったのか、と尋ねてみました。彼は、真剣な表情で、僕に話しました。


「私は、この街から出ていかなければならなくなりました……。私にとって、この町はとても大切な場所です。たくさんのものを見て、出会いました。然し、私はこれから、父の跡を継がなければなりません。そこで、貴方にお願いがあるのです。この町の、カールという宿屋の主人、あの方と話がしたいのです。私が直接言っても、相手にしてもらえませんでした。彼は、その、貴方にとっては父のような存在なのでしょう?どうかお願いです。お礼はしますから」


 僕はそれくらいのことならと、快諾しました。彼は涙を流して感謝し、僕の手を握りました。然し、これほど感謝されることなのか、と、僕は疑問に思っていました。



 それから数日後、僕は彼を連れてカールさんを訪ねました。カールさんは、彼のことを見て眉を潜めましたが、結局僕の友人として、招き入れました。


 カールさんは、僕に店番を頼み、受付の奥の扉に入って行きました。彼は、僕にこの首飾りを渡すと、カールさんのもとへと向かって行きました。



 彼らの話を、僕は外から聞いていました。カールさんは、友人に対して、商売だからと何度も説明していました。初めのうちは何のことかと思っていましたが、どうやらカールさんは宿屋とは別に、怪しい薬……の商売をしていたようでして、友人は本当ならば薬商の組合に訴えるところを、僕の関係者であるということで見逃したようです。


 僕は宿屋の人々の受付をしながら、続きが聞きたくてうずうずしていました。ところが、部屋の中はいつの間にか静かになっていました。僕は、彼のことが心配になり、部屋の扉を開けようとしました。すると、部屋の中から鍵が開く音がして、カールさんが現れたのです。僕は、彼の様子を確かめました。何もされていないことを知り、ほっと一息つきました。


 彼は帰り道で、僕に対してやたらとカールさんの仕事について尋ねてきました。従業員はいるのか、とか、どんなお客様が多いのか、とかです。僕は正直に答えました。彼は黙ったままでした。僕は彼に、カールさんが何をしたのか、と尋ねました。


 彼は、宝石を大事にしてください、とだけ言って、僕に譲ったこの首飾りを指さしました。

 彼は次の日から、オーストリアのどこかの町で父の跡を継いで働いています。カールさんが、何をしていたのか。僕はこの頃になって、すごく気になるのです。



「首飾りを貸してください」


 イワンがそう言うと、ヤンは少し困ってはいたが、渋々イワンにそれを手渡した。俺はイワンに手渡されたそれを見る。一見、何の変哲もない首飾りだ。


 イワンが首飾りの横や縦をじっくりと眺めると、側面に微かな継ぎ目があるのが分かった。イワンはそこに沿って首飾りを開くと、一度目は何なかったが、二度目に開いたときは、一枚の紙切れが中にあった。


「ふむ、これは……」


 イワンが開いて紙の内容をみる。俺も外側からその内容を見た。


 それは、売上明細表だった。宿賃の他に、奇妙な売上が書かれているのがわかる。


「違法ではありませんが、専売店からの批判は免れないでしょうね」


 イワンが顎をさすって言った。俺は腕を組んだ。妙だ。これでは、決定打にならない。


ヤンは、それを聞いて、何かを思いついたように、イワンから紙を取り上げた。


「もしかしたら、彼は単純に関係を絶つきっかけを作ってくれたのではないでしょうか?僕は、カールさんのことは嫌いではありませんが、お金に固執しているのは、否定できませんので……」


 聖職者の正義感とかいうやつだろうか。俺は、酒をそっとグラスに注いだ。


「どうしたい?」


 暖炉の薪は静かに燃えている。ヤンはじっと炎の方を見つめ、かけている布を両手でしっかりと握った。


「カールさんとの関係は、多分絶とうにも絶てないと思います。カールさんにとっても、僕らとつながっていることは、悪いことではないはずですし。取り敢えず、距離を置きたいです。今の彼は正常ではありませんから」


 イワンと俺は顔を見合わせた。俺は、イワンにジェスチャーで保護するかどうかを相談した。イワンは、黙って頷いた。


「汚ねぇけど、俺の家、来るか?」


 ヤンは一瞬ぽかんとしたが、暫くしていいんですか、と聞いた。俺は溜息をついてた。


「聞いてんだから聞くな」


「ごめんなさい」


 そんなヤンの表情は明るかった。ヤンは思いついたように振り返って、俺の顔を見た。


「親に連絡しなきゃ」

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