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七十八話:薄明世界2

 ギイチと呼ばれたかつての野人は、戦うことしか知らなかった。

 誰もが他を害する、誰もが自らの生を欲する。

 それらを写し取って、自らの生のために他人を害することしか知らなかった。


 そうして乱世を戦い生き残り、新たな国、台国を守るためにまた戦い。

 鬼女の復讐に手を貸し、鬼道によって若い肉体に戻され、また戦った。


「なぁ、残り火。お前はおびき出された。それは正しい。何せ、敵わないと私の正面にも立たなかった。それが、こうして正面から切り結ぶのではやりにくかろう?」


 魔王は本来の少女の姿で、眼下の戦いに揶揄を向ける。


「ぐ…………!? 人が違いすぎるだろ!」


 ホオリは切り結んだシオンに押されながら、魔王としての振る舞いをやめた鬼女へと舌打ちした。


 シオンから距離を取り、炎を嗾けるが、すぐに炎を返され掻き消える。

 そうして距離を取った間に、シオンは刀の顕現を領巾に変えた。


「くそ、させるか! って、領巾で刀止めるな!」


 行動を阻害しようと斬りつけたホオリの動きを読んで、シオンは横から刀に領巾をかけて軌道を逸らす。

 領巾が切れない内に放し、さらに切りつけようとするホオリの刀は柔らかで軽い領巾の表面を撫でるだけで終わった。


 その上で、その領巾からは心身の力を吸い取る能力が発動する。

 ホオリは刀を下げないように自らに燃えるような力を付与した。

 けれどその間にまたシオンは領巾を変える。


「大抵の物は武器にして戦った経験がある。切れてもいいと思えばもう少し戦い方はあるんだが」


 言いながら、シオンはメイの領巾で、自らの足りない筋力や体力を補助した。

 すぐにケンノシンの鉾に変えると、素早く自らホオリに迫る。

 鉾の間合いに慣れてホオリの対応が追い付く頃には、クロウの槍へと変えた。

 距離を取ればまた領巾による弱体と、自らの強化。

 ホオリに戦いの主導権を取らせないシオンのやり方は、ひたすらに戦い慣れていた。


「魔王よりも厄介だ!」


 強化を妨害しようと火を放つホオリだが、シオンはミツクリの靫を出すと、炎を吸い込み火の打根を作り出して擲つ。


 次々と武器を変えて翻弄するシオンを眺めて、霊体なって浮いている魔王が言った。


「そもそも私に武器を使っての戦闘の才能などない。ひとえにギイチの肉体に残っていた経験に頼っていた。そんな私でも負け知らずだったのだ。ギイチ本人が武器を振るえば万夫不当。ただ、その力を命じられなければ振るう意識がなかったのだがな」


 魔王が笑って声をかけるが、答える余裕のないホオリは、繰り出される刀を避けていなし、攻撃に転じる隙を窺うばかり。


(俺が起こしたから、その意識を得る経験があったって言いたいわけか!)


 ホオリは呼吸を乱さないために口にできない言葉を、心の内で漏らす。


 残り火にとって、千年以上も魔王が障害だった。

 役割を放棄した巫女としては、ようやく気骨がある者が現れたかと思っていたのだ。

 だが、乱世の平定は都合が悪い。

 だから邪魔をしたが、その時から敵として執拗に追い回されることとなっている。


(台国の大王の妃をそそのかす佞臣だった時には、本当に失敗した)


 乱世に戻すことには成功したものの、その後は鬼道を駆使して何度も追い詰められた。

 さらには讐の士という殺戮の権化を引き連れ、国々を荒らし、残り火がとり憑いたかもしれない者を片端から殺していたのだ。


(シオンを見つけた時には、本当に喜んだものだったのに)


 今ホオリの目の前で、嗾けられる炎を領巾で打ち払い、的確に首を狙って巻きつけてくるシオンは、七支刀を扱っていた時とは違う。

 折り目正しかった誠の士のような敵意などなく、復讐に徹した讐の士のような殺意もなく。

 ただ、シオンには戦意があった。


 その戦うことへの目的意識は、ただ、メイが生きてほしいと望んだから。

 だから世界を滅ぼし、生きる者を殺そうとする残り火と戦う。


「予言のとおり、私が顕現の鏡で写し取ったものなど偽物だ」


 シオンは一方的に攻めるようで、実は攻めきれずにいた。

 同じ刀を打ち合わせてわかったことだが、武器には明確に格の違いがある。

 力を込めてしまえば、シオンの武器のほうが壊れるほど格落ちだ。


 何より記憶とともに戦闘勘は戻ったが、体は少女。

 圧倒的に力が足りない、長さが足りない。

 体が戦いに不向きであることも、戦い続けた記憶から疑いようがなかった。


「…………本物には及ばない」


 シオンは少しの残念さを交えて呟く。


(私は、何処までもひともどきだ。そのことが、残念な気がする。そう思えるようになっただけでも、私は人に近づけたのだろうか…………)


 シオンはホオリの刀を避け、切り返し、炎にあぶられながら、自らも炎を返して対応した。


 シオンは考えることを覚えたと言ってもいい。

 目が覚めて、メイに問われ、答えもなく、正解もわからず、そして悩むメイと共に悩み、答えを出して来たから。

 ただ命じられて、求められて、相手の望むことを写し取っていただけの昔とは違う。


「本物…………」


 呟いたホオリ。

 シオンはその声の変化に気づいて距離を取る。

 瞬間、今までとは違う爆発的な炎が、ホオリの体から吹きあがった。


「あぁ、そのとおりだ。世界を燃やすほどの巨人、その残り火なんて本物に比べれば偽物だ」


 叩きつける熱風に、シオンはすぐさまメイの領巾に変えて回復と強化を施し凌ぐ。


 そんなシオンの側に、魔王が寄り添った。


「向こうも無駄に潜伏していたわけではないか。これほどの炎熱を蓄えていたとは。国を焼いて少しは弱るかと思えば。甘い考えだったようだな」

「世界を燃やすには海を干上がらせる必要がある。だから、こんな所で使うつもりはなかったがな。…………及ばない偽物でも、迫ることはできるってことを、見せてやろう」


 シオンが自分に向けた言葉を、ホオリも自らのこととして口にした。

 細かい切傷からは血が流れるホオリだが、深く切りつければ火が溢れる。

 穴があけられた片目からは炎が噴き出していたが、今は全身から炎を吹いていた。


「燃える巨人というのはこのような者だったのだろうか?」

「ギイチ、そんなことを気にする情緒が育ってるのか…………」


 恐ろしいほどの熱が叩きつけられる中、危機感なく呟くシオンに魔王が驚く。

 魔王が知っているのは、ひともどきと言われても怒るどころか受け入れ、何も心揺らさないギイチ。

 もちろん周囲への関心もなく、与えられた目的のために必要と判断しなければ何にも興味を示さなかった。


「あぁ、本当にシオンなんだな」


 そう言って苦笑するホオリは、シオンと共にいたからこそ、知らないことは素直に口にする性格を知っている。

 それと同時に、ギイチとしての姿も知っているのだ。

 かつての言動も知っているからこそ、不必要なことを口にしなかった過去との違いも知っていた。


 シオンはメイを守るために興味関心を持ち、ホオリと旅する中でも質問を繰り返している。

 その中で、不必要なはずの伝説や昔話にも耳を傾けていた。


「…………楽しかったな」

「…………そうか」


 短く告げるシオンに、ホオリもごく短く応じる。

 うねる炎は引かず、殺意を表すように燃え盛った。


 ただシオンは、ホオリの返事に口の端を持ち上げる。


「否定しないのであれば、あの時の思いは本物だと思っておく」


 もうホオリは返事もしない。


 シオンも顕現を刀にして構えたが、刀がまとう火はホオリに比べて頼りない。


「領巾じゃなくていいのか? これは海を焼き尽くすための力だ。これは顕現じゃなく俺の生まれ持った権能。真似もできないぞ」


 今度はシオンが答えない。

 その上で、戦意が萎むこともなかった。

 ただ生きるために、抗う以外の選択はない。

 メイが救った世界を終わらせないために、シオンは揺るがない。


「まぁ、焼き尽くす火を消費させるのも一つの手ではある。実際人間が燃えにくいのはわかってる。だが、殺すには熱で十分だ。ここを出れば、まだ十分に世界を燃やせる」


 ホオリはあえて口にして聞かせた。

 それでもシオンは退かない。

 魔王も口を出す様子はなく、頭上へと身軽に浮き上がる。


 ホオリは黙礼するように目を閉じた。

 そして纏っていた炎をひときわ大きくし、収束すると高温の炎を放射する。

 シオンは確実に死ぬだろう炎熱が迫る中、刀を消して真円の鏡を手にしていた。


毎日更新

次回:薄明世界3

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