退屈しのぎの一団の話 10
一度、皆様もお試し下さい。こうして、手を擦ってですね。並べてみましょう。ね、少し違いますでしょう?魔法ではありませんよ。単なる現象です。そう、不思議でしょう?今回の話は勘違いから起こった、妙な物語です。
さて、私は修道士ですので、普段はこの町の教会にいます。そこで年代記を書いて過ごしているのですが、ある日、男性が教会に飛び込んできました。事情を聞くと、彼女にサプライズをしたいという事のようでした。
私は、この、擦ると指が伸びるというのを教えてやりました。男は喜んでこれに飛びつき、彼女に教えてやろう、と意気揚々と飛び出していました。私はいつものように掃除や祈りを捧げて、一日を過ごしていました。さて、問題は彼の方です。彼はその夜、この不思議を彼女に実演したようです。彼女は大層喜び、彼に対して嬉しそうに秘密を聞き出そうとしました。しかし、突然彼は店主に呼び出され、腕組みをする強い男たちに囲まれました。男達は彼のことを魔女だ魔女だとまくし立て、男は困り果ててしまい、彼女に頼んで私に助けを呼びにきました。
私のことはこの町でそれなりに知られていますので、いくらでも弁明が効くだろう、と私は考えました。私は男達がいるという場所へ向かいました。
ところが、彼を中心にして、客や店員が円を作って囲みこんでいるではありませんか。妙なことになったな、と私はそこに顔を出して、より詳しい事情を聞きました。話によれば、そのあと男は妙な行動をとったために、(彼のあと語りによればただの作り話だそうですが)取り囲んでいたということです。濡れ衣もいいとこだ、と彼は叫んでいました。水をかけられていたのか、服もびしゃびしゃでした。彼は私を見つけると、助けてください、アブラヒムさん!と、私に手を伸ばしました。一斉に私の方に注目が集まります。私は至って落ち着いて、貴方方も、それをやってみてはいかがですか?とね。
男達は顔を見合わせ、店員達がやりだしたのを見て、それをしました。そして、長さを比べて、びっくりしていました。私は、これは大したことはない、魔法でも何でもないものですよ、と言ってやりました。彼らは顔が青ざめていました。何事か、と思ったのもつかの間、彼らは魔法をかけられた!魔法をかけられた!と騒ぎ立て、ついには自警団がやってくる始末です。
何事かと店の外に集まった見物人は、火中の男を見てひそひそと話しています。私はとりあえずその場を落ち着かせました。彼と彼女と私を中心とした大きな円は、瞬く間に広がっていきます。そこで、自警団達に、私たちの眼、耳、口、腕、足を拘束して、外の人間にも同じことをさせるように頼みました。彼らは言う通り、それをしました。すると、当然他の人々も、長さが変わった、と騒ぎました。私はほっと一息つき、この行動についてはもう誰にも教えないでおこう、と思いました。男は事情を話し、店の一同は結局大笑いして楽しい酒宴が始まったそうです。
私は教会に戻り、今日の出来事を年代記に記録しました。そして、用事を済ましてからさっさと眠りました。
さて、それからしばらくあと、この町では妙なブームが巻き起こりました。私が教えたこの行為を、人々はプロポーズに使うようになりました。妙な話ではありますが、これで恋愛が成就するとかしないとか。単なる現象ではありますが、これが人のためになるなら良かったと、私は静かに水を飲んでいました。
すると、ドンドン、と戸を叩く音が聞こえ、教会の礼拝堂の戸を開けると、そこには商人らしい男が、にこやかに立っていました。
取り敢えず教会の中に招き入れ、話を聞くと、どうやら私に手が伸びる方法を教えてほしい、ということのようでした。一応、私は実際にあったことを教え、忠告をしておいた上で、例の方法を教えました。男は嬉しそうに話を聞き、時に頷き、時に驚いていました。男は教会への少しの寄付の後と私に深々と礼をして、去って行きました。私は不安に思いましたが、取り敢えずは彼の望みを叶えることができたと気を思い直し、年代記の作成に集中しました。今思えば、このとき教えていなければ、彼はあのような目に合わなかったのでしょうか……。
数日後の夕刻、教会の戸を激しく叩く音が聞こえました。そして、助けてくれ!という声がしました。
私が急いでその戸を開けると、そこには例の商人が必死の形相で立ってきました。小刻みに震え、逆光によって影に黒くなった姿は、まるで逃げてきた奴隷のようでした。私は取り敢えず彼を匿い、事情を聞きました。どうやら、彼は異郷の地でこれを実践し、たいそうな顰蹙を買ったようです。そこから流れるように買い手がつかなくなり、哀れな姿になった、ということでした。やはり、と私は思いました。同時に私は彼にまず謝罪をし、その後彼の今後のことを考えて、幾つかの説教をしました。それは、強欲にかられたものがどうなったか、また、男に傷を残した者たちへの怒りを静めるために、主の寛容についての話でした。
そして、男に対して幾つかの雇い先を教えてやりました。例の酒場や、男の仕事に比較的近い仕事をする幾つかの商人などです。彼は私の紹介状を握りしめながら涙を流し、私に何度も頭を下げて、教会をあとにしました。
皆さんも、この男のような結末にならぬように、自分の行為を戒めることをお勧めいたします。
「ね、ピョートルさん」
アブラヒムは目だけをピョートルに向けて言った。ピョートルは突然声をかけられピクリと動いたが、直ぐにアブラヒムから顔を逸らして、大きな舌打ちをした。マルガレーテが笑うと、ピョートルは机を蹴った。カールの厳しい視線がピョートルを刺し、舌打ちをしたピョートルは銀貨をヤンに投げた。ヤンは暫くあたふたしていたが、カールに銀貨を渡して、耳打ちをした。カールのため息が響く。マクシミリアンはヤンに目を向けて微笑んでいる。香草の匂いが薄くなった。
「ふむ。用心せねばなるまい」
レオポストが独り言のようにつぶやいた。アブラヒムは口をつり上げ、レオポルトの方を向いた。
「その通りです。真に信仰心があれども、悪業を積んでいては元も子もありません」
「それでも、信仰を怠ってもいけませんよ」
ヤンが咎めるように言った。マクシミリアンは頷いている。マティアスはそれを見て首を傾げた。
「マクシミリアンさん、何かあったんですか?ヤン君に妙にご執心のようですが……」
マクシミリアンがヤンの方を見た。笑顔で黙っているマクシミリアンから、ヤンは目を逸らして言った。
「えぇ、朝に少し、お世話になりまして……」
ヤンは顔を下げた。マティアスは少し黙ったあとに、ふぅん、とだけ言った。イワンがそっと紙を取り出して、メモを取ろうとした。
「さて、最後はヤン君では?」
マクシミリアンは落ち着き払って言った。ヤンは、顔を上げた。
パチン、という音が暖炉から響く。外には霙が降っていた。




