王城へ
「ふむ、ここが王都か」
リトミアの下で大きく空気を吸ってレイムが呟く。
「正確には、王城だよ。城の庭に植えたんだから」
レイムの呟きを聞いて、ライリアルが訂正した。
結局あの後、レイムはライリアルが村の外、しかも王都に行くと聞いて同行を申し出たのだ。
「この国の王がどんな奴か見たい」
と、いうのがレイムの主張だった。
「いや、でも見て楽しい物ではないと思う」
ライリアルはそう言ってレイムの同行を渋ったのだが、リーフが逆にレイムを歓迎したのだ。
「協力者は多いに越したことはありませんし、どうぞ」
村から王都への移動はリトミアの力を使うので、彼が決めたのならライリアルが反論できるはずがなかった。
「お前、楽しくないって言いきれる所に弟子連れて行くつもりだったのか?」
村長への挨拶を終えて、リトミアへ向かう間レイムがそんな疑問を賢者にぶつける。
「ああ、キャロルは謁見の方には連れて行かないよ。あっちには見た目の歳が近い子がいるから……」
「ふぅん」
そんなやり取りを経て、彼らは王城に到着した。
「城の庭に何でわざわざ?」
「初代国王の意向で」
大地にしっかり根を張り、そびえたつリトミアを見上げてレイムとライリアルが会話をする。
木々を剪定して作った『生きた壁』に囲まれた迷路のような中心地、そこに彼らはリトミアを通じて到着した。当然、周りには誰もいない。
「いきなり街中じゃなくてよかったなぁ。レイムの姿見られたら皆びっくりするんじゃないか?」
「レイム様だけではなく、リーフ様の姿も珍しいのではないのでしょうか?」
アーノルドとキャロルもそれぞれにちょっとした疑問を呟いた。
「さて、これからですが王への謁見です……が、竜の方はどうしましょう。さすがに竜をお招きするのは初めてなので、特異な姿を見ると不愉快なことになってしまうのでは」
リーフの気遣いにレイムは首を振る。
「俺はそういうの、慣れてるからいい」
「そうですか。それでは後、キャロルさんの事ですが……」
リーフが謁見の間にキャロルをどうするのかと説明しかけた時、木でできた壁の角を走って、一人の少年が姿を現した。
「先生! お久しぶりです!」
くすんだ金髪を短く整え、濃い藍の瞳をクリクリと輝かせた少年が『お久しぶり』と言えるような存在はこの中で一人しかいない。
「先生? お前が?」
こみあげるような笑いをこらえるように口元を抑えて、アーノルドが身体をくの字に折った。
「アーノルド様、ライリアル様が私のお師匠様なのを忘れてらっしゃるのでしょうか?」
笑いそうになっている傍らの魔法使いを見て、キャロルは首を傾げた。
「それは、私も言いたいな……。二世殿下、元気そうで何よりです」
ライリアルは小さくぼやいてから少年の前へと進み、膝をつく。
「先生、二世なんてやめてくださいよ。俺はまだ王位継承権を持ってるだけの子どもなんですから」
自分の事を『子ども』と言うが、その少年ははきはきと喋り、もう大人の階段を上がる途中の段階に見える。
「いや、私は十分そう呼ぶに相応しいと思ってるよ」
ライリアルは立ち上がり、膝を軽く払うと少年をアーノルドたちに紹介した。
「この子はトーマス・リトカ・アゾード。建国王トーマスと同じ名を授けられたので戴冠すればトーマス二世となる」
「はじめまして。トーマスと言います」
礼儀正しく名を名乗った少年に対して、アーノルドたちも自己紹介する。
トーマスはレイムが名乗ると目を丸くして尖った耳と金色の瞳を見比べた後、笑顔になった。
「竜の人は初めて見ました。お会いできて嬉しいです」
人を惹きつけるような笑顔だ。この若さで華がある少年は国王に即位すればいい王になるだろうとレイムは思った。
「悪いけど、私たちが謁見している間、キャロルを頼む」
ライリアルがトーマスに頼むと、快く引き受けてくれた。
「では、俺が城の中をあちこち案内してますね」
キャロルを連れてトーマスが去った後、ライリアルたちはリーフを先頭にして、城へと向かった。
城の内部へと入ると空気が変わる。
城の外で鳴っていた風が木々を揺らす音も、一歩城に入るだけでどこか遠い。
ライリアルの表情も、少しかたく変わるのがわかった。
普段は黙っていても女性的な顔つきだが、今日は心なしか目も鋭い。
アーノルドもレイムもその点が疑問だったのだが、それはすぐに理由がわかった。
自分たちを見送る、城の使用人たちの視線が重々しい。
あまり歓迎されていないという事がひしひしと伝わってきた。
キャロルを連れて来なかったのは、この空気のせいかとレイムは納得する。
謁見の間の前まで来た時には、不快感の方が勝っていた。
この賢者が形式上仕える国王への興味はあったが、城の主もこの雰囲気と同じだと思うとレイムはキャロルと一緒に待っていればよかったと思う。
謁見の間には真っ直ぐ赤い絨毯が敷かれて、一段と高い所に据えられた玉座には一番立派な服をまとった男が座っていた。
ライリアルが前へと進み、跪く。アーノルドも形式だけはそれに倣ったが、レイムは膝をつかなかった。
「無礼であるぞ」
控えていた兵がレイムに近づくが、レイムが振り返り睨みつけると硬直する。
王もレイムの姿に動揺を隠せない。かろうじて身振りだけで兵を制した。
「竜の客人……ようこそ、我が城へ」
取り繕ってはいるが、王が恐怖を感じていることがわかる。
「国王陛下におかれてはご機嫌麗しゅう……」
王の声にもレイムが無言で立っていると、ライリアルが先に挨拶を始めた。
「おお、賢者殿。待ちかねたぞ」
「私をお召しと伺いましたが」
ライリアルの声は表情と同じで驚くほど硬い。
「仕事の話は込み入っておるから、後でな。ところで、同行者がおるとは珍しいな」
王にそう言われると、ライリアルは淡々とアーノルドとレイムの紹介を始めた。
一方、その頃キャロルはトーマスと共に城の庭を歩いていた。
「へぇ、先生の弟子なんだ」
「はい。ライリアル様に生徒がいらっしゃるなんて初めて聞きました」
見た目の歳が近いせいか、トーマスはキャロルには砕けた口調で話し、打ち解けた感じであった。
「先生のところに定期的に通ってたのは何年か前なんだ。俺からしたら、王家の人間以外の世話を先生がやるなんて意外だなぁ。同居人も、だけど」
トーマスはキャロルの知らないライリアルの話を楽しそうに語った。
「私は多分事故か何かで記憶喪失だから世話をしてくれたんです」
「記憶喪失?」
「はい。ライリアル様に拾われる前の記憶が全くないんです」
キャロルは全然困った風でもなく、明るくそう言った。
「ライリアル様は私を一人でも大丈夫なようにして、旅に出すつもりだと言ってましたわ。ただ、ライリアル様のお師匠様がアーノルド様の同居を許したので、これから先どうするのかはわかりません」
「先生のお師匠様か。どんな人だった?」
トーマスはライリアルの師匠について興味を示した。
恐らく好奇心が旺盛なのだろう。
「とても強そうな方でした」
キャロルはジョシュアの事をよくは知らないので、見た目の印象だけを語った。
「へぇ、そうなのか。ちょっと会ってみたいな」
「あっという間にまた旅に出てしまいましたので、会うのは難しいと思います」
話し込むうちに気がつけば二人は、庭を横断して塔の前に来ていた。
城の建物からもずいぶんと離れたところにある、奇妙な位置だ。
「ここは?」
「この塔には俺の次に王位継承権を持ってる人が住んでるんだ」
「こんな寂しい所にですか?」
庭を横断しなければ、おそらくこの塔に来る人はいない。
王位継承者にしてはまるで幽閉されているような感じにキャロルは思った。
「色々事情があるんだ。詳しいことは中で話すよ」
トーマスも困ったように笑ってキャロルを中へと誘う。
キャロルは不思議に思いながらも、トーマスに従って塔へと足を踏み入れた。




