26話
今回は長いです。後、差別的な表現が出てきます。
苦手な方はご注意ください。
わたくしがスゥリエ侯爵邸に行く事が決まってからラウル様に連絡をした。メイアも一緒に行ってくれる。
ラウル様からは返事があり「私も用があるから一緒に行く」との事だった。これには驚いた。
ラウル様とメイアにわたくしの三人でスゥリエ侯爵邸に行く日がきた。わたくしはメイアと隣り合って馬車の座席に座り向こう側にラウル様という感じになった。
ラウル様は不満そうにしている。
「どうしてメイアの隣なんだい?」
「…え。だってその方が安心ですから」
わたくしが答えるとラウル様は余計に不機嫌になる。どうしたのだろうかと首を傾げた。メイアは苦笑しながらわたくしに言った。
「お嬢様。わたしは一人でも大丈夫ですから。ラウル様のお隣に行ってください」
「だけど」
「…ラウル様は昨日お嬢様に会えなかったから機嫌が悪いんです。わたしのためと思ってお行きください」
最後は小声でいわれて仕方なく座席から立ち上がる。そうしてラウル様の隣に移った。まだ、馬車は出発していないからこける心配はない。それでもわたくしが隣に座ってもラウル様はまだ機嫌が悪そうだ。
「…シェリア。もっと近くに来てくれないか?」
「わかりました」
素直に頷いてラウル様の近くに寄る。けど、肩に腕を回されてぐいと引き寄せられた。そうして彼にぴったりとくっつく体勢になる。顔は肩口の辺りにくっつき、胸もラウル様の脇腹に当たりわたくしは慌てた。
「ラウル様。いきなり何なんですか?!」
「何って。シェリアが足りないから補充だよ。スゥリエ侯爵邸に着くまでは時間があるからこのままで」
「…メイア。やっぱりあなたの隣がいいわ。今すぐに変わって」
わたくしがメイアに助けを求めるも彼女は済まなそうにこちらを見つめるだけだ。
「申し訳ありません。わたしの隣はちょっと…」
「シェリア。メイアの隣に行ってどうするんだ。わたしの隣の方がいいだろう」
わたくしは仕方なく抵抗するのをやめた。おとなしくなったのがわかったのかラウル様はそれ以上の事はしてこなかった。それでもぴったりとくっついた状態で侯爵邸に着くまでいたのだった。
侯爵邸にたどり着くと馬車は門前で停まった。まず、御者が扉を開いてラウル様が最初に降りる。次にわたくしが降りた。ラウル様が手を差し出して降りやすいようにエスコートしてくれる。最後にメイアが降りて扉は閉められた。
門前には中年の男性と緑色の瞳が印象的な金色の髪の女性が待ち構えていた。横には執事らしき初老の男性、背の高いすらりとした少女もいる。
中年の男性はラウル様を見るなりにこやかに笑いながら声をかけてきた。
「これはラツィオ伯爵。いえ、ラウル様とお呼びするべきでしたね。今日はようこそおいでくださいました」
「こちらこそ急に押し掛けて申し訳ない。スゥリエ侯爵。今日はご令嬢のエリカ嬢に会いに来たんです」
「ああ、エリカにですか。もしや、陛下からお聞きになりましたか?」
「ええ。実は婚約者のフィーラ公爵令嬢も一緒に今日は来ていましてね。シェリア、こちらはスゥリエ侯爵殿だ。側にいられるのがご夫人のエメラルド様でね。君のお母様のご友人だよ」
ラウル様が紹介してくれたのでわたくしはドレスの裾を摘まんで膝を曲げた。頭も軽く下げる。
「はじめまして。わたくしはラウル様の婚約者で名をシェリア・フィーラと申します。以後お見知りおきを」
丁寧に挨拶をした後で頭を上げた。すると、すらりとした背の高い少女がこちらに進み出てきた。きっと睨みすえている。
「…何でフィーラ公爵令嬢がわたしの所にいらしているのよ。あなた、どういうつもりなの?」
低い声で凄まれる。わたくしは笑いながらこの喧嘩を買うことにした。
「あら、どういうつもりなのとは。また、失礼な物言いね?」
「なっ。あなた、学園では王太子様に婚約破棄されたくせして叔父君のラウル様に乗り換えているじゃないの。尻軽もいいところなのによくもまあ、わたしの邸にものうのうと顔を出せたものよね!」
「…エリカ様だったかしら。わたくしとは学園では会った事はなかったはずよ。婚約は破棄したのではなくて解消したの。王太子様にはアリシアーナ様がいるからわたくしだけが独身でいるわけにもいかないでしょう。だから、ラウル様からの求婚に応じただけよ」
理屈っぽく言えば、エリカ嬢は顔を赤らめてさらに睨みをきつくする。
「何を知った風に!あなたなんて修道院行きか国外追放にでもなればよかったのよ。そうすれば、わたしが王太子妃かラウル様の婚約者になれたはずなのに。こんのアバズレ女!」
そう言いながらエリカ嬢は手を振り下ろした。ぱしんと乾いた音がしてわたくしの頬に衝撃がくる。はずだった。
痛みも衝撃もないため、閉じていた瞼を開けた。目の前には薄い茶色のジャケットを着たラウル様の背中がある。わたくしは驚いて前に進み出た。
「…なっ。ラウル様?!」
エリカ嬢が青白い顔で悲鳴をあげた。わたくしもラウル様の顔を見上げる。すると、左側の頬を赤くさせた彼の姿が目に入った。
「…エリカ嬢。いくら君でもシェリアに対して言い過ぎだ。しかも暴力を振るうのは良くない。わたしが今日何のために来たのかわかっていないようだね?」
「あの。それは…」
「わたしは君との婚約を断るために来たんだ。シェリアは一人で行くと言っていたんだけど。心配だから付いてきたんだよ」
ラウル様はそこまでを言うとわたくしに振り返った。
「シェリア。庇ったのはいいけど。君は怪我をしていないね?」
淡い青の瞳を向けられてわたくしは頷いた。「そうか。なら、侯爵。今日は大変失礼をした。もう帰りますので、見送りは不要ですよ」
「い、いえ。こちらこそ娘が失礼を致しました。しかもラウル様に怪我まで負わせてしまい、何とお詫びしたらよいのか。後で娘にはきつく言い聞かせておきます」
侯爵がそう言った後、わたくしたちはすぐに馬車に乗り込み、スゥリエ侯爵邸を後にした。何とも後味の悪い訪問ではあった。




