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マイズ山のものぐさ賢者  作者: 流堂志良
第二章 悪魔の契約
14/43

闇の竜

「クロム」

 ローレンスは震える声でその名を呼んだ。

 レイムがスッと目を細める。

「契約者はお前か」

 片足を軽く引いたレイムは腰につけた剣の柄に手を伸ばした。

「出てきて、クロム」

 警戒するレイムには目もくれずに、ローレンスはもう一度呼びかける。

 ローレンスの呼びかけに応じるように彼の影から闇が吹き出す。

 闇と共に影から飛び出したクロムはストンとローレンスの側へと足を着けた。

 キャロルにはそれが作り物のように思えて、一歩二歩後ずさる。

 闇のように黒い髪と、血のような赤い瞳。最初に印象づけられたのはその二つだった。

 しかしその瞳は生きているようにはとても見えない。

 何故だろうかとキャロルは自分に問い、クロムの瞳には感情が何も浮かんでいないことに気づいた。

 肌も自分と同じ血が通っているとは思えないほどに白い。

「呼んだか。主よ」

 無機質な瞳と声を彼はローレンスに向けた。

 レイムがあからさまに顔をしかめて身を低くする。

 今にも剣を抜き払いそうな体勢だ。

「それが……それが数千年闇の中で暮らした結果か? 闇の竜よ」

 レイムの言葉が刃の代わりにクロムに向かう。

 悪魔はその言葉にレイムを振り返った。

「何の話だ? 俺は悪魔だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 レイムの言葉が理解できないように頭を振ってクロムは言い放つ。

 クロムの発言にレイムの表情に疑問の色が浮かんだ。

「お前は何を言っているんだ?」

 不可解そうにお互いを見つめたまま沈黙する二人の『竜』に一番最初に声をかけたのはローレンスだった。

「クロムには記憶がないんだ」

 レイムは不審そうに契約者の方へ視線を移す。

「どういう意味だ?」

「彼は僕と出会う前の記憶がないんだ」

 そしてローレンスは、クロムを父のメモ書きを頼りに召喚したこと、召喚したクロムは自分の名前すら覚えておらず、ローレンスがクロムという名をつけた事を話した。

「だからクロムの種族が何なのか、僕も今まで知らなかった。クロム自身も知らない」

「お前が名前をつけた……? それで契約が成り立つのか!」

 ローレンスの説明にレイムは信じられないといった風に髪をぐしゃりとかき乱す。

「レイム。それより説明してくれないか。私たちが悪魔と呼んでいる闇の竜とは何なのだ?」

 キャロルも話についていけなかったところだ。

 ライリアルの問いかけで、ようやく事情がわかると安堵した。

 この不気味な赤目の男が何なのか、何を危惧して彼を警戒しているのかもわかると思った。

「ライリアル。お前なら知っているだろう。この国の南に人が立ち入れない領域があることを」

 ライリアルは頷いた。キャロルはまだその部分はライリアルからは学んでいなかったので首を傾げた。

「ライリアル様……」

「キャロル、詳しい勉強はまた後で。今は彼の話を聞いていてくれ」

 無意識に説明を求めようとしたキャロルをライリアルが制し、レイムに先の説明を促す。

 この国、アゾードの南の国境は隣国とは接していない。

 隣国との間には闇に覆われた場所があり、人間は立ち入ることができなかった。

 そこが闇の竜の領域なのだとレイムは説明する。

「俺たち竜はリトカを自分たちの領域に住むことを了承して、北大陸へと旅立った。しかし自分たちの領域にリトカが住むことを拒み、この大陸に残ったのが闇の竜たちだ。彼らはリトカを忌み嫌っている」

 闇の竜たちの王は逆にリトカを受け入れようとしたが、一族の総意はリトカを拒むことだった。

 このため闇の竜王は領域から出れぬように術を施したのだという。

 その術とは彼らがリトカとの契約なしでは日の光に灼かれるといったものだ。

 だから、ローレンスと契約したクロムはこうして日の光に当たっても何も起きない。

「彼が本当に記憶がないのかは俺にはわからないが……」

 レイムは言葉を切って、再度クロムに視線を向けた。

 クロムはただレイムを見ている。

「ここにいる者に危害を加える気がないのならば、それでいい」

 大きく息を吐いて、レイムは言った。

「邪魔をして悪かったな」

「まあ待て。せっかく来たんだ。お茶ぐらい一緒にしないか?」

 背を向けて帰ろうとしたレイムにライリアルは声をかける。

「アーノルド。お前は帰っていいぞ」

「おい、何で俺は駄目なんだよ」

 ライリアルたちが家に入ろうと歩きだした中で、ローレンスはクロムを見上げたまま立ちすくんでいた。

「ローレンス?」

 ライリアルの問いかけにも彼は振り返らない。

 師と共に振り返ったキャロルにはローレンスが何かに怯えているように見えた。

「後で行くよ。クロムと少し話をしたら」

「……お茶が冷めるまでには来るんだぞ」

 ライリアルは弟にそう伝え、キャロルを促し家に入った。




 ローレンスは兄たちが家に入ったことを確認すると、無理に保っていた表情を崩した。

 今にも泣き出しそうで、それでも涙が出ない、そんな表情だった。

「クロム……本当に記憶がないの?」

「ああ。俺が本当に闇の竜なのか、俺にもわからない。俺が何なのかは主が決めればいい」

 クロムには記憶がない他にも様々な物が欠けている。

 例えば自分が何者なのか、クロムは自分で決めない。

 こうしてローレンスに委ねていた。

 感情も希薄で、彼には善悪の区別もない。

 人間に対する嫌悪も好意もないクロムは、ローレンスさえ命じれば何でもしてしまう危うさがあった。

 実際に一度ローレンスはそのせいで大きな過ちを犯してしまった。

「クロム……僕は今夜兄さんに全部話すよ。僕が何をしてしまったのか」

 ローレンスの唇が震える。

 顔はくしゃくしゃに歪んでしまっているのに涙は一滴も落ちなかった。

「だからクロム。今夜は何もしないでほしい。僕がどうなろうとも……」

 クロムはその時初めて表情を変えた。

 大きく目を見開いて、何かを言いかけて止める。

 表情の変化はほんのわずかの間だけだ。すぐにクロムはその変化を消した。

「……わかった」

「ごめんね……」

 悲しそうなローレンスに、クロムは首を振る。

「俺が今ここにいるのは主のおかげだ。それは何がどうあっても変わらない」

 淡々としたクロムの口調は感情が全くないように聞こえる。

 しかしローレンスはそれが感情がないのではなく、全く感情が育っていないからだと知っていた。

 自分ではクロムの感情を育てることはできなかった。

 それはローレンスが積極的にクロムに関わろうとしなかったからだ。ずっと何百年もただ一人そばにいたというのに。

「僕は兄さんのところへ戻る。クロムは?」

「いつもの通りに」

 ようやく足を家に向けたローレンスがクロムに問うと、クロムは闇の塊と変化してローレンスの影に融けるように消えた。




 ローレンスも合流して、お茶にしようとしたライリアルだが問題が一つあった。

 人数に対して椅子が足りないのだ。

 ライリアル、ローレンス、キャロル、アーノルド、レイムの五人に対して居間の椅子は四つしかない。

「ライリアル様が立ちっぱなしになるぐらいでしたら私が立ちます」

 キャロルはライリアルがお茶を淹れるので、自分は椅子がなくてもいいという発言に対して反論する。

「師を立たせておいて弟子が座りっぱなしというのもおかしいですもの!」

「それなら、呼んでないアーノルドには帰ってもらおうか」

「待て待て! それなら別の部屋から椅子持って来いよ!」

「嫌だ面倒くさい」

 アーノルドを指名したライリアルに、アーノルドが抗議する。

「やはり俺が混ざるのはよくなかったな」

 レイムが去ろうとするので、ライリアルは首を振って引き留めた。

「それなら別の部屋から椅子を持って来よう」

「おい待て」

 あっさり面倒だと断った前言を翻したライリアルに思わずアーノルドがツッコミを入れる。

 和やかな笑いが居間に響き、ライリアルは別の部屋から椅子を持ってくるように出ていく。

 そんな中ただ一人ローレンスだけは緊張したような固い表情を崩さなかった。

「ところで闇の竜の召喚方法なんて、俺は聞いたことないがそのメモ書きは残っているのか?」

 椅子がそろい、ライリアルがお茶を淹れに席を外す。

 彼が帰ってくるまでの間に、とレイムはローレンスに聞いた。

「残ってないよ。落としたかなんかして、気がついたらなかったんだ」

「そうか……。君の父親が書き残したと言っていたな。一体何者なんだ?」

 少し前にクロムの事で問いつめた時と違い、いくらか優しい語調でレイムは問う。

「僕も詳しくは知らない。ただ、村の中では一番古い魔法使いだったと思う」

「……闇の竜を召喚する方法か……。古い世代のリトカならば闇の竜の事を知っていてもおかしくはないが、何故そんなものを残したのか……気になるな」

 レイムは呟き、考え込む。考えがまとまるより前にライリアルが戻ってきてしまう。

「待たせたな」

 ライリアルはそれぞれのカップを魔法で浮かせて戻ってきていた。

 さすがにそれぞれの前に置くのには自分の手を使う。

 ライリアルは宙に浮いたカップの取っ手を取って、そっとテーブルに置いていく。

「……兄さん、器用に魔法使うね」

「さすがにトレーはなかったからな。何度も往復するのも面倒だし」

 最後に自分の席にカップを置いてライリアルは椅子に座った。

「兄さん、やっぱり変わったよね」

「そう思うか?」

「うん」

 レイムはおもむろに身を乗り出し、兄弟のやりとりに口を挟んだ。

「ところでライリアル。父親についてお前は何か覚えているか?」

「……父はもしかしたらレイムとも面識があるかもしれない。私に力をくれた竜とも知り合いだったようだし」

 レイムの問いにライリアルは顎に手を当て、遙か昔の記憶をたどる。

「名はファング・リトカ・フォルティトゥード。聞き覚えはあるだろうか?」

 レイムはライリアルが口にした名に驚き、目を見張る。

「お前らファングの子か! 全く似てない!」

「そんなに驚くことはないだろう。私たちは母親似なんだ」

 苦笑してライリアルは言葉を続ける。

「やはり父と面識はあったようだな」

「ああ、ファングは俺たち竜との交渉役を全てやってのけた男だ。彼なら闇の竜王とも交渉していたはずだから召喚方法をどうにかして編み出すこともできただろう……。ところでファングは今どこに?」

 レイムは懐かしむように笑っていた。

 ライリアルは父の所在については首を振り、自分も知らないということを述べる。

「父には所属する部族がある。多分だが北大陸に戻って部族に合流していると思うのだが……。父に何か聞きたいことでも?」

「ああ。闇の竜の召喚について、召喚したとたんに召喚者が殺される……なんてことはあるのかどうかを聞きたかったんだ。いずれ俺も北大陸には行かないいけないし……その時に探してみるか」

 クロムを召喚した魔法の出所がわかってすっきりしたのか、少し晴れ晴れした表情でレイムは椅子の背もたれ掛かった。

 ローレンスは逆にうつむき、ほんの少し表情を曇らせる。

 そのことに気づいた者はこの場にはいなかった。

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