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黒い霧  作者: 民間人。
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傭兵の場合

 傭兵の仕事は金を奪う事だ。いや、食事と金を奪う事だ。大したことのない給金をもらい、王に仕えながら、金を荒稼ぎする免罪符とする。傭兵というのは、そう言う生き物だ。


 町の雑踏が俺たちを圧倒させた。首都とは、こんなに賑やかなところなのかか。格式の低い傭兵の仕事は基本的に戦場に駆り出される。だが、首都に乗り込む時というのは、よほどの事がない限りはなかった。由緒ある傭兵団ならば、王族たちの護衛など任されるのだろうが、俺たちのような半端なクズみたいな輩は、そんな仕事は来ない。それに、今時近衛兵がいない王など時代遅れもいいとこである。


 今回の仕事は給金もよく、比較的安全な仕事だと聞いている。俺は町の賑やかな市場の、小高い一等地にある豪邸に足を踏み入れた。高い窓からは町の様子がよくわかる。この商館は他のどの商館よりも立派だった。画廊のようなロビーを抜けると、依頼人が待っている小部屋に着く。小部屋の中には、小柄でほんのりと頬の紅い男が座っていました。やもすれば女と間違えてしまいそうな柔らかそうな肌は、育ちの良さを物語っている。


「こんにちは。お待ちしておりました」


 俺に差し出された手は小さく、本当に女なんじゃないかと思った。俺はその手を取り、握手を交わす。触ってみると、その手は多少ゴツゴツとしており、成人男性である事がやっとわかった。


「自己紹介が遅れました、私、この商館の主人、エーミールと申します。宜しくお願いします」


「俺が護衛を任された、ハンスだ。よろしく頼む」


 エーミールは再び宜しくお願いしますと言うと、準備するのでしばらくお待ちくださいと言って部屋を出て行ってしまった。


 俺は部屋の前で待つ事になり、暫くはその豪華な廊下を眺める事になった。


 天井は高く、いたるところにある絵画や彫刻は、主人の栄光をたたえている。俺はその中に、一つの歪な絵画を見つけた。そこには、骸骨が商人たちを追い回している姿があった。そして、藁に隠れて怯える農民や、骸骨に誘われている貴族などが描かれている。貴族のの間抜けな表情に対して、農民や商人の怯えきった表情は、まるで俺たちから逃げる人々のようだった。傭兵とは、歓迎もされないし期待もされない、何とも悲しい生き物である。私にとって、護衛は俺の他に三人、合計四人であり、仕事内容はエーミール及び証書の保護であり、最悪証書さえ保護すればエーミールは見捨てても給金は支払うという事だ。しかし、当然狙うのはエーミールの無傷での任務の完遂であり、それによって大金の山分けをすることである。エーミールを殺されたら元は取れないが、無傷ならば、相当な収入となる。報酬は一ヶ月働かなくても良いほどのものであり、こんなに楽で美味しい仕事はない。


 エーミールが支度をして出てきた。柔らかい肌にシルクの服を、その上にアーミンのコートを着て、小さな革靴を履いて、杖をついて来た。よく見ると足を引きずっている。


「お待たせして申し訳ありません。では、参りましょうか」


 俺は、あぁとだけ呟き、他の仲間が待っているロビーへ向かった。ロビーへの廊下は、ひどく長いものに感じられた。仲間達と合流すると、仕立てた馬車に、二人がエーミールを囲むようにして、二人が外を監視しながら馬車に乗り込んだ。二頭立ての馬車の快適さと言ったら、それはもう一頭立ての比にならない。まさに傭兵にとっての憧れだ。俺たちは半ば興奮しながらも中に入り、じっと騒ぐのを我慢していた。


とはいえ、小さな馬車の中にごつい男が四人も入ると、さすがにむさ苦しくて耐え難い。ほんのりと香る香水の匂いに癒されながら、ごつい男たちは退屈な時間にあくびなどをしながら、無言の時間を過ごすことになった。


「少し、休憩しましょうか」


 エーミールが言うと、一同は薪を割り火を焚いて、草むらの上に座った。エーミールは丁寧に布を取り出して、それを下に敷いて座った。少し肌寒いが、町の活気とは違う味がある。


「傭兵の皆様は、お疲れではありませんか?」


 全員が首を横に振った。エーミールは驚きを隠さずに、目を見開いている。


「やはり、私は昔から体が弱いので、少し、憧れてしまいます」


「鍛えればいいのでは?」


「はい……いえ。それは、違います。違いますね」


 エーミールの声は見た目よりよく響く。低く、穏やかな声だ。彼は火の中を棒切れでつつきながら、続けた。


「あの町は、はしたないのですよ」


「にぎやかでいい町だと思うが」


「確かににぎやかですが、汚いのですよ」


 火の中をつついた棒切れに火が移ると、エーミールはそれを中に放り投げた。そして、小さな体が立ち上がった。ゴツゴツとした手や、凛とした佇まいは彼に貫禄をもたせている。俺は、商館で見た骸骨の絵を思い出した。いびつで絵の具の塗りもない、インクだけで書かれた絵は、ある種の異常性が感じられた。


「妙な骸骨の絵みたいだな」


「ええ、はい。あの絵は両親の遺品なのですが、かつての死の町を表しているのです」


 俺は驚いた。あの絵の中に、あの活気はないように見えた。エーミールは続けた。


「あの絵は、過去にあった出来事の様子を描いたものです。ペスト……その言葉を発することさえ、憚られる。惨劇の後のような、恐ろしい光景です。気づかれましたか?」


 火の粉が飛び、薪の弾ける音がする。まるで言葉を阻むように。


「えぇ、そうですね。そろそろ出発しましょうか」


 まるで何かから逃げるように、俺たちは目的地へ急いだ。



 足をさするエーミールの側には、杖が添えられている。壁に掛けられた立派な装飾の数々は、傭兵にはあまりにも眩しかった。


 然しその外には、ちらほらとか独特の嫌な臭いが立ち上がっていた。エーミールは真っ青な顔をしながら、その町のとある商館に入っていった。俺は外で警備をし、外を警備していた二人はエーミールの護衛のために商館へ入っていった。


 外で待っていると、人の群れが歩いてくるのが見えた。その中心二いる人々は、棺を担いでいる。彼らは通り過ぎ、教会の方へと進んでいった。


 また暫くすると、もう一つ棺を持った一団が歩いてきた。沈んだ表情は、人々の活気にあふれた市場には似合わない。


「なんだか、さっきから葬儀ばかり見るな」


 警備をしていたもう一人の同僚が呟く、俺は前を向いたままで頷いた。


「あぁ、なんだろうな?」


 妙な違和感を覚えつつも、職務の怠慢をするわけにはいかず、じっと前を見つめていた。暫くすると、そそくさと走り抜ける薬売りがあった。そして、あとを追うように医者が荷物を抱えて走って行った。

「おい、疫病じゃねぇだろうな……」


 同僚は体を震わせて言った。


「だとしても、逃げられないだろうが。違約金で死ぬぞ」


 目だけを彼に向けながら、俺は持っていた剣を鞘から少し出し入れした。シャキ、シャキ、という音が心地いい。


「やっぱり、さっさと終わらせねぇと……」


 彼のそんな言葉を、一暼で返した。



「お疲れ様でございました。皆様もよくお仕事をこなして頂いて、有難うございました」


 俺は深く礼をするエーミールに対して、手を差し出した。エーミールもその手を握った。弱々しく小さい手だったが、確かに男のゴツゴツとした手だった。


「じゃあ、帰りも油断せずに行こう」


 エーミールは優しく頷き、馬車に乗り込んだ。


 馬車はゆっくりと発進した。閑静な住宅街を、賑やかな市場を駆け抜ける。


 薬屋でミイラを買う男の姿があった。また、カエルの干物も手に持っていた。パン屋の前には人の行列がある。パンを持った人々が、掛かった木札を持って去っていく。パン屋の主人は新たなパンを運び出し、それを陳列していた。途中、小麦を積んだ馬車とすれ違った。


「本当に賑やかだな」


 俺がつぶやくと、エーミールは嬉しそうに頷いた。


「ですが、人混みに溢れているからこそ、困ったことも起こるんですよね」


 同僚がエーミールの方を向いた。馬車が、揺れる。


「人が多いから、死にぎわをたくさん見ることになるんですよ。あのように」


 馬車は、棺を持った一団とすれ違った。実感のこもった言葉だった。


 俺は俯いて目を瞑った。それは、俺もよく見てきた。エーミールがこちらを向いた。さらに、馬車は揺れた。


「そうですか、つまり貴方はそういう人間なんですね」


 エーミールの言葉に我に返った。エーミールは目を細めていた。


「ちゃんと、守ってくださいね」


声は、草原に寂しく響いた。


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