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マイズ山のものぐさ賢者  作者: 流堂志良
第七章 帝国ガンスの天使
35/43

作戦会議

 キャロルは自分の身に何が起きたのか理解が追いつかない。

 赤い天使に運ばれているのだけはかろうじてわかったが、どうしてそうなったのかわからない。

「ちょっ……ちょっと……話を……!」

 彼は確かにキャロルの名前を呼んだ。

 それは間違いない。

 だからキャロルは彼が自分の昔の知り合いだろうということは想像できる。

 ただ彼女が魔法使いで、彼が魔法使いの天敵である天使である。

 どこをどうやったら敵がこんなにもキャロルを案じているのか、わけがわからなくなる。

「いいから、じっとしてろキャロル」

 そうは言ってもキャロルにとっては知らない人だ。

 手足を振り回して抵抗すると、キャロルを抱えた天使の腕から抜ける。

 しかしここはまだ飛行する空の上で。

「あ……」

 当然、キャロルの身体は重力に従って落ちる。

 まだ彼女は魔法使いとして、並み以上の力はあるが師には遠く及ばない。

 この距離を落ちれば死ぬ。

 そうはならなかったのは落ちる前に、腕を赤い天使に掴まれたからだった。

「どうしたんだ、キャロル。暴れることないだろ?」

 天使は心配そうに言う。

 頬の印は気味が悪くて気になるが、悪い人ではないだろうというのは感じられた。

 近くで見た緑の瞳は確かにキャロルを気遣っていた。

 だからこそ、キャロルは天使に対して口を開く」

「あの……私、貴方の事、何も知りませんの」

 その言葉を聞いた天使の表情にはキャロルも唖然とした。

 信じがたい事を聞いたように表情を強張らせて、次に浮かべたのは怒りの表情。

 それはキャロルに対してではなく、そこにはいない誰かに対してのものだ。

 天使は彼女を大地に降ろすと、子どもにするように肩に手を置いて顔を覗き込む。

「本当に覚えていないのか? この俺、炎のミケーレを」

 名乗られても、キャロルには記憶がない。

 ないものは、思い出せるわけがない。

「私には記憶がありません。以前、どこかでお会いしましたんでしょうか?」

「……おのれ、リトカめ……! 今になってもそんな非道な能力を使うか……!」

 怨嗟の唸り声を上げ、ミケーレは激しい憎悪に顔を歪ませた。

 キャロルは彼から放たれる熱気にキャロルは身をすくめる。

 感情に同調して、天使の力が高まっていた。

 キャロルは目の前の天使の怒りを鎮めないと、と反射的にしまっていたリトミアの枝を彼の身体に押し付けていた。

優しき森(リトミア)よ!」

 その一言と、流したキャロルの魔力で魔法が発動する。

 枝から魔力が溢れた。

 光が枝から零れ、二人の視界を覆い尽くす。

 リトミアの枝はその異名通り、能力を発揮し己を中心に優しき思い出を、心の底から引き出した。

 昔の記憶がないはずのキャロルにある一場面を、見せる程強い力であった。


『本当に大丈夫なのか?』

 ミケーレが心配そうにキャロルを見下ろしていた。

 キャロルはにっこりと笑って応える。

『はい。ミケーレ様、色々親切にしていただいてありがとうございました。ラファエロ様は私にしかできない仕事だと言っておりました。きっとお役に立てますわ』

『……何かあればすぐに俺を呼べ。一度助けた命だ。絶対に見捨てん』


 見覚えのないはずなのに、キャロルは再現された場面を見てめまいを感じた。

 再生されたのは短い会話だったけれど、自分は確かにこの天使と面識がある。

 光が消えるまでの短い時間で確信したキャロルは、魔力を使い果たしへたり込んだ。

 ミケーレは愕然とした表情で、大地に落ちた枝を凝視している。

 リトミアの枝は、ミケーレの熱が原因か焦げて、もう二度と使えないように見えた。

「……今の魔法は何だ、キャロル。誰がお前にリトカの魔法を教えたのだ!」

 さっきまでの熱気は感じられなかったが、ミケーレは厳しい表情でキャロルに問い詰める。

 トーマスの名を出せば彼が危険に陥る、とキャロルは詰問に応えずに沈黙した。

「やはり賢者か……! 焼き殺してやる!」

「ライリアル様は私を拾ってくださった方です。何を怒ってらっしゃるかわかりませんが、ライリアル様は関係ありません」

「お前は騙されてるんだ。きっと奴らに記憶を奪われて、いいように吹き込まれてるんだ」

 何があっても主張を変えないミケーレを説得しようにも、キャロルにはどうして記憶がないのか、ライリアルに保護されるまでの経緯も知らない。

 だから言葉を探して沈黙するしかなかった。




「さて、堅実的な話をすると、どっちも救おうとするには手が足りないな」

 アーノルドが真面目な表情で言う。

 姿はすでに完全に人間に戻っている。

 ライリアルは苦い表情でそれを聞いていた。

 発言すると、感情が高ぶってしまいそうだったのだ。

「何が足りないんだ?」

「天使の方を追うのに、魔力感知が」

 元々莫大な魔力を持っている竜は、微弱な魔力を感知する習慣がない。

 長く山に引きこもっていたライリアルも、そのような魔法を使ったことはなかった。

 建国の折の戦いでは、その点を部下たちが補った。

「……巻き込むつもりか? ただの村娘を……」

 押し殺したように声でライリアルが呟くと、アーノルドは笑って返す。

「ただの子じゃないだろ。キャロルちゃんの友達で、有事の時はお前の部下になる子だ」

 ライリアルの口から舌打ちが漏れる。

 いつのまにか、マイズ村の実情を知られてしまっていた。

「お前が懸念してるのはあの子の身の安全だろ? 守ることに関してはレイムがいるだろ」

 確かに竜は攻撃には力を使えないが、守りには使える。

 だからと言ってまだ魔法使いとして見習いもいいところの少女を戦場に連れ出すことへのためらいがライリアルにはあった。

「まあ、お前の承諾を得るつもりもないぜ。多分、ティアレスちゃんはやるって言うだろうな。キャロルちゃんがさらわれてるんだし。連れてくるわ」

 言うだけ言って、アーノルドの姿が消える。

 時間と空間を操る竜の力を応用した空間転移だ。

 恐らくすぐに彼はティアレスとレイムを連れて戻ってくる。

 その先のことを考えてライリアルは頭を抱えた。

「ライル、お前さぁ。また自分一人で全部抱え込もうとしてるだろ。俺みたいな規格外じゃないとお前は頼ろうとしない。それが悪い癖だ」

 今まで黙って成り行きを見守っていたリカルが口を開く。

「こんな緊急事態なら頼ってもいいんじゃないか? お前が誰も傷つけたくないって思うならなおさらだ」

 かつての相棒の発言にライリアルは答えない。

 だが、図星だった。自分一人でなんとかできるうちはそうしていたかった。

 自分の周りを気遣うことなく魔法を使えるのは自分一人の時か、リカルのように人間離れした魔力を持っている者と一緒でなければならなかった。

 でなければ、巻き込んでしまう。

「頼る……?」

 誰かに頼らなければできないことなんて、気がついたときには存在していなかった。

 魔法が扱えれば幼子でも戦力として数えられる、あの村の中で父が去った時からライリアルは村筆頭の戦力だったのだ。

 頼るという概念がそもそも彼の中には存在していない。

 ライリアルがもう一度口を開こうとしたとき、アーノルドが二人を連れて戻ってきた。

「ライリアルさん、私も手伝います。キャロルちゃんを助けます」

「よぉ。闇の竜が動き出したんだって? しかも王子様がさらわれたとあっちゃ、俺も真意を知りたいな」

 ティアレスもレイムもやる気に満ちて、ライリアルを見ている。

「……はぁ……。こういうのは本当に慣れないんだが……な」

 とうとう諦めたようにライリアルは言う。

「アーノルド、キャロルの方は任せた。ティアレスさんは必ずレイムと一緒にいること。キャロルは炎を使う天使と一緒だ」

 ライリアルの指示にレイムの目が細められた。

「炎の天使か。闇の天使が相手となれば、確かに俺の出番だ」

「それで私は何をしたらいいんですか?」

「マイズ村からここまでアーノルドと転移したように、炎の天使が潜むだいたいのところまでアーノルドが連れて行くから、そこでキャロルの魔力を探してくれ。キャロルの魔力は覚えているだろう?」

 ライリアルは説明しながら顔をしかめる。

 自分の能力が追いつかないから、誰かに頼る。そうした意識が心の奥に染みついているのだ。

「私は闇の竜を追う。トーマスの件は私が責任を負うものだ」

「気負い過ぎんなって。俺もいるだろ」

 リカルが発言して初めて、新たに来た二人は彼の存在に気づいた。

 彼の金色の目を見てレイムが口を開く。

「……失礼だが両親のうちのどちらかが竜ではないのか?」

「ああ、『普通の』竜の人は母さん以外初めてだ。風の竜の子リカルだ」

 やたら一部を強調してリカルは名乗った。

 含むところのあるその発言を聞いて、レイムは視線を金髪の魔法使いに滑らせた。

「――炎の竜レイムだ。ライリアルとは親しいんだな、意外だ」

「昔の相棒って奴。ライルのことはよく知ってるからライルと一緒に行くよ。ところでそっちの子は君の契約者?」

「いや、俺には契約者はいない。あの子はティアレス。さらわれたキャロルの友達さ」

 レイムがティアレスを紹介する。

 ティアレスは無言でぺこりと頭を下げた。

「おしゃべりはこの辺にしよう。ティアレスちゃん、レイムも。ガンスとの国境は越えるから覚悟していてくれよ」

 天使の方を担当するアーノルドが早々に話を切り上げる。

 確かに長々とおしゃべりしている時間はない。

「じゃあな、ライル。キャロルちゃん見つけたら早々に引き上げるからそっちはそっちで頑張れよ」

 アーノルドは勝ち目があるのかないのかわからないのに、笑って手を振って転移する。

 同時にティアレスとレイムの姿も消えた。

「まったく、勝手なことばかり言う……」

 大きなため息をついてライリアルは動き出す。

 意図の読めぬ、闇の竜を追うために。




「――ルーチェ様。ミケーレがキャロルというリトカと接触したみたいですが、いいのですか?」

 二人の天使が荒野で話す。

 一人は黒髪の幼いが、冷たい目をした少年。もう一人は金髪の髪を肩まで伸ばした少女だった。

 少女の質問に少年は笑う。楽しそうな笑みなのに、目だけは笑っていない。

「構わないよ。キャロルってラファエロが『おもちゃ』にした子だよね。ミケーレがラファエロが何をしたか知っても構わない」

「どうして、でしょうか?」

 少女が問うがその声の様子は不思議に思っているから聞いている、といった様子はない。

 どこまでも淡々とした調子だ。

「だって。今更だよ。ラファエロは今までずっとそうだったじゃない? ミケーレの目の前でミケーレの愛した人を殺した。あの時は殺したあの子に邪魔されたけど次こそミケーレは憎悪で世界の全てを焼き払ってくれるかもしれない。どっちに転んでも僕は損をしないってね」

 笑いながら少年はその場でくるくると回って見せる。

 そして足を止めて、おどけたように少女の顔を覗き込む。

「そういえばあの時死んだ子、君の妹だったと思うよ」

 残酷な事を笑って言う少年に対して、少女は今までと変わりなく淡々と答えて虚ろに微笑んだ。

「私には家族も過去も名前もありません。そのような生き物だという事はルーチェ様もご存じでしょうに」

 どちらからともなく笑いだし、少年と少女は二手に分かれた。

 少年は北へ。少女は南に。

 壊れた心の天使が舞台に上がろうとしていた。

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