8話
わたくしが邸に帰るとメイアが待っていた。玄関ホールにてただいまと言うとメイアはにっこりと笑ってお帰りなさいませと返してくれた。
「…お嬢様。ラウル様のご様子はいかがでしたか?」
「ああ。手の怪我以外はお元気そうだったわよ。兄様と取っ組み合いの喧嘩をしていた程だから」
「あら、喧嘩ですか。トーマス様。お嬢様の前で何をなさっているんですか」
メイアは兄を呆れた目で見た。兄は居心地悪そうにしている。
「…メイア。そんな目で見なくても良いだろう」
「いけませんか。どうせ、ラウル様としょうもない事で喧嘩になったんでしょうが。ラルフローレン公爵様にこっぴどく叱られたのでしょう。もう、大概になさいませ」
「何でわかるんだ」
「あなた様のお小さい頃はよく存じておりますよ。ラウル様と喧嘩したり悪戯をよくなさってはこちらの旦那様や公爵閣下に雷を落とされていたではないですか。お嬢様は覚えておられないだけでトーマス様はそりゃもう、なかなかの悪ガキでした」
悪ガキと聞いてわたくしは我慢しきれなくなって笑ってしまう。確かに兄は父や母の話によるとかなりの腕白だったらしい。
ラウル様もお小さい頃は兄に負けず劣らずの腕白で母君に当たるレアン様が手を焼いていたとメイアは教えてくれた。
「ふふ。そうだったの。それで今日、久しぶりに再会したのに喧嘩をしたのね。兄様もラウル様も本気でいらしたみたいだから。最初はわたくしが粗相をしてしまったのかと思ってしまったわ」
「…お嬢様。腕白だからといって大人になられた今、喧嘩をしてしまう理由にはなりませんよ」
「まあ、そうだけれど。兄様とラウル様が喧嘩する程に仲が良いとは。思わなかっただけで」
二人して笑っていると兄は罰の悪そうな顔でそそくさと自室へ戻ってしまった。
わたくしとメイアは恥ずかしかったのねと二人して思ったのだった。
部屋に戻るとメイアは着替えを手伝ってくれた。ドレスからいつもの部屋着にしているワンピースに着替えるとほっとする。
「それにしたってお嬢様とラウル様が婚約なさってから一月以上は経つのですね。まあ、ご結婚されるまでは一年近くありますから。ラウル様も我慢はしてくださるでしょうけど」
「…メイア。何を言いたいのかわからないわ」
「あら。お嬢様ときたら。カマトトぶらないでくださいよ。我慢といったら初夜の事です」
「ああ、もう。それ以上は言わないで!」
わたくしが顔を赤らめて言うとメイアは失礼しましたと笑いながら謝ってきた。絶対、からかわれている。
わたくしはお化粧を落として髪も下ろしていたけど。ラウル様に今の姿を見られるのは気が引ける。
メイアはではと言って部屋を出ていった。わたくしは寝室に入るとラウル様にキスされた額に触れた。
まだ、その部分が熱を持ったようで変な気分だ。唇の方はまだではあるけど。ラウル様はゆっくりで良いと言っていた。
いずれは結婚をするのだ。そっちの方面の知識も知っておくべきなのはわかっている。
ラウル様はどうなのだろう。一人でそう思いながらため息をつく。
ベットに潜り込むとクッションに身を預けた。読書をしたいところだけど疲れているから明日にしようと決めた。
最後にラウル様の笑顔が脳裏に浮かんだ。今日のしかめっ面も珍しかったな。ふふと笑いながら眠りについたのだった。




