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七十五話:生贄の巫女3

 鬼女は消える、消えて行く。

 メイが大穴に消えた後、立ち上った白い光の煙が鬼女を消していっていた。


 黄龍も降る灰のような光を受けて動きが鈍くなり、攻撃性もなくなり、少しずつその姿を小さくしているばかり。

 その下で、シオンとミツクリは、満足そうに息を引き取ったカサガミを見つけた。


「カサガミも、本気でケンさんの言葉に従ったんだな」


 簡単に遺体を整えるシオンに、ミツクリは迷った末に聞く。


「シオンも、代わるって、本気で…………?」

「もちろん。だが、巫女には哀れみも諭しも意味はなかった」


 メイは自ら答えを見つけて身を奉げた。


 無力感の漂う言葉に、ミツクリは拳を握ると声を強める。


「まだ、終わってないってどういうことだ?」

「予言にはまだ先がある。暁の、おこれる向かひ火つけて、焼き退まほしかば、六柱太敷く帳広げて籠目を閉ぢよ。白し灰昇り、黒煤し沈まば、火伏せがための座のえうず。詐りて、煙る日輪、凪の海、炫見の影うつれる。真し、猛る火、屍のくに、うつれる鑑。曙見しひとなれば、言うはさらなり」

「火、残り火か。魔王の敵で、世界を滅ぼそうとしてるっていう」


 ミツクリは予言に語られる火という言葉から、残る敵の存在に行き当たった。


「日の出の頃に残り火は動く。それに対処するには、迎え火を起こして退治するしかない。そのためには、六柱という言葉から六台も必要だと、ケンノシンはこの予言を想起して、ミツクリに指示を出したんだろう」


 シオンは埋葬する時間のないカサガミを横たえて、立ち上がる。


「だが、ミツクリは六台にいるだけでいい。人柱になる必要はない。火伏せのために必要な舞台には、私が立とう」


 振り返るシオンに、ミツクリは顔を歪めて問いただす。


「シオンは、何者なんだ?」


 その目には、拭えない疑いがあった。

 シオンはあまりに知りすぎている。

 そもそも身元不明の巫女の従者であり、メイがいなくなった今敵か味方かもわからない。


 ミツクリの今さらだが、どうしても拭えない疑念にシオンは笑って見せた。


「私は、救世の巫女の従者だ。そうありたい。駄目だろうか?」

「…………駄目なんかじゃねぇよ」


 メイがいなくなってなお名乗るシオンに、ミツクリは俯いて首を横に振る。


 シオンはそんなミツクリに、今後の動きに対して指示を出した。

 夜の今、移動には時間がかかる。

 そのためすぐにでも動き出さなければ、朝に間に合わない。


「ミツクリ、また会おう」

「あぁ」


 お互いに馬にまたがり行く先は別々。

 シオンは一人夜に馬を走らせ陸の南西を目指す。


 降る光の灰のお蔭で道を見失うことはなく、生きる者の気配のない中を走った。

 そして、道を外れた場所に点々と倒れる遺体にも気づく。


「これは、魔王軍。…………あれは」


 遺体の先には、二人の男女が絡み合うように倒れていた。


「カガヤ、それにアヤツ」


 互いにもつれるように、そしてお互いの命を屠り合って倒れる三傑の二人。

 その上で、カガヤはすでにこと切れ、人の姿に戻っている。

 だが、アヤツは目を開けることだけはできた。

 それでも深々とカガヤの腕が胴を貫通しているのでは、助からない。


「こんなもののために…………」


 側には魔王の首の後頭部が見え、シオンは落胆のまま呟く。

 それにアヤツは眦を裂いた。


「王を、愚弄…………」

「違う。予言に踊らされた愚かさだ。死んだ後に何ができる。生きてこそ価値があろう」


 シオンの言葉は図らずも、カタシハの死に際して魔王が呟いた言葉と同じ。

 アヤツは目を瞠ると、唇をわななかせて力尽きた。


 シオンは黙礼をしてカガヤの遺体と共に安置する。

 また馬にまたがると南西にある、人柱が奉げられていない六台に向かった。


「誰もいないな…………。だが、なんとか間に合ったか」


 六台に上って、シオンはまだ夜の気配が残る空を見る。

 ここから夜の明ける頃が暁。

 巫女の命によって作られた作り物の空は、突然夕暮れになるのと同じく、突然朝焼けが現れ空が紫に染まる。

 そして昼の空の色である、白に変わり始めれば曙だ。


 そうして暁の空になった瞬間、降り注ぐ光の灰さえ焼き尽くすように、大地を炎が覆った。

 何もかも焼き尽くすような炎に、シオンはただじっと燃え盛る地上を見据える。

 そして、六台に上って来る者の足音を聞いていた。


「これが望みか…………ホオリ」


 六台に現れたのは、黒髪の男。

 片目からは炎が噴き出し、人以外の生き物であることを隠せなくなっていた。

 それでも残った顔の半分には、確かにシオンが見慣れた面影がある。


「世界を燃やし尽くし、巨人を貪る雑草や害虫を駆除し、その後は何をするつもりだ?」

「なんだ、シオン。驚かないのか」


 ホオリはそれまでのように笑って見せる。

 ただ親しみのある笑みは炎に覆われた分、歪だった。


「残り火は他人にとり憑き乗っ取る。ただ顕現という心は誤魔化せない。残り火の影響でとり憑かれた者は、必ず火に関係する顕現へと変わる。魔王との戦いで方向性を左右できる位置で、火を扱えたのは、私とホオリだけだ」

「ま、もう終わりだし話しても…………」

「いや、終わらせない」


 シオンは強く否定した。

 その声に、ホオリようやく笑みを収めて、敵を見る目を向ける。


「六柱太敷く帳広げて籠目を閉ぢよ」


 シオンが予言の一節を口にした瞬間、足元の六台が白く光りを放った。

 その光は柱の如く天へ伸び、紫の空を支えるように突き立つ。

 さらに、シオンとホオリがいる六台だけではなく、六つすべてが同じように光の柱へと姿を変えていた。


「六台が起動した? 人柱が足りないのに、何故!?」


 ホオリも予想外の出来事に辺りを見回すと、さらに六台同士が光りの線で繋がる。

 六台すべてが繋がるさまを見届けて、シオンは答えを教えた。


「魔王だ。ツキモリを側に置いたのは、勇者という鍵を通じて六台の術式に干渉するため。四年の間に、魔王は人柱がなくとも、本来とは違う形で六台を利用できるよう整えていた」


 六つの柱を結ぶ籠目の六芒星。

 さらに広がって魔王の国を覆う光の壁が出現する。

 まるで、籠に閉じ込められるように、魔王の国は光に閉ざされた。


 ホオリはすぐに六台を降りようとするが、光の柱の中から出られない。

 光の柱を殴りつけて、ホオリは振り返る。


「白し灰昇り、黒煤し沈まば、火伏せがための座のえうず、か。つまり、メイが死んで、鬼女が静まり、俺が火を放るのを待ってたのか」


 火を伏せるための条件のためには、座という舞台が必要だった。

 その座が使える条件が揃うには、残り火が火を放たなければ、火伏せも何もない。


 ホオリはシオンを見据えて聞いた。


「お前は誰だ?」

「私を起こしたのはホオリのはずだ」


 シオンすぐに切り返す。


 シオンが目覚めて最初に見た黒髪。

 火にあぶられ煤のように黒くなった髪のホオリとよく似ている。

 というよりも、それが最初にシオンが見た人物であり、残り火としての髪色なのだ。


「何故私を起こした? 魔王が眠らせた私を」


 ホオリは、シオンの記憶が戻っている様子に警戒を見せる。

 話さないことで、シオンは片手を差し出した。


 その手は、メイに届かなかったのと同じく、ホオリが取ることもない。


「話をしよう、ホオリ。私はシオン。メイの友にして、救世の巫女の従者だ」


 差し出された手も見ずに、ホオリは否定する。


「いいや、違う。お前はかつての鬼女。台国の大王の復讐のために荒ぶった鬼道の女。そして、メイより以前に巫女の務めを放棄した、古の巫女だ」


 突きつけられる言葉に、シオンは否定せずに一度目を閉じた。


毎日更新

次回:生贄の巫女4

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