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あやかし心療室  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
雷様の夫婦喧嘩

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17/23

雷様の夫婦喧嘩

 今日も、リナは、粟根のところに行くために提灯を手に取った。

 最近ではこの不思議な提灯に火をつけて通うことにも慣れてきた。

 最初、戸惑いながらも提灯片手にもののけ道を渡ったことを懐かしく思う。


「学校にも、こんな風に行けるようになればいいのに」

 とリナは思わず一人こぼした。

 学校自体には、保健室登校と言う形で、行くことには慣れて来た。

 保健室登校だって、最初は少し抵抗があったが、今ではそれも薄れてきている。

 こんな風に少しずつ慣らしていけば、前みたいに、普通に、授業を受けに行けるような気もする。

 クラスに子達に囲まれても、落ち着いていられるような気がする。

 気がするのだが、でも、どうしても、その一歩を、リナは踏み出せないでいた。


 そんなことを考えていると、窓のからピカリと強烈な光が一瞬目に入る。

 ややして響くゴロゴロという獰猛な生き物の唸り声のような大きな音。

「あ、また雷だ」

 リナはそう言って、窓の外を見た。

 ゴロゴロと音が鳴り、分厚い雲がビリビリと光っているのが見えた。

 雨は降っていない。

 最近、リナの住んでいる地域では、雨は降っていないのに、雷だけ鳴るという現象が多発している。

 雷があまり得意ではないリナは、玄関で靴を履くと、手に持っていた提灯に早々に火をつけてもののけ道を渡ることにした。

 いつも通りの暗い道、光る砂利道を頼りに歩いていくと、しばらくして目の前が明るくなった、のだが……。

「冷たいッ! 」

 いつもの心理相談所に続く山道に着いた途端、ピシャリと冷たいものが当たった。

「え……? 雨?」

 とつぶやいて、上を見る。

 ザーザーと雨が降っていた。

 リナがいるところはちょうど大きな木の下だったため、直接雨にさらされることはなかったが、それでも葉っぱからしたたった大きな滴が、リナの肩先などに落ちてくる。

「どうしよう、傘、持ってきてない……!」

 いつもここは、晴天だった。

 リナの家の周辺が雨でも、ここは晴天だったので、リナはてっきりここはそういうものなのだと、思い込んでいた。


「え……? リナさん?」

 と、誰かに呼ばれて、そちらに顔を向ければ、傘をさして相談所の前に立ち尽くす粟根の姿がある。

 粟根はリナが傘もささずに外にいることに気付くと、慌ててリナの方に駆け寄った。

 そして、リナの目の前に来ると差してた傘をリナの方に傾けた。


「リナさん、どうしたんですか? 傘もささずに」

「あの、私、いつも、家からそのまま来てて、家の方は、雷は鳴っていたんですけれど、雨は降ってなかったし、ここっていつもお天気が良かったから、だから、すみません……」

 と、しどろもどろにリナが説明すると、粟根は柔らかく笑って頷いた。


「なるほど。そういうことですか。ここは、隠世なので、天気はあまり変わらないのですが、たまに、こういう時があるんですよ。ほら、あちらを見てみてください」

 粟根はそう言って、東の空を指さした。

 そこには、他の雨雲よりも黒くて分厚いものが浮かんでいて、ビリビリと光っている。


「あれって、雷雲……?」

「ええ、雷様が、あの雲の上にいらっしゃいます。雷様が雨を呼んだのでしょうね」

「雷様……ですか」

 そういうこともあるのかと、リナは不思議な気持ちで黒い雷雲を見上げた。

「先ほど、龍神様からの急なお声がけで、一件、雷様のご夫婦のご相談の依頼を受けたんです。それで、今日来られることになったんですよ。いつ頃来られるのか、様子を見に外に出てみたのですが、おかげでリナさんを雨の中で歩かせずに済みました」

 そう言って、その整った顔で粟根が笑顔を作るものだから、リナは思わず顔を赤らめた。

 一つの傘に二人で入っているという感じなので、距離だって近い。

 と、そんなことを思っていると、粟根が、リナの方にばかり傘を傘向けているので、彼の背中のあたりが雨に濡れていることに、リナは気づいた。


「せ、先生! 傘、ちゃんと、自分のほうにも差してください! 私ばっかりになってます!」

「私は構いませんよ。替えの白衣はありますし。とりあえず中に入りましょうか」

 そう言って、粟根は、リナを自分の隣へと自然な動作で誘導し、そのまま歩き出す。

 一つの傘の下で、肩と肩がくっつくぐらいの距離感。

 これっていわゆる、相合傘と言うものでは……と、リナは内心穏やかではない。

 ざあざあと振る雨の音よりも、自分の鼓動の音の方がうるさいような気さえした。

 同年代の異性を前にした時や、たくさんの人がいるところでも、同じようにどぎまぎと心臓が嫌な音を立てるが、それとは違う胸の鼓動だ。

 そうこうしていると、いつもの心理相談所にたどり着いた。

 扉を開けて中に入ると、粟根は、濡れた白衣を脱いで腕にかける。

 白衣を脱ぐと、白いシャツと黒のスラックスというラフな出で立ちの粟根。しかも、今はシャツのボタンをいつもよりも広く開けている。

 粟根は自分よりずっと大人な人、というイメージをしていたが、こんな風にラフな格好の粟根を見ると、自分が思っているよりも近い存在に感じて、何故だか嬉しく思えてくる。


「リナさんは、着替え、大丈夫そうですか?」

「はいっ! 私は、あんまり濡れなかったですし……。粟根先生が、傘をさしてくださったので……。ありがとうございます」

「いえいえ、役得でしたよ」

「や、役得って……! もう、先生はそうやっていつも、からかうんですから」

 とリナは少しばかり嬉しそうに恥ずかしそうに言った。

「すみません、リナさんの反応が可愛らしいもので、つい。でも、リナさんが、濡れずに済んだのでしたらなによりです。……あ、そうだ。リナさん、先ほど話していた雷様のご夫婦の相談事なのですが、リナさんも同席していただいていいですか?」

 と、粟根は濡れたメガネを拭きながらそう言った。


「もちろん、大丈夫ですけど、雷様っていうと……つまり、雷を落としたりする、あの、ですよね!?」

 雷様といえば、どちらかと言えば神様のような存在なんじゃないだろうかと、リナは、自身が知る雷様を頭の中でイメージした。

 角の生えた鬼の風体で、顔はかなりの強面、ヒョウ柄の服を召していて、太鼓とかを持っている、そんなイメージ。


「ええ、そうなります。ご主人が雷様としてお勤めしている鬼族の夫婦ですね」

「雷様としてお勤めというと、雷様っていうのは役職的なものだったんですか……。あ、じゃなくて、その雷様のご夫婦のご相談って、どのようなものなんですか?」

「それが、最近、雷様の夫婦が、頻繁に喧嘩をしているようで、喧嘩をするだけならさほど問題はなのですが、ご主人が雷様なので、喧嘩の途中で怒りに任せて無暗に雷を鳴らしてしまうことが問題になってます」

「ということは、その夫婦喧嘩の仲裁を頼まれたってこと、ですよね? 先生って、夫婦喧嘩の仲裁の相談まで受けているんですか?」

「そういうご相談もありますよ。特に今回の場合は普通の夫婦喧嘩よりも規模がでかいですから、龍神様も見過ごせなかったのでしょう。ほら、最近現世でも、頻繁に季節外れの雷がなっているでしょう? おそらくそれは、雷様の夫婦喧嘩のせいですね」

「あれって、夫婦喧嘩のせいだったんですか!?」

 と、リナが思わず驚きの声を上ると、窓の外からゴロゴロゴロゴロと雷の音が聞こえてきた。

「おや、早速見えたみたいです」

 と粟根が言うやいなや、相談所の扉が勢いよく開かれた。

 そしてそこには、これぞ鬼! という出で立ちの二人が立っていた。

 大柄な方の鬼は、真っ赤色な体にヒョウ柄の腰布を巻いて、頭に二本の角を生やしている。

 もう片方の少し小柄な鬼は、同じく真っ赤色な体に二本の角、胸ははちきれんばかりの迫力で、その胸と、腰より下をヒョウ柄の布で隠しているような恰好をしていた。

 いかにもな鬼ファッションに、リナはなんだか感動を覚える。

 間違いなくこの二人が、これから相談予定の雷様の夫婦に違いない。


「あんたが、粟根先生か? 龍神様から言われてきてやったぜ」

 大柄な鬼が、にらみを利かせながら、そう言った。

 もともと鬼族で、大柄で、元の人相すら悪いのに、そんな風に睨まれると、ものすごい迫力だった。


「はい、そうです。おまちしておりました。どうぞこちらへ」

 鬼の凄みもどこ吹く風という感じで、粟根は普段通りに鬼の夫婦を中に招き入れる。

 リナはと言うと、雷様の迫力にすこしばかり怯えていたのだが、あまりにも粟根が普通なので、なんとか気持ちが落ち着いてきた。

 あの怖い人相の鬼の夫婦と一緒の部屋に行くのは気が引けたが、先ほど、粟根から一緒にいてほしいと言われていた。

 ならばと、リナは勇気を振り絞って、鬼の夫婦の後に続く。


「私は粟根と申します。まずはお話を伺いたいと思いますので、お名前からおっしゃっていただいてよろしいですか?」

 いつもの心療室で、4人がソファに腰掛けると、粟根がいつも通りな口調でそう言った。

 雷様は面白くなさそう顔をして口を開く。


「おでは、このあたり一帯の雷を司ってる吾郎だ。そんで隣は……」

 と言って、大柄の鬼、吾郎は隣にさっきから不満そうにそっぽを向いてソファに座っている女の鬼のほうをあごでしゃくった。


「おでの女房の光子だ」

 しかし、その女房の光子は、うんともすんとも言わず不満そうにそっぽを向いていた。


「おい、光子、だまってんじゃねぇ。挨拶しろってんだ」

 吾郎がそういうと、光子がきっと、吾郎を睨む。


「うるさいねぇ! アタシは今、頭が痛いんだ! 大きい声出すんじゃないよ!」

 と言って、ふんと鼻を鳴らしてまたそっぽを向いた。


「愛想のねえ、鬼だなぁ」

 と吾郎が嫌みがましく言うが、当の光子はしかめっ面で眉間のあたりに手を当てて、不機嫌な顔をしているだけだった。

 なんというか、夫婦と言うものをあまりよく知らないリナですら、これはかなりこじれているというのが分かる。



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