36話
わたくしは王妃陛下の言葉に頭を普段以上に働かせた。
母が陛下にわたくしの発言を許可してほしいような表情をする。気づいた陛下は頷きながら告げた。
「よい。シンディ殿が気を使う必要はないよ。シェリア殿の発言を許可する」
陛下の言葉に母はほっとした表情を浮かべた。
「…ありがとうございます。陛下」
礼を母が言うと陛下は微笑みながら頷いた。「では、陛下。わたくしが及ばずながら申し上げます。王妃陛下の先ほどのお言葉、エリック殿下が固辞なさるかもという事ですけど。ラルフローレン公爵家が次代の王太子殿下の後ろ楯になれば、心強いと普通は考えます。ですから、エリック殿下も無碍にはなさらないと思います」
そこまで言うと王妃陛下は微笑みながら答えた。
「シェリアさん。あなたの言いたい事はわかるわ。けど、わたしの隣にいるエルジェベータさんにも関わる事だから。エリックはね、エルジェさんの事を嫌がっていてね。あなたとラウルさんの娘さんと自分が縁続きになるのも敬遠しているの」
「はあ。エルジェベータ様の事を厭っておられると」
「まあ、有り体に言えばそうね。それでね、シェリアさんに一つ提案があるの。明日でいいからエリックと会わない?」
王妃陛下は笑みを深めた。が、目は笑っていない。わたくしはどうしたものかと考えた。
「王妃陛下。わたくしとエリック殿下を会わせてどうなさるおつもりですか?」
「…要はね。エリックの説得をあなたにお願いしたいのよ。もちろん、エルジェベータさんとラウルさんにも同席してもらうから」
王妃陛下は少女のようにはしゃぎながら言う。母と陛下は疲れたようにため息をついた。エルジェベータ様とおぼしき若い女性も同様だ。
「…王妃陛下。あたくしからも申し上げてもよろしいですか?」
謁見の間に凛とした声が響いた。
玉座の横に視線を移すと黒髪に淡い緑色の瞳の女性がわたくしをまっすぐに見つめていた。
「確か、シェリア・フィーラ公爵令嬢でしたね。あたくしは既にご存知かと思いますが。名をエルジェベータ・アルタと申します。父はアルタ侯爵です」
「はあ。エルジェベータ様、ご丁寧にありがとうございます」
「お礼はいいですわ。シェリア様、まだ御子は生まれていませんが。あたくしと取引しませんか?」
「え。取引ですか」
「いきなり何をと思うでしょうけど。あたくし、あなたがあのアリシアーナ様に婚約者の座を奪われた方だと知っていましてよ。本当は王家に嫁ぐのには抵抗があったのですけど。シェリア様のお話を聞いてこの縁談をお受けしましたのよ」
真剣な顔でエルジェベータ様は意外な事を告げた。わたくしは目を見開いた。
「エルジェベータ様。わたくしと殿下との婚約解消の詳しい事情をご存知だったのですね」
わたくしが言えば、エルジェベータ様は頷いた。
「ええ。陛下と王妃陛下から伺いましたわ。何でも殿下はシェリア様を選ばずにアリシアーナ様を正妃にと望まれたと。が、殿下のお望みがどこまで通用するか。アリシアーナ様は妾妃として扱われていますわ」
「確かにそのような話はラウル様から伝え聞いています。エルジェベータ様のおっしゃる通りです」
エルジェベータ様は成る程と頷いた。
「シェリア様もご存知でいらしたの。だったらこちらとしても事を運びやすいわ」
「エルジェベータ様?」
「シェリア様。先ほど取引とあたくし、言いましたわね?」
「ええ。そのようにおっしゃっていましたね」
「その取引というのは簡単なものですわ。あなたがラウル様とこのまま結婚なさるのならアリシアーナ様の事で協力していただきたいのです。彼女を王宮から追放したいのです。もし、他の方と結婚する事になったらあたくしは正妃の地位を降ります」
エルジェベータ様はそう言い切ってわたくしを見据えた。あまりの事に口を開けなかったのだった。




