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マイズ山のものぐさ賢者  作者: 流堂志良
第二章 悪魔の契約
13/43

招かれざる客アーノルド

 

 朝食に呼ばれたキャロルが初めて会った、師ライリアルの弟は暗い子だという印象だった。

 ライリアルが長く生きた魔法使いだと聞いていたが、弟はまだ成人には及ばない幼い姿だ。

 じっとキャロルを見つめる紫の瞳にキャロルは落ち着かなく感じて、とっさにライリアルへと視線を向ける。

「ローレンス。挨拶は?」

 居心地が悪そうなキャロルの様子に気づいたライリアルが弟に指摘する。

「ライリアル様、あの……先に挨拶をしなかった私が悪いんですのに」

「キャロルは悪くないよ。さあ、ローレンス。自己紹介は?」

 言葉は厳しくても、ライリアルの視線は優しくローレンスに向けられているのがわかった。

 ローレンスは兄の顔を窺い、ばつが悪そうにキャロルに向き直る。

「僕はローレンス。君の師匠の弟だ。よろしく」

「私はキャロルと申します。ローレンス様のお兄様、ライリアル様の弟子をしておりますわ」

 今度はローレンスが兄に助けを求める。

 キャロルは何が悪かったのかわからずに首を傾げたが、ライリアルにはローレンスの無言の訴えがわかったようだ。

 苦笑してキャロルにローレンスの訴えを説明した。

「ローレンスは君の丁寧な言葉に驚いたんだよ。私でも時々は驚く」

「そういうものですか?」

「今まで私の知り合いにも、そこまで丁寧な人はいなかったからな」

 ライリアルの言葉にキャロルは考え込んだ。

 明らかにローレンスは困っている。ライリアルへの言葉遣いをそのまま弟のローレンスへ使うのはいけない。

 以前の記憶は失っているものの、これが元々自分の言葉遣いだったのではないかとキャロルは思う。

 どうしたものかと迷っていると、見かねたライリアルが声をかける。

「せめて様づけだけはやめてみてはどうだろうか」

「うーん……でしたら『ローレンスさん』でしょうか……」

「そっちの方がいいと思う。ローレンスはどう思う?」

 兄に問われて、弟はほんの少し沈黙した後かすかに頷いた。

「そっちの方がいい」

 初対面の挨拶と朝食が済むと、ライリアルとの勉強のはずだったがその日は休みだとライリアルに言われてしまった。

 久々に兄弟に会ったというのだから仕方ないのだが、キャロルは一日暇ということになる。

 どうしようかと悩んだが、幸いにも家にはたくさんの本があった。

 適当に選んで読むだけでも勉強になるし、休日を無駄に過ごすことにもならないだろう。

 そう決めると、キャロルはとりあえず部屋に戻り、昨日までに習ったことを書き留めた冊子を一度見てから本を選ぼうと思った。

 兄弟の語らいの邪魔をしないように、足音を忍ばせてキャロルは部屋へ足を向けた。

 しかし今日は二人でゆっくりさせたいというキャロルの想いは見事打ち砕かれることになる。

 招かれざる客によって。もっともそれはライリアルにとっておなじみの相手だったのだが。




「おい、ライリアル! 何か知らねぇ間に住人増えてるじゃねぇか!」

 ノックもせずに訪問したアーノルドはローレンスを見るなりそう文句を言った。

「俺とお前の仲で、何で言ってくれねぇんだ!」

 アーノルドの盛大な文句に答えるライリアルはどこまでも冷たかった。弟との時間を邪魔されたのだ。ライリアルが怒るのも仕方のないことではある。

「俺とお前はどこまでも赤の他人同士だろう。そもそも勝手に入ってくるな」

 突然豹変したような、冷たい言葉を相手に投げかけるライリアルの姿に驚いて、ローレンスがアーノルドとライリアルを見比べる。

「だってよぉ。無理矢理入らねぇとお前開けてくれねぇじゃん。俺はお前を倒すまでは諦めねぇからな!」

「はいはい。さっさと諦めてくれ。何度私に挑戦したと思ってる? いつやっても勝てなかったじゃないか」

「勝てないからこそ腕を磨いて挑戦するってもんだろ! 前回はお前のやる気がなさすぎるからやめたが、今日こそは!」

 意気込むアーノルドにやれやれとライリアルは肩をすくめた。

「兄さん。あの人は? 友達?」

「違う。招かれざる客だ」

 ライリアルの言葉に今度肩をすくめたのはアーノルドの方だった。

「お前に弟がいたとは知らなかったぜ」

「当然だ。言ってないからな」

 ライリアルが椅子から立ち上がるのを、アーノルドは楽しげに見やり、彼と戦うために外へ出る。

 ローレンスは兄が出ていくのを引き留めることもできずに、後ろについていき共に外に出た。

 話し声を聞きつけたのかキャロルも自室からローレンスに合流する。

「まあ……こんな時にアーノルド様ったら」

 家の外で対峙する二人を見て嘆息するキャロルにローレンスは聞いた。

「知り合い?」

「ええ。時々いらっしゃってライリアル様に勝負を挑んでいらっしゃいますの」

「ふーん……」

 キャロルの返答に、ローレンスは興味を持ったようにアーノルドを見て少し離れたところにキャロルと共に腰を下ろした。

「兄さんが戦ってるの、見たことある?」

「いいえ。ライリアル様がお手本で色々魔法を使ったのは見たことあります。普段は私の勉強が中断されるからと適当にあしらっていたようなのですが……」

 つまり、キャロルがここに住むようになってから、ライリアルがアーノルドと戦うのが初めてだと言うことだ。

「ローレンスさんはライリアル様の戦っているところを……」

「僕は見たことがあるよ。兄さんが兄さんの友達と鍛錬をしている姿だけどね。二人とも僕よりずっとずっと強かった」

 懐かしさと深い悲しみを思わせるように、ローレンスの表情が変わる。

「兄さんは僕よりも君よりも強い。一度見たら兄さんの印象が変わってしまうかもね」

 キャロルはそれには答えずに黙って目の前に向き直る。

 ローレンスが言ったのがどういう意味か知りたかったが、ライリアルとアーノルドは既に己の魔力を高めるように意識を集中させていた。

 お互いに半分目を伏せて、身体の奥から魔力を引き出す。意識して魔法を使うことは本来こうして集中が必要だ。

 制御には集中力が不可欠で制御できなければ思った効果は現れず、最悪引き出したところで暴発して魔法を使おうとした本人が怪我をすることになる。

 ライリアルは無意識に魔法を行使する魔法使いだ。しかも魔力が常に身体の外に漏れている。

 その漏れた魔力はライリアルの身体を取り巻いて薄い結界の役割を果たしていることをキャロルは本人から教えてもらった。

「集中してるライリアル様……初めて見ました……」

 普段は軽薄におどけて、ライリアルをからかったり勝負を挑んでいたアーノルドも真剣な表情でライリアルを窺っている。

 まず、最初にどんな魔法を使うのか。一対一の勝負では先読みが不可欠だ。

 ゆっくりと、お互いに相手を睨みながら構えに入っていく。アーノルドは半身を引き、引いた方の手に魔力が集まる。

 ライリアルは自然体で、手だけ胸の前で構えてみせた。

 だが、二人ともそのまま動かない。もし、何かきっかけがあればそのまま魔法の撃ち合いを始めるのだろう。

 撃ち始めたとしても、ここは家のすぐそばだ。派手な魔法は使わないはずだった。

「なあ、ライリアルよ。このまま睨み合いを続けるつもりか?」

「勝負しに来たのはお前だ。そっちから仕掛けるのが道理だろう?」

 アーノルドの言葉に、ライリアルは口元に微笑を浮かべた。

「それもそうだ、な!」

 アーノルドがその言葉を決闘開始の合図がわりに使い、半身の姿勢から一歩踏み込み、手に込めた魔力を地面に叩きつける。

 砂埃が一瞬のめくらましになり、その間にアーノルドはライリアルの間合いに踏み込んでいた。

 至近距離で手のひらに生み出した魔力の塊をライリアルに押し当てる。

 しかしライリアルの周囲のある範囲から、アーノルドの魔力弾が削がれていく。

 ライリアルは鬱陶しそうに腕でそれを弾いた。振り切ったライリアルの腕からキラキラと光がこぼれる。

「てっきり魔法の撃ち合いかと思ったんですけれど……」

 魔力を込めた腕で攻防戦を繰り広げる二人の姿を見てキャロルは首を傾げた。

 そもそも魔法使いには集中が必要なので、こうした接近戦は苦手なものだと思っていたのだ。

「兄さん相手に普通の魔法の撃ち合いなんて仕掛けたら家が無事じゃあすまないよ」

 ローレンスはライリアルの動きから目を離さずに答える。「だから、兄さん相手に勝とうと思ったら接近戦……なんだろうけど。兄さん素手でも強いから……」

 ローレンスの視線の先ではライリアルがアーノルドの攻撃を避け、弾き、時には反撃らしいことをしていた。

 しかし、あくまでもそれは防御の範囲で、ライリアルは自分から攻撃を仕掛けない。表情も汗だくで必死に食らいつくアーノルドとは違い、真剣に相対しているが汗一つ書いていない。

「だー! 防御ばっかりすんなって! たまには攻撃しろ!」

 攻撃を弾かれ、ちょっと離れたところに跳んで着地して、苛立ったように叫ぶアーノルドに、ライリアルは答える。

「嫌だ。面倒くさい」

 アーノルドはその返答に脱力して天を仰いだ。

「お前ってばいつもそうだよなぁ……」

 大げさにため息をついたアーノルドにライリアルは背を向けた。

「これで気がすんだろう?」

 ライリアルはそれだけ言って、見物をしていた二人のところへ向かう。

「ローレンス、戻ろうか。お茶にしよう」

「あ、お茶でしたら私が入れてきましょう」

 キャロルが手を挙げるとライリアルは頷いた。

「人数分のお茶を頼む」

「俺の分は?」

 衣服の埃を払いながら図々しくもアーノルドがたずねるが、ライリアルは故意に無視をした。

 そのまま全員が家に入る流れだったがそうはいかない。

 予定外の客が来たのだ。

「突然悪い」

 アーノルドとは違い招かれざる客ではないが、ここに来ることは珍しい相手だった。

「ここに、黒髪に赤目の男は来なかったか?」

 赤い髪を汗に濡らし息を整え、レイムが言う。

「その男が何かしたのか? レイムが血相を変えるなんて珍しいじゃないか」

 ライリアルはレイムに答えながら悪魔の事を思い出した。

 黒い髪に赤い瞳。それはライリアルが子どもの時から悪魔の特徴だと言い伝えられ、それが何者なのかは今に至るまで魔法使いの間でも知られていない。

「黒い髪に赤い瞳は俺たち竜の中でも魔法使いをはじめ人間を嫌っている、闇の竜の特徴だ。誰かと契約を交わさなければこんなところにいるわけはないのだが……人間嫌いのはずの闇の竜が何故契約を交わし出てきたのか真意を問いたい」

 レイムの言葉にライリアルは弟に視線を向ける。ローレンスは表情を強ばらせていた。

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