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マイズ山のものぐさ賢者  作者: 流堂志良
第八章 カデル・ツヴァイト・ドゥンケル
39/43

突入

 カデルはその姿を見た時息を呑んだ。

 攫ってきた少年が、座り込んでいる。

 頭を押さえているが、その瞳が赤く光っているのが見えた。

 こんな人間をカデルは今まで見たことがない。

 正面に屈みこんで、手をかざす。焦点がどこにもあっていない。

 話してみると、意外なことに答えが返って来た。

 どうやら上手く見えていないようだ。

 額に手を当てて、もう少し話してみる。

 少年の話が、攫ったことに対して文句を言う。

 それは確かにカデルの責任なので、黙って聞いた。

 彼が闇の竜と契約をする可能性があったことをカデルは知った。

 話だとその赤い『目』は魔法の一種で、闇属性との相性がいいそうだ。

 もしかしたら、彼はカデルと契約してくれた人間かもしれなかった。

 何という皮肉だろう。

 無理矢理契約を奪取した後で、この少年を知ってしまうなんて。

 やがて、少年の目の焦点が合う。

 赤い光は少し薄れたものの、まだ本来の目の色には程遠い。

「ああ……やっと見えた。こんにちは、でいいのかな。こんなところじゃ時間がわからないね」

 胸を撫で下ろす少年に、カデルは言う。

「お前、怖くないのか? お前は無力な人間で、俺はお前を簡単に殺すことができるんだぞ」

「殺すなら、さっさと殺すでしょ? 何の目的があるか俺にはわからないけどさ」

 言って、少年は興味深そうに空を仰ぐ。

 仰いでも、そこにあるのは空ではなく、どこまでも続く闇。

「これ、結界なの? 光を全部遮るような」

「……そうなるな。ところで、もうすぐお前を助けに一緒にいた奴らが来る。そうしたら、お前は俺にとって用済みになるわけだが」

 これで、少年の出方を見てみる。

 普通は怯えて、命乞いをするものだろう。

 そうしたら、カデルもただの人間としてこの少年を切り捨てられる。

 だが、少年は怖がる様子を少しも見せなかった。

「わざわざ教えてくれるなんて、悪い人なのか、よくわからない人だね」

「……この状況にお前が怯えてない理由は何だ?」

 思ったように少年が反応しないことに、カデルは苛立って少年に問う。

「――闇に出会うだろう。直感を信じて行動しろって。そう前に『予言』されてたんだ。俺は自分の直感を信じて行動するのみだ」

 少年はカデルを見据えてきっぱりとそう宣言した。

 カデルの知る人間とは違う。

 闇竜の姿を見て、悪魔だと怯えて逃げるような人間しかこの数千年見て来なかった。

「……何を言ってるんだ……」

 カデルの漏らした言葉に少年は答えなかった。

 ただ何かがきっかけになったのか、また少年の焦点がふらふらと虚空を舞う。

「おい、どうした?」

 少年は無言だ。

 声が聞こえているのか聞こえていないのかもわからない。

 やがて少年は口を開く。

「これ以上は何もしない方がいい。望みは何も叶わない。何もかも光に塗りつぶされるよ」

 唐突に抑揚のない声が流れる。

 目の前の少年が発したとは思えない声だった。

「貴方は光に貫かれる。何もかもを失って――」

 それ以上聞いてはいけない。

 カデルは少年を制御するために取り出したナイフで、指先を切り口に手を突っ込む形で血を無理矢理飲ませた。

 これはまさに今の契約者、ローレンスを操った方法と同じだった。

 自らの血を飲ませ、魔力で支配する。

 うるさいその口を黙らせるはずだったその方法は、意外な方向に力を発揮した。

 少年の赤い目が唐突に元に戻ったのだ。

 もがもがともがく少年から慎重に手を離す。

「あー……びっくりした。今の、何だ?」

 血の味が嫌だったのか顔をしかめて少年は言う。

「……もう少し違うリアクションがあるだろう」

「いや、何か頭痛も消えたし何もかもにびっくりして」

 少しすると、少年の目にまた薄ぼんやりと赤い光が宿る。

 警戒したカデルだったが、少年の方は目を丸くして首を傾げた。

「あれ? 闇の中が見えるのに頭が痛くない。何だこれ」

 首を傾げる少年に対して魔力を送り、操って黙らせようとしたのだが、何故か上手く力が通じない。

「何だこれ、は俺のセリフだ。何がどうなってるんだ。お前はいったい何者なんだ」

 イライラとして、カデルが少年に問い詰めると少年はきょとんとする。

「え? 俺の事をアゾードの王子だと知って攫ったんじゃないの?」

「お前の素性など知らん!」

 この少年を攫うように言ったのは、この計画を示唆した少年天使だった。

 光竜王エアスト・グランツの力を受け継いだ賢者が連れている人間だから、と。

 だから外界に疎いカデルは少年の正体を知らなかった。

「だいたい、アゾードってのも何だ。俺は初耳だぞ」

 すると少年は語った。

 闇竜以外がリトカに譲った土地を領土として、数百年前に国を建てたのだと。

「外からの情報は入って来ないからな。全く知らなかった。で、お前がその王子だと?」

「うん、そう。やっぱり外からの情報って入って来ないんだ……」

 少年が悲しそうに目を伏せる。

 いきなりどうしたと思っていると、カデルの手を少年が取った。

「ごめん。俺はずっとこんな場所があるなんて知らなかった。いつか、いつか貴方たちも、先生も、俺たちと交えて笑って暮らせるようにするから……!」

「……っ!」

 カデルは何も言えなかった。

 何の為にこの少年を攫ってきたのかという目的も忘れそうになった。

 全てはライリアルをここにおびき寄せる為だ。

 しかし、もしもっと早く彼に出会って、彼と契約を交わしていればこんな馬鹿なことはしなかったかもしれない。

 だけど、それはもう取り返せない過去。

「そんなことより、自分の身の心配をしたらどうだ?」

 できるだけ、動揺を悟られないように笑ってカデルは少年に手を伸ばす。

 これ以上話を聞いていたら、自分の決意が鈍ってしまう。

 遠く離れた北大陸に去った闇竜王あにを呼び戻すという、計画。

 その為にここで、光竜王エアスト・グランツの力を無理にでも使わせる。

 それを邪魔する者は、もう今のカデルには必要なかった。




 自らの影の中にクロムを匿い、ライリアルとリカルは南に向けて飛んでいく。

 目指すのはアゾードの最南端よりも南。

 何日かかるかはわからないが、急ぐ必要があった。

 トーマスに傷をつけられるなんてことが起きたとしたら、ライリアルはきっと冷静ではいられない。

 ライリアルが焦りを見せ始めた時だった。

「よっ!」

 別行動を取っていたアーノルドが突然合流する。

 二人とも、人間が走るより速いスピードで飛んでるにも関わらず。

「……突然現れるな。キャロルはどうした?」

「解決した。魔力カラになったレイムやティアレスちゃんと一緒にマイズ村に置いて来たぜ」

「それは、よかった」

 気がかりだったキャロルの事は解決した。

 それを聞いてライリアルは心の底から安心した。

「もう、後はトーマスだけだな。問題は何日かかるか、だが――」

「何だ、距離の心配かよ。俺の特技忘れたのか? どうやってマイズ村と行き来したと思ってんだ。一旦降りようぜ」

 リカルとライリアルは顔を見合わせ、アーノルドの提案に従って一度地面に足をつける。

「本当に、今日は俺も力の大盤振る舞いだな」

 アーノルドが言ったか言わないかのうちに、一瞬の浮遊感と景色の歪み。

 気がついた時にはライリアルたちは全く別の場所にいた。

 目の前には大きな黒い塊としか言いようのない物がそびえたっていた。

「これが、闇の竜の結界だな?」

「俺も初めて見たな」

「結界って入れるのか?」

 それぞれに結界を目の当たりにした感想を述べる。

 知識として知っていたが、実際に見るのとでは迫力が違いすぎる。

「入るだけなら何とかなるだろ」

 アーノルドは能力から来る自信があるのか、先に一歩足を踏み入れる。

 ライリアルも少し迷ったがそれに続いた。

 一歩踏み入ると、そこは目と鼻の先すら見えない完全な闇の中だった。

「この中でしか、生きられないってことか。クロム、もう出てきていいと思うが」

 ライリアルは明かりを一つ宙に浮かべて、足元に向けて言う。

「ん?」

 アーノルドが疑問の声を上げた次の瞬間に、ライリアルの隣にクロムが現れた。

 日光で受けたダメージも痛々しいが、足元はしっかりと大地を踏む。

「ここが闇の竜とやらの住処か」

 不機嫌そうに鼻を鳴らしてクロムは言った。

「何、お前そいつ連れてたわけ?」

「悪いか? 彼は何よりローレンスを優先させる男だ。ローレンスが危機に陥っていたらなおさらだ。私には助けられないかもしれない。だから、見つけた時に連れてきた」

「まあ、いいけど。お前、一応闇の竜なんだろ? 見覚えとかないのかよ」

 軽く流して、アーノルドが訊くとクロムは首を振った。

「俺にこんな場所の記憶などない。……ところで誰か来たようだぞ」

 クロムがすぅっと目を細めると、闇の向こうから女性の声がした。

「わかったのか。流石だな、名も無き闇竜よ」

 明かりの及ぶ範囲に入って来た女性の姿がぼんやりと浮かぶ。

 黒髪が白い顔を縁どる。

 その目は血のように赤かった。

「そして、ようこそ。外部からの客人は珍しい。何の用か、聞くまでもないが聞いておこう」

 黒い爪の伸びた手で威嚇して、その女性は質問する。

「決まっている。ここに人間が二人いるはずだ。私はその二人を迎えに来た!」

 敵対すると容赦しない。

 そう暗に仄めかすライリアルにも彼女は動じない。

「ならば、ここを通すわけにはいかない」

 ライリアルの身体から、魔力が噴き出す。

 その瞬間にライリアルを抑えて、リカルが一歩前に踏み出した。

「ようは、お前が邪魔をしないように誰かが相手をしてればいいんだろ? ここは俺が相手をする。ライルは先に行け」

「リカル、いいのか?」

「一緒に行くと、私情でローレンスを殺しそうだしな」

 リカルは自嘲気味に笑ってライリアルを振り返る。

「……わかった。先に行く」

 ライリアルは頷いて、アーノルドとクロムを連れて先に進む。

 それを邪魔しようと進み出た女性をリカルがけん制した。

「一人で私を止めようとは、いい度胸だ。セレナ・ドリット・ドゥンケルだ。命知らずのリトカよ、名を聞こう」

「リトカじゃねぇよ。カルア・ツヴァイト・ヴィントの子、リカル。正式な名乗りはこうするんだろう?」

 にやっと笑ったリカルが風を纏い突進する。

 つむじ風がいくつも起こり、砂を巻き上げながら突き進むのをセレナは闇を纏わせた爪で迎え撃った。

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