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マイズ山のものぐさ賢者  作者: 流堂志良
第四章 魔法王国アゾード
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王の頼み

 ――ガンス帝国。

 ほんのりと紫に光る銀髪の天使が玉座の前に跪く。

 玉座の隣には黒い翼の女性が控えていた。

 彼女は何も言わずにただ立っているだけだ。

「陛下。目標のアンジェブランシェを確認しました。ミケーレを確保に向かわせます」

 高く据えられた玉座に座るのは、立派な座に対して座るのはまだ幼い顔だちの少年だ。

 あどけない顔の中で、目だけが不釣り合いなほどに澱んでいる。

「計画通りに進めろ」

 玉座の少年が冷たい声で命を下す。

「かしこまりました。直ちに」

 天使の男が下がると、少年は傍らの女性を振り返った。

「ねえ、うまくいくと思う?」

「さあ、私にはわからないです。ただ、目標のアンジェブランシェには闇の竜がついていると聞いてますが」

「大丈夫。真名を交わしていない仮初の契約が何の役に立つ? あの名も無き竜は、あっちの長老の計画に使う予定だし、引き離すのは簡単さ。あの子の精神に介入すればいい」

 少年は笑う。澱んだ光を黒い目に湛えて。

 傍らの少女は少年に近寄り抱きしめて虚ろに微笑んだ。

「私はどこまでもお供します」




 ――アゾード王国。

 ライリアルは娘と二人、中庭を歩いていた。

 記憶にない妻の墓を参っても全く感傷にも浸らなかった。

 さぞかし薄情な男に見えるだろうと、ライリアルは思う。

 何となく記憶の封印については誰が行ったのか心当たりがあった。

 建国王トーマスはライリアルと出会った時、父親を探していると言った。

 この辺りに住んでいたはずだと、マイズ山を訪ねて。

 彼は恐らく父親と再会したのだろう。ライリアルの師である、ジョシュアと。

 恐らく自分の身体にジョシュアが人と必要以上に親しくならないようにと魔法を掛けたのもその時なのだろう。

 ジョシュアが何を考えてこんなことを仕組んだのか、ライリアルにはわからない。

 それ以上にわからないのはレイリィにどう接したらいいのか、という事だった。

 ここまでに交わした言葉はほんの少しだけ。

「……」

 こうして、墓の前に立ってもお互いに一言も喋らない。

 何をどう話していいのか、お互いに分からなかったのだ。

「トーマスに聞いたんだけど……この間までずっと一人で暮らしていたの……?」

 迷いながら、レイリィがそんな事を話しかけてくる。

「ああ……。時折城に召喚される以外は、な」

 それ以外は本当に静かな生活だった。

 買い物の為に村へ降りる以外は、誰とも触れ合わない生活を何百年も続けていた。

 不思議なのは、その間に記憶の抜けらしきものがないことだ。

 いつの時点で自分が一度伴侶を得て、失ったのか全く分からない。

「そう……」

「君は、いつの生まれだ?」

「建国して100年も経ってない時よ。今年で何歳か、なんて数えていられないわ」

「それもそうだ」

 ライリアルも師に拾われた時は、自分が何歳か容易に数えられたが、自分ではもう忘れてしまった。

「建国から100年以内か……」

 記憶を探っても心当たりは全くない。

 徹底した封印である。

「私が生まれてすぐ母さんは亡くなったから、母さんの事もよく知らないの」

「……そうか」

「その辺りの事ならリーフの方が詳しいわ。直接口伝で伝えられてるトーマスもね。私は何も知らない。知らされてないの。万が一のために」

 レイリィはしょんぼりとうつむいた。

「万が一のため?」

「天使が私の存在を知ったら執拗に狙うだろうからって」

「……私に対する人質としてか?」

 天使に狙われるとしたら、それしか心当たりがない。

 いや、本当はもう一つあったのだがライリアルはこの時点でそれはないだろうと思っていた。

「違うの。私がアンジェブランシェだからなの……」

「……」

 フォーレシアは以前言った。

 アンジェブランシェは神殺しの天使の家系だと。

 トーマスたちアゾード王家は関係なく、レイリィがアンジェブランシェだというならば、逆に辿るとライリアルもそうだという事になる。

 彼は普段竜の力を行使するために、そのことに気付く機会はなかったのだ。

「なら、外では力を使うわけにいかないな……」

 天使は敵であったと、歴史で伝わっている。

 実際に戦争になった時に戦う相手も天使だ。

 敵に奪われたら、徹底的に利用しかねない。

「そうなの」

 もし、彼女の存在が公になる時が来れば、彼女はそれこそ全てを教えられるのだろう。

 それから二人はお互いに言葉を交わすこともなく、塔へと戻った。




 その日の夜の事だ。

 ライリアルはリーフと共に王の私室へと足を運んだ。

 夜ともなれば、城の中を行き来する人影は侍女や侍従に限られてくるので、ライリアルにとっては非常に気が楽である。

 とはいえ、すれ違う者達が露骨に警戒するのに何も感じないというわけではない。

 王の私室に入るのに、控えの者に取り次いで貰う。

 そして王は人払いをして、この部屋にはリーフとライリアルと王との三人となった。

 王もまたライリアルに対して異質な者への恐怖を隠しきれていない。

 息子であるトーマスがライリアルに懐いて慕っているのとは逆だ。

 恐怖の対象だが、ライリアルはこの国にとっての切り札とも言える戦力だ。

 取り繕って話をするしかないのだ。

「……わざわざ来てもらったのは他でもない……」

「天使の事、ですね」

 ライリアルが先にあっさり口に出すと、王は一瞬硬直する。

 大きく一呼吸ついた後に王は頷いた。

「知っていたのか」

「少し前、マイズ山にも来ました。無力化した後、侵入した天使の上官に連れて帰られたようですが」

 もっとも、戦闘し無力化したのはジョシュアであるが、それをわざわざ王に説明する気はなかった。

「何故、捕えなかった?」

 ライリアルならばそれが可能だっただろうという言外の非難を、ライリアルは受け流すように目を閉じた。

「その天使の上官は会話の内容からして、ガンスの幹部級の天使でした。戦闘に入れば恐らくマイズ山はおろか、村まで消し飛ぶと予想したためです」

「そんな強大な天使が国内に侵入していたなんて……」

 ため息のようにリーフは溢す。

「……話はその天使の侵入の事だ。三方の国境のうち、北と西からの報告書にも頻繁に天使の目撃情報が上がっている。空を飛べる者は限られているので、完全な対策ができないでいるのだ」

 国内の魔法使いの中で、空を飛べるのはほんの一握りだ。

 常人の魔力では数センチ、空を浮くのが精いっぱいである。

「そこで、だ。実際に国境を見て、現地の者と協議して対策を練ってほしいのだ」

 本来は王が責任者を王都に召喚して協議するべきところだろうが、天使が国境を越えることが多い以上離れるわけにはいかず、またそんな危険な場所に王が行けるはずもない。

「……わかりました。北と西の国境を見に行けばいいんですね」

「ああ。そして、もう一つだが……息子を同行させてほしい」

 王の頼みを了承したライリアルに対して、王は意外な事を言い添えた。

「これは、息子からの申し出なのだ。国境を見るのも勉強だからと言うのでな。こちらから護衛は出せないが……」

 ここで王の頼みを断るという選択肢はなかった。

 もし異議があるとすれば、トーマス自身を説得すればいい話だ。

「わかりました。その件も承ります」

 ライリアルは全て承知して、王の前から下がった。

「王の言ったことは本当なのか?」

 与えられた客室に戻る途中に、ライリアルはリーフに聞く。

「トーマス様の事でしたら、間違いないです。私もこの地を離れるわけにはいきませんので、トーマス様をお願いします」

「最低限、二世は自分の身を守る魔法ぐらいは使えるようになったのか?」

 ライリアルは万が一、戦闘になった時の事を考えて言う。

「足手まといにはならない程度に修練は積んでいます。いつか、国内を見て回りたいと言っていましたから」

 リーフは微笑んだ後、続けて口を開いた。

「トーマス様を預けるにあたって、一番歳の近い貴方の弟子を少しお借りできませんか?」

「歳が近いって……多分あの中では一番歳が近いとは思うけど、何の用だ?」

 歳が近く見えても、キャロルは何歳かわからないのだ。

 異性という事もあって、まさかキャロルを次期王妃にする、という話でもあるまい。

 リーフがキャロルに何の用があるのかわからなかった。

「ちょっとした魔法をね。弟子の身を守るのにも役立つでしょう」

 このまま翌日には一旦ライリアルたちはマイズ山に戻り、家を長期間空ける準備をしてから王都に戻る事になっている。

 その一旦家に戻る期間、キャロルを留め置きたいとリーフは言った。

「わかった。一旦家に戻るまでの間、預ける。リーフはとんぼ返りして、あの子に魔法を教えるという事でいいのか?」

「魔法を教えるのはレイリィ様とトーマス様ですので、私は準備を終えるまで待ちますよ」

 ライリアルは話を聞いて頷く。

 翌日顔を合わせた時にどのように皆に説明するのかを考えながら。

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