エピローグ
ライリアルは三日三晩、家で眠り続けた。
一晩で回復したキャロルは、すぐにマイズ山に戻って来たのだが、眠るライリアルの姿を見て目を丸くした。
「まあ、ライリアル様……私たちが攫われたばっかりに……」
その後で、申し訳なさそうにキャロルは悲しそうに表情を歪めた。
「まあまあ、その話は後で。先生が回復してからにしようよ。麓の村を見るのもいい勉強になるしさ。俺、もっと早くマイズ村には来たかったんだよね。直轄地だってのに、父さんってば止めるんだもん」
トーマスの目の色はマイズ山に来て、一晩経っても治らなかった。
それでもトーマスはケロリとしたものだった。
「俺を周りがどう邪険に扱ったって、俺は王位継承者。ヘマさえやらなきゃ、廃嫡なんてできないよ」
変わってしまった目の色について、周りからとやかく言われる可能性があったがトーマスは恐れなど抱いていなかった。
むしろこの状況を前向きに考えてるようだった。
「せっかく預かったリトミアの枝でしたのに」
「なっちゃったのは仕方ないよ。きっとその枝はいつか役に立つから持っときなって」
ライリアルがほぼ魔法で行っていた家事は当然滞る。
キャロルも慣れない手つきで洗濯をしていたのだが、料理だけはお手上げだった。
ここで活躍したのは麓から様子を見に来たティアレスだ。
ライリアルの目が覚めた時に食べれるようにとスープを作り、残る人たち用にも料理も作った。
「ここの道具、びっくりするぐらい使いやすい。ライリアルさんってば、こんなもの使ってたんだ」
魔力を通すだけで、火のつくかまどや、簡単に水を汲める井戸を見て、ティアレスは羨ましそうにため息をつく。
「私も料理を覚えようと思いましたわ。こんなことはめったにないとは思いますが……何もできないのは歯がゆいですもの」
「うんうん、そうするのがいいよ。何なら、私が教えようか?」
そんなこんなでティアレスが作った簡単な料理を食べて、トーマスは歓声を上げた。
「すごい、おいしい! ティアレスさん、嫁に来てください」
とんでもないことを言うトーマスに、ティアレスは笑って返す。
ティアレスには、キャロルもトーマスの身分を伝えていなかった。
「いやだー、もう。そういうのは五年ぐらい早いわよ」
冗談としてティアレスはあっさり流して、付け加える。
「それに、私にはもう心に決めた人がいるんだから」
悪戯っぽくティアレスは笑って、同じ席に着いた。
目が覚めたライリアルはまず、自分の手を確認した。
身体中の激痛は消えている。
「……あいつらは?」
はっとして、ライリアルはまず普段着に着替えて部屋の外に出た。
「ライリアル様?」
濡れた布を盆に載せて、ドアを開けようとしたキャロルとそこで鉢合わせする。
「キャロル、何だか久しぶりだな。私は何日寝ていたんだろうか?」
ライリアルは無事な弟子の姿を確認して顔をほころばせる。
キャロルもやっとライリアルが目覚めたので、ほっとして笑う。
「三日ほどですわね。トーマス様も、アーノルド様も心配しておりましたの」
「トーマスも、帰ればよかったのに。それで、あいつはともかく、トーマスは何してた?」
「これも勉強だからって、マイズ村の方に」
キャロルが説明すると、ライリアルはため息をついた。
「こういう事には勉強熱心なんだな。それで、視察は続けると?」
「はい。どうしても、風の竜の住むところをみたいんですって」
やれやれ、とライリアルは肩をすくめて歩き出す。
そして、辿りついた居間にはアーノルドがいて、勝手に書庫から取り出したのだろう本を読みふけっていた。
気配に気づいたのか、アーノルドはにっかりと笑う。
「よう、遅いお目覚めだな。もうすぐトーマスも帰ってくる。そしたら、今後の予定でも立てようぜ。どこから仕切りなおす? 俺がお望みのところまでバッチリ送ってやっから」
色々文句を言いたいこともあるが、アーノルドには特に世話になった。
彼の空間移動という特技がなければ、きっと今もまだトーマスもキャロルも助けられなかっただろう。
それは自覚していた。
「今回のことは、世話になった。ありがとう……」
照れくさそうにライリアルは呟いて、アーノルドの正面に座る。
「何だ、礼なんていいって。ま、どうしてもって言うなら、俺をアーニーって呼んでもいいんだぜ?」
「因果関係がわからん。……まあ、考えておく」
視線を合わせずにライリアルはそっけなく言う。
すぐにキャロルが空腹な彼の為に、ティアレスの作ったスープを運んできた。




