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八十話:薄明世界4

 火が消える。

 陸を燃やしていた残り火さえも消えた。


 ほどなく、六台も光を失くし始める。

 ただ黒くくすぶる大地を六台から見下ろし、シオンは呟くように言った。


「まだ終わりじゃないそうだ」

「だろうな。この世界は誕生からして歪だ。正直手に負えん」


 千年も世界を保ってきた魔王は、為政者の顔で告げる。


「だが、ギイチが自らやると言うならば止めはせぬ。尽きぬ目的があれば、そなたも長く生きることにもなろう」

「途中で力尽きるかもしれないがな」

「お前の体を使っていたからわかるが、無駄に生命力は強かったぞ」

「では、生き残りに定評のある鬼女の身に宿っている今なら、相当の寿命を得ることだろう」


 軽口を向け合い、魔王は小さく笑う。


「…………私に終わりを与えたのが、お前であることはいっそ道理だな」

「魔王と呼ばれたのが、私の身であったからか?」

「それもあるが、かつての理想に殺されるなら、悪くない」

「そう言えば、昔から理想が高かったな。潔癖すぎるくらいに」


 言って、二人黙る。

 昔、昔、千年以上も昔。

 記憶を失くしていたシオンと、時を重ねすぎて思い出せもしなかった魔王。

 隣り合い、言葉を交わすことでうたかたのように浮かび上がる共通の記憶。


「…………その体に戻って、お前の記憶を見た。星に当たって見たのは、私に関する記憶だな」

「あぁ、思い返してみれば、上から見下ろしていた。あれは、当時の私から見たお前の姿だったんだと、今ならわかる」


 シオンが黒い星に打たれて見た悪夢。

 それは魂であるギイチの記憶であり、体である鬼女にまつわる記憶。


「あの黒い星は、なんだ? 昔はあんな色ではなかった」

「そうだ。かつての巫女が空を作り、地上から降る悪意を遮った時より、天の上にも悪意は積もっている。それが外から星を侵食して地上に降りようとするのだ。だから、定期的に落として一網打尽にしていた。カガヤの呪いの力を使ってあえて引き落とすことで、あの時は攻撃手段にしたがな」


 悪性を処理するついでに、残り火が裏にいるだろう勇者も六台外で始末すつもりだった。

 悪夢で倒れるくらいなら、魔王の前に立つこともできないと。


「星はなくなったままか?」

「今まで落とした分はな。だが、救世の巫女のあの光に触れていれば、いずれまた白く輝くだろう」

「そうか、もし命が尽きる前に世界の呪いを消し去っても、空に向かうという目的が持てるわけだ」

「天の向こうの悪性も排除するつもりか。ギイチ、お前のその際限のなさはさすがに気狂いの域だ。人のふりを続けるつもりなら口に出すな」

「そうしよう。メイならきっと、ほどほどに楽しいと思えることをしたがるだろう」

「なるほど、人らしくなったのは、あの戦うことすら知らない温い巫女の甘えた思考か」


 魔王は今のシオンの変化を、メイを写し取った結果として納得した。

 ギイチであったころ、写した思いに現実可能か不可能化などという思考はない。

 ただ目的があればそれを目指すだけで、辛いともきついとも感じないのがギイチだ。


 そこにメイという、今まで写した者とは全く方向性の違う、なんの覚悟もない、なんの信念もない者を写した。

 厳しいこの世界でことを成そうと志す者たちでは、決して持ち得なかった半端さ。

 逆に言えば、覚悟も信念も確かにある者たちを写したからこそ、ギイチは常軌を逸した極端さを発揮していた。


「…………逝くのか?」


 シオンの隣で、魔王は高く昇り始める。


「そのようだ。私に今さら行く先があるかはわからないが」

「もし、死者に憩う場所があるのなら、また話せるか?」


 魔王は驚いた顔をした後に、ただ笑って頷いた。


「そうだな、お前を眠らせる時にも、お前を復讐に引きずり込む時も…………我が君の婚礼の頃にも、お前とはまともに会話をしていなかった。あぁ、そうだな。話そう。お前がこちらに来たならば、その時こそ」

「楽しみにしていよう」


 魔王は昇り、六台の光が薄れる。

 消える頃には、シオンと同じ顔をした者もその姿を消していた。


「…………そこに、メイやホオリもいるといいんだが」


 シオンは一人呟いて、白く変わる空の下、六台を降りる。

 そうして一人、黒く焼けた大地を歩いて南に向かった。


「海だな」


 無人の野を歩いて凪の海に達する。

 独り眺める気にもなれず、シオンは東へと向かった。


 そうして黙々と歩いていると、人の姿を見つける。

 先に気づいて駆け寄ってきていたのは、勇者のミツクリだった。


「シオン! 無事だったんだな!」

「ミツクリ、そちらは他にも無事な者がいたようだな」


 怪我や焦げはあるものの、ミツクリの向こうには無事な物を、火のくすぶる地面から運んで遠ざける人々がいた。

 見た顔もあるため、勇者軍の生き残りやかつて自信を失くしていたミツクリの側にいた者たちだとわかる。


「…………終わった、のか?」

「残り火については、そうだ」

「つまり、まだあるのか…………」

「カガヤに聞いた、海の底に眠る呪い。あれを押さえていたのは魔王であり、魔王がいなくなった今、上がって来る」

「あぁ、そうか。そうだよな。魔王、倒したんだから、そうなる」


 ミツクリは前髪を掻き回すようにして、後悔を飲み込むと海を睨む。


「だが、残り火が最期にあの、メイの光なら呪いを消せると教えてくれた。たぶん、私が生きている間はあり続けるだろうと」


 教えるシオンに、ミツクリは疑問の浮かぶ視線を向けた。


(そう言えば、古書は読めなかったな。残り火の正体に気づいていないのか。…………だが、それでいいだろう)


 シオンはホオリのことは言わず、魔王が残した術で閉じ込め、倒したことを告げる。

 ただミツクリは陸の中央から立ち上る煙のような光を見上げて呟いた。


「そうか、そうだよな。あれはシオンのためだもんな」


 ミツクリは後悔と戸惑いを含んで、痛むように目を眇める。


「俺は、生き残っちまったんだな。…………シオンは、どうするつもりだ?」

「呪いを海からおびき出して浄化する。ただ、その方法はわからないから、まずは人のいる所へ行かないと。記憶があっても、私は変わらずもの知らずのままなんだ」


 そう言って振り返る黒い焦土は、人が住んでいた形跡さえ消えた土地となった。

 海さえ燃やそうという火の勢いのために、一人では生活が立ちいかない。


 そんなシオンの今後を聞いて、ミツクリは申し訳なさそうに教える。


「俺は、国に戻らなきゃ。けどそうすると、たった一人の勇者として、国が今回のことの勝利を宣言するために使われる。それは、違うだろ」


 ミツクリは拳を握って、シオンと同じく遺体さえ消えた陸に目を配った。


「そうだな、結果的に私たちは生き残ったが、それだけだ」

「あぁ、だけどシオンのお蔭でそうならなくて済みそうだ。今言った呪いのことを理由に、ここに留まる。拠点を作る。シオンはこの陸の住人だ。それを助けるって形でいれば、他の国も口挟んで、俺の国の一人勝ちなんて、ずるいことはできない」

「いいのか? 国許に戻らなくて。待ってる人は…………」

「戻れるとは思ってなかったから、別れは済ませてる」


 ミツクリはシオンに笑みを向けようとしたが、耐えきれずに顔を歪める。


「それに、少しでも、贖罪がしたい」


 呟くように漏らすのは、メイへの思い。

 そしてその死を止めようとしたシオンへの思い。

 ただ一人生き残ってしまった、他の勇者への思い。


 ミツクリにとってそれは、メイが残した光を見守ることであり、呪いを排除したいというシオンの願いを手伝うことであり、世界のために活動すること。

 勇者で、あり続けることだった。


「そうか。…………だったらミツクリ、私は団子も食べたいんだ。作り方を知ってるだろうか?」


 贖罪がしたいというミツクリに聞くには、全く違う話のようにシオンは聞く。

 どころか決意も何もない、暢気すぎる問い。

 ただ、それはシオンがメイと最期に語った時に口にした望み。

 そうと知っているミツクリは、顔を歪めたまま笑う。


「あぁ、そんなに難しいもんじゃない。けど道具と材料が必要だし、味付けも考えないと。何もないここじゃ、ちょっと準備がいるな」

「そうか、良かった。他にもやりたいことがあるんだ。手伝ってくれないか?」

「もちろん、願ってもない」


 堪えられず涙するミツクリを見ないふりで、シオンは陸から天へと伸びる光を見た。


 白く染まった空に昇る光は、紛れるように消えて、溶け込むように広がる。

 薄明の世界を、ほんの少し明るくするような光に、シオンは祈るように目を閉じた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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