32話
エメラルド夫人とご子息のエルトン様を見送った。
門の近くで兄と手を振りながら小さくなっていくスゥリエ侯爵家の馬車を見つめていた。
「シェリア。エルトン君とは仲良くなれそうだ」
「そう。それはよかったです。兄様」
「あんまり嬉しくなさそうだな」
兄に指摘されてわたくしは苦笑した。
「いえ。ただ、複雑で。エルトン様は良い方です。エリカさんも見習えばいいのにと思いました」
「…確かにそうだな。ラウルも言いそうだ」
兄はぽつりと言った。わたくしは頷いたのだった。
スゥリエ侯爵家のエメラルド夫人とご子息のエルトン様が我が家に訪問してから半月が過ぎた。
兄や父は仕事に忙しい。母と結婚式用のヴェールを作ったりして時間は過ぎていった。
ドレスは母のお古を手直しをして刺繍を新たに施していた。母はお裁縫が得意だ。教えてもらいながら、わたくしも簡単な花の刺繍を施している。
「シェリア。もう、あなたがラウル様に嫁ぐのも間近になってきたわね」
「そうね。母様、ラウル様に嫁いでもここに帰ってきていいかしら」
「いいわよ。私や父様、トーマスがいる限りはあなたの実家だもの。好きな時に帰ってきてちょうだい」
母はにこりと笑った。わたくしも頷いた。
今は夏がやってきていて強い日差しだが。それでも嫌なわけではなかった。
もう、ラウル様との結婚式も二ヶ月後に迫っている。最近、大忙しらしい彼からは手紙がよく届く。
花束やお菓子、ハンケチ、小物が主に一緒に届けられてくる。花束はわたくしの好きな花だしお菓子もあっさり系で。ハンケチや小物も派手なものではなく上品な感じなものだ。
ラウル様もわたくしの好みはよく調べているようで。そこの辺りはきちんとしているなと思ったのだった。
ラウル様からまた手紙と小物が届けられた。メイアも慣れたもので手紙を渡して小物を机に置いた。
手紙は今日も来れなくて悪いということや仕事が忙しいという事が書かれていた。小物は寄木細工と呼ばれる東方の島国で作られたという小箱だった。ラウル様の手紙には偶然、知人が東方の島国に交易の為に行っていたらしい。その東方土産をもらったのでわたくしにもお裾分けとなったとあった。
貰い物で申し訳ないと謝罪の一文があったが。わたくしは気にしていない。むしろ、小箱は両手に乗る大きさで素朴な装飾の物だ。
派手じゃないが一目見て気に入った。中に早速、髪留めを三つほど入れてみる。ちょうどいくつか入れられるので大事に使おうと決めた。
蓋を閉じるとメイアにラウル様への返事を書くと告げたのだった。
「なかなかに綺麗な細工ですね」
わたくしにそう笑いかけながら言ったのは友人のスーザンだ。
王立学園時代からの同級生で寮の部屋も隣だった。父君は財務大臣でアウトバーン侯爵である。スーザンは現在、婚約者だった公爵家の子息と結婚していた。
わたくしより早い結婚だったので驚いたのは記憶に新しい。スーザンは結婚して二年が経つ。子供が一人いて男の子だったはずだ。
「そうでしょう。スーザンも気に入った?」
「ええ。気に入ったわ。夫に同じものを買ってくれるようにお願いしてみようかしら」
スーザンはおどけたように笑う。わたくしも悪い気はしない。
「スーザン。あなた、なかなかに言うようになったわね。けど、ご夫君はお元気なの?」
「ああ、夫のユリウスは元気よ。息子のサイラスもね。二人とも武芸の鍛練が好きなの。ユリウスがサイラスに木剣を持たせて剣術指南をしているわ」
スーザンの言った事にへえと頷いた。確か、夫君のユリウス様は王宮の近衛騎士団の一員だったはず。年齢はわたくしやスーザンより三歳上で二十二歳くらいだと思う。
ユリウス様は背が高くて日に焼けた体格の良い男性だった。性格も明るくて真面目な騎士様で王宮の女性たちの憧れの的になっていた。
髪も栗毛色で瞳は淡い琥珀色。ラウル様とは違ったタイプの美男ともいえた。
「じゃあ、シェリア。わたしは帰るわね」
「え。もうなの?」
「ええ。息子が待っているから」
仕方ないと言ってスーザンの帰りたいという言葉に頷いた。手を振って部屋を彼女は出て行ったのだった。




