八話:三傑の香々邪4
「ちょっとすっきりした!」
町の人目につかない場所を選んで走りながら、メイが声を上げた。
「まぁ、頬を打たれた程度で諦めてはくれないみたいだね」
シオンは後ろを顧みて太刀を握り直す。
鞘を固定する革帯を打擲させながら、追っ手の兵が姿を現した。
カガヤの顕現の能力が周りを巻き込むため、兵の包囲は解けている。
その隙を突いて囲まれることなく逃げられているが、そのまま逃がすほど魔王軍も甘くはない。
「っていうか、シオン! 何か変なところないの? さっきのカガヤが呪いとか言ってたけど?」
「いや、まったく。というか、あの勾玉がぶつかる前に何かに阻まれたような?」
当事者であるシオンにも、何が起きたのかはわからない。
(カガヤもあの反応であれば、本気で私が死ぬと思っていたはずだが)
だからこそ違う結果に驚き、すぐには動けなかったのだ。
疑問はいくらでも浮かぶが、考える余裕は今のシオンとメイにはない。
「メイ、何処に向かってる? 撒くことは無理だと思う」
「うぅ、けど町出たら畑だから見晴らしいいんだよぉ。撒いとかないと逃げられないの」
行先を聞くシオンに、メイは現状のまずさを伝える。
町に来るまでの様子を思い出せば、シオンにも迷走する意味はわかった。
身を隠そうにも、町の周辺は畑。
もしくはあぜ道。
ましてや相手は多勢で、町よりも見晴らしのいい外へ出ても逃げきれそうにはない。
その上で、シオンは立ち止まって振り返る。
そして逆に追っ手に向けて走りだした。
メイが気づいて振り返った時には、足の速い兵が三人足を斬られて転び、後続の行く手を阻む。
「メイ、走って」
シオンは追いつきそうだった兵の足を止めさせて、建物の陰に走り込んだ。
メイもそんなシオンに従い走るが、行く先の定まらない迷走状態は変わらなかった。
「でも何処に逃げればいいか、私にも…………」
「だったらこっちだ」
第三者の声に、シオンはメイに腕を出して止めると、逆の手で太刀を向ける。
切っ先は屋根の上。
「近くの追っ手し止めてくれて良かった。いつ助けようか悩んでたんだ」
明るく笑う青年は、白い髪に青い目。
赤い襟巻をした町人風の男だった。
「ほら、縄下ろすから上がってくれ。すぐ追いついてくるぞ」
言いながら、青年は新手で一人現れた兵に小刀を擲った。
兵を攻撃したことで、シオンはメイに頷く。
二人は青年に従って屋根の上へと登った。
「すぐ降りるぞ。目立つしな。けど、これで行く手は攪乱できる」
「何処行くの? こっちって町の外じゃない?」
「そう。見失ったら見失った町の中探さないと兵も外には出られないだろ?」
戸惑うメイに、青年は片目をつむって見せる。
町人たちが恐れる魔王軍に追われている中で、明るく笑う青年。
その上で、先導して易々と町の外へとシオンとメイを導く。
「まだ走るけど、大丈夫か?」
「ちょっと、辛いかも…………」
「私は平気だ。でも、メイに合わせよう」
「もちろん、もちろん」
速足程度になって、町から離れるように移動はやめない。
「それにしても、カガヤの呪いを受けそうになった時には駄目かと思った。どうやって防いだんだ?」
「私、シオンに庇われてたから何があったのか見てないんだよね」
青年の問いにメイはシオンを見る。
話す間も道なりに進んでいたところ、人目がなくなると青年は未知もない雑木林に入った。
細い木々の中を進んで別の道へと出る。
(手慣れている、そしてこの男は、強い)
シオンは青年の背中を見据えて確信する。
同時に疑問が浮かび、また自身の考えに戸惑った。
(何故、私はそんなことがわかる?)
シオンは自分がわからないまま、考え込んだ。
「あ、まずいな」
青年が言うと、シオンも気づいてメイを庇う。
気づかれたと知って、姿を隠していた追っ手が現れた。
黒い詰襟の兵の姿ではなく、暗い色の小袖に括り袴という軽装。
「物見方に捕捉された。戦えるか?」
「う、うん!」
青年に言われたメイは、領巾を出して応戦の構え。
そしてシオンの視界を塞がないように包む。
瞬間、相手が即座に金鎖を投げた。
「顕現」
しかし、その金鎖はシオンに当たる前に断ち切られて落ちる。
いや、焼き切られて白熱していた。
青年の持つ燃える刀によって、鎖は一刀両断されたのだ。
「燃える刀…………貴様、勇者だな!」
「おっと、ばれた。悪いけど、その報告は後にしてくれ」
魔王軍の物見方に指を突きつけられても、青年は笑顔で応じる。
同時に三度振られる刀は、赤く美しい軌跡を描いた。
その刃の道に沿って、炎の刃が放たれる。
「届かないと思った? 残念」
青年は軽く言う間に、宙を飛んだ炎の刃は物見方を襲う。
そして消火しようと転げまわる物見方に、青年は無造作にも見える動きで距離を詰めた。
青年は瞬く間に、追えないよう二人の足を切る。
最後の一人は、シオンが太刀の柄で殴り倒して気絶させた。
「お見事。シオンって言ったっけ?」
「メイにそう名づけてもらった」
「名づけ?」
「そちらは勇者というと、魔王を倒す存在だと聞いたが?」
「そうそう」
軽く応じる青年は、それと同時に刀を消して背筋を伸ばす。
「火織という。魔王軍三傑カガヤを前に退かず、無辜の民を思い憤り、声をあげられるその無謬の心意気に感銘し、遅まきながら助太刀させていただいた」
今までの朗らかな様子を変えて、真剣に思いを伝える様子にメイは慌てる。
「あの、勇者、さん?」
「あ、ホオリって呼んでよ。俺もメイとシオンって呼ばせてもらう。それで? なんで名づけてもらったとか不思議なことに? っていうか、二人ともすごい度胸だね。俺感動したよ」
喋りながら、同時に急かすように手を動かすホオリ。
それは倒れた敵から遠ざかるためであり、逃亡の途中であることを思い出させるため。
悠長に話をしている場合ではないと、揃ってその場を足早に去った。
そうして雑木林を抜けて、シオンは短い身の上を話す。
「え、記憶喪失?」
「そう、私は自分の名前もわからない」
「けどシオンいい人でね、当たり前に人助けするんだよ」
「そっかぁ。そんなシオンを拾って世話焼いたメイもいい人っておちだな?」
照れるメイ、なんの衒いもなく頷くシオン。
その様子を笑ってホオリは探るように聞く。
「それとも、何か魔王軍か魔王に対して思うところでもあった?」
聞かれてシオンとメイは顔を見合わせた。
魔王軍に襲われはしたが、それは当人たちの問題だ。
すわ、魔王軍全てが憎いなどとはならない。
襲ってきたカガヤも言動に憤りは覚えたが、それでカガヤが従う魔王までも悪であると決めつけることにもならない。
だからこそ、メイとシオンの答えは同じだった。
「「別に」」
声を揃えるシオンとメイに、ホオリがいっそ目を瞠る。
個人の感情ではなく、物事の善悪でのみ行動したことを明言したからだ。
ホオリも、それができる人間の稀有さを知っている。
「いやぁ、本当にすごいな。ふむ、二人の健闘を称えてそこの茶屋で団子でもおごろう」
「やった!」
追っ手はと聞こうとしたシオンは、メイの弾んだ声に言うことをやめる。
「腹が減ってはなんとやらだ」
シオンの懸念を察したホオリは、和ませるようにそう言ったのだった。
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