40話
わたくしが目覚めたのは丸一日経ってからだった。
ふと目を開けてみると既に部屋の中は薄暗かった。頭痛を感じて呻き声を出してしまう。ゆっくりと起き上がる。
だが目眩と頭痛でまたベットのクッションに凭れかかってしまった。
ふいにドアが開く。静かに誰かが入ってきた。天蓋の薄布が引かれた近くまで来るとそれを片手でどける。
「…お嬢様。お水を持ってきました」
小さいながらも少し低い声は知っているものだった。
「メ、イア?」
掠れた声で問いかけた。小さいものだったが聞こえたらしい。
メイアはすぐにサイドテーブルに水差しとコップがのったお盆を置く。こちらにまで早足でやってきた。
「ああ。お嬢様。お目覚めになったのですね?!」
「ええ。まだ、頭が痛いけど」
「それは。一日中うなされていましたから。それより、先生と旦那様方にお嬢様が意識を取り戻したとお知らせしてきます」
そう言うや否やメイアは小走りで寝室を出て行ってしまう。頭痛のせいでわたくしはまた瞼を閉じたのだった。
それからは大騒ぎだった。まず、メイアは医師を連れてきた。フィーラ公爵家の昔からのかかりつけの先生だ。年齢は四十代半ばの女性で名前をレミリア先生という。
レミリア先生には助手もいてレンという十七歳くらいの少年だ。二人がわたくしの寝室に駆け込んできた。薄い茶色の髪のレミリア先生がわたくしの側にまで来た。
「シェリア様。意識を取り戻したようですね」
「はい。レミリア先生、いらしてたんですね」
「そりゃあ、シェリア様が倒れたとなればわたしも来ます。診察をしますので失礼しますね」
聴診器を肩にかけてレミリア先生が言った。すぐにレンとメイアが表情を引き締める。診察が始まったのだった。
三十分ほどしてレミリア先生の診察が終わった。診断結果は心労と体の疲労から来る体調不良との事だ。レミリア先生はかなり苦いらしい心労に効く粉薬と体調不良や疲労回復を促す錠剤、ハーブティーで同じような効果のある茶葉の三つを出してくれた。
「メイアさん、粉薬は朝昼夜の食後に一回で計三回飲ませてください。錠剤は朝と夜の食前に一回ずつで二回。ハーブティーも朝昼夜に食後で一杯ずつで。一週間分を出しておきます。もし、体調に変調があったり良くならなかった場合はすぐに連絡をください」
てきぱきと説明をするレミリア先生の言葉をメイアは頷きながらノートに書き留めていく。レンも先生のカバンから手際よく粉薬と錠剤、ハーブティーの茶葉を取り出す。紙袋に入れてサイドテーブルに置いた。
メイアは頷いて紙袋の中身を確認しだした。それを横目にレミリア先生はわたくしを見る。
「シェリア様。くれぐれも無理は禁物です。メイアさんや旦那様方が心配しますから」
「わかりました。お手数をおかけしました」
「ええ。では養生なさってください。お大事に」
レミリア先生はそう言ってレンと共に寝室を去っていった。
目覚めた時刻は夜中の十二時だった。なので具のないスープを食べてから粉薬と錠剤を飲む。粉薬は幼い頃に何度か飲んだ事がある。が、とても苦い事は記憶にあった。
今回もこの薬の世話になるのだと思うと気が重い。仕方なくメイアが持ってきていた水と一緒に服用した。
「…苦い!」
飲み込んでからの第一声がこれだ。メイアは無言で錠剤も差し出した。こちらはあまり苦くなかった。
薬を飲むと眠気がやってくる。わたくしはシーツを被ると瞼を閉じた。
「お休みなさいませ」
小さな声でメイアが言う。とろとろと眠りについたのだった。
翌日のお昼の一時頃に目を覚ました。休養と薬のおかげか目覚めは昨夜よりもましになっていた。
起き上がってみたら頭痛もかなり軽くて不快感はあまりない。不意にドアがノックされた。返事をするとメイアが入ってくる。
「おはようございます。お嬢様。ちょっといいですか?」
「おはよう。どうしたの?」
「…実は。ラウル様の事で知らせがありまして。怪我の治療は無事に終わったそうなのですけど」
メイアが口ごもる。ラウル様の名を聞いてわたくしは一気に眠気が吹き飛んだ。
「メイア。ラウル様に何かあったの?」
「いえ。ただ、傷口から毒が入ったとかで。そのせいで高熱を出されたそうです。相手方が持っていた剣に毒物を塗っていたのではと騎士団などは疑っています。現在、調査を慎重に行っていると聞きました」
「な。ラウル様を傷つけた剣に毒物が塗られていたって。じゃあ、高熱を出したのはそのせい?」
「残念ながらそうでしょうね。お嬢様、体調が治り次第ラルフローレン公爵邸に行きましょう。確かシェリア様は聖魔法を使えましたね?」
メイアが真剣な顔で問いかけてくる。わたくしは頷いた。
「でしたらラウル様の体内にある毒物を抜く浄化魔法と回復魔法をかけてください。ラルフローレン公爵様もです」
「メイア?」
「フィーラ公爵たる旦那様からの命です。ラルフローレン公爵とラウル様を聖魔法で救えと。陛下の仰せでもあります」
メイアは射るような眼差しで見た。わたくしは頷くしかない。そうして体調が回復した翌日にはラルフローレン公爵邸に向かったのだった。




