表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/80

七十三話:生贄の巫女1

 黄龍との戦いは、困難を極めた。

 その身を削る唯一の方法はあるものの、巫女の柔らかな領巾では対応しきれない。

 顕現が引き裂かれれば、心に影響が及ぶ。

 今までもメイは領巾が破れるような戦いをしてきたのだから、無理はさせられない。


「メイ、下がって!」

「シオンも前に出ないで!」


 敵わないと庇うシオンは、通りすぎざま振るわれる黄龍の爪が危うく掠める。

 メイは顕現さえ使えないシオンに守られることに焦りを募らせた。


 そこにミツクリの矢が援護に飛び、黄龍は嫌がるそぶりで距離を取る。


「カサガミ!」


 ミツクリの合図で、黄龍が向かった先に待機していたカサガミが、真っ向から切りつける。

 しかし相手が大きすぎてかすり傷にしかならない。


「…………もういい。ここは僕がやる」

「何言ってるの?」


 カサガミは、メイたちに背を向けたまま告げた。


「行け。世界を救えるなら救え」

「で、でも、私は…………」

「献じばや、自ら差し出せ。誰もがやったことだ」


 カサガミは厳しく言い放ち、巫女として生贄になれと強要する。

 そして予言には、献じばやと思はば鬼諫め隠るるを慰むとある。

 つまり憐れむことも諭すこともしてはいけない鬼は、巫女がその命を自ら奉げて諫めろというのだ。

 そうすれば、死んだ巫女の魂を慰めることになると。


「できなとは言わせない。…………行け!」


 黄龍が体勢を立て直してまた迫ろうとするのを、カサガミは正面から挑みかかり命じる。


「メイ、ともかく戦えない者がいても邪魔になる。退避しよう」

「い、いや…………私、だって…………」


 怯えて動けなくなるメイにシオンが困ると、ミツクリが動いた。


「ごめん!」


 言ってメイを抱え上げるとそのまま走る。

 メイもミツクリも顔面蒼白であり、どちらも飲み込めない感情と状況についていけていない。


 シオンは一度カサガミを振り返って聞く。


「…………私も残るか?」

「いらない」

「では、遺すことは?」

「遺す、こと?」


 カサガミは驚いたように肩越しに振り返った。


「じゃあ、伝えて。僕は義を成せたって」

「わかった」


 シオンは請け負って、ミツクリを追う。

 ミツクリはメイを下ろして呆然としていた。


「なんだこれ? こんなの今までなかった。こんな所にこんな穴、聞いたことねぇよ」


 地面にぽっかりと穴が開いていた。

 差し渡し二間ほどの大きな穴は、石で周囲を支える様子が井戸のようだ。

 ただその縁からは溢れるように煤のような黒いものが湧いている。

 それが広がって吹き溜まりのようになると、そこから鬼女が立ち上がった。

 さらに吹き上がる煤のような黒いものは黄龍に吸い込まれていく。


 メイも異様な光景に震え、辺りを見回していた。


「これ、ここから、鬼女が? こ、この穴って、何?」


 追いついたシオンは、知る限りのことを伝える。


「巫女を、神である大地に捧げる儀式場。魔王が、一番大きな鬼女と共に蓋をして隠していた。誰の記憶からも、巫女を生贄にするという事実を忘れさえるために」

「それじゃあ、まるで、魔王が、本当に守ってたみたいじゃないか」


 ミツクリは膝をついて、鬼女が溢れる穴に困惑した様子だが、そのことはすでにカタシハの口から聞いていたこと。

 敵地での四年と、勇者として命を奉げる覚悟、そして命を賭した者たちへの思いが理解を拒んでいる。

 その上、周囲は鬼女で溢れ、もはや国として崩壊し、さらには空を飛ぶ鬼女の存在も。

 海で隔てられたことなど関係なく、鬼女の脅威が世界を襲うきっかけになってしまったことに、ミツクリは震えた。


「全部、無駄だったなんてもんじゃない…………」


 ミツクリは両手で顔を覆うと、後悔の言葉を絞り出す。

 その上こうなってしまっては、解決方法は一つ。

 ただその一つができず、ミツクリは縋るようにメイを見た。


 その視線を受けて、メイは足を引く。

 メイの中でも死んでいった者たちの言葉や姿が渦巻いていた。

 さらにトノに語られた両親の最期を思えば、恐怖は理不尽さへの怒りへと変わる。


「いや…………もう嫌! 何よこんな世界!」


 耐えられずメイは叫んだ。

 同時に、感情の高ぶりから涙がこぼれる。


「生まれてからわけもわからずに幽閉されて、寂しくて怖くて誰も助けてくれなかったのに! それが私を生かすためだなんて知らない! 聞いてない! 教えてくれなかった!」


 それはもういない、この世界の家族への恨み言。


「親なんて顔もほとんど見てないし、会話だってしてない! わかるわけないじゃん! トノなんていつも怒って、責めて! 知ってたなら教えてよ!」


 メイの不満の発露を止められず、シオンとミツクリは聞くばかり。


「前世だって私殺されなきゃいけないことしてない! なんで私穴に落とされたの!? 悪いことなんてしてないのに! なんで殺されなきゃいけなかったの!?」


 メイが覚えているのは、気づけば穴に突き落とされていたこと。

 生まれ変わったことを思えば、殺されたと思わざるを得ない前世。

 そんなことをされる謂れはなく、巫女になるつもりなどなかった。


「この世界に来て、いいことなんて何もなかった! なのにどうして私が救わなきゃいけないの!? どうして私がまた死ななきゃいけないの! そんなのやだ! 絶対やだ! 私はこの世界のために死にたくない!」


 メイの心からの拒絶に、ミツクリは膝をついたまま何も言えない。

 勇者として自ら死ぬことは受け入れていた。

 けれどそれを他人に強要しようとは思わず、ましてや戦うことも知らずに泣く女の子に慰めの言葉すら出て来ない。


 シオンは静かにメイへと歩み寄った。

 メイはシオンさえ警戒してまた足を引く。

 その姿に、シオンは近づくのをやめた。


「メイ、予言には献じばやとある。望んで身を奉げなければならない」

「そんなのいや! 私は死にたいなんて思ったことはない!」


 死に場所を探していたカサガミは、その身を挺して今の時間を稼いでいる。

 勇者たちも巫女がいるからこそ、世界を救うという予言のために命を懸けた。

 トノが言うとおり戦いで死んだ者も巫女としてメイがいなければ立たなかっただろう。

 わかっていても、メイは首を横に振って拒否する。


「自分にしか救えない、救わなければいけない、誰かに命がけで、報いるには同じだけのものをかけるべきだ。そんなことを考えて、知らないふりもできないのがメイだと、私は思う」

「やめて! 私は、私のために、死んだなんて…………!」

「いや、死んだ者も戦いに臨んだ者も、全ては当人が選び取った結果だ。それをメイに押しつけるのは違う。ケンノシンの言葉は忘れていい」


 ケンノシンはあえてメイに気負わせ、自ら命を奉げなければ、他の者に申し訳が立たないと思わせるようにした。

 ただそれでも、メイは死ぬのは嫌だと言う。


(メイが選んだのなら…………)


 シオンは笑って見せた。


「メイが死なないと言うなら、それでいいよ」

「え?」

「私が代わる。だからメイは死ななくていい」

「…………え? な、何言ってるの?」


 疑うような顔のメイに、シオンは改めて笑みを浮かべる。

 そこには恐れも、怒りも何もなかった。


「メイが言ったでしょう? 私はメイと同じかもしれないって」

「でも、シオン記憶、戻ったんでしょ。それになんか、詳しいし、だったらたぶん、この世界の人で、私とは違うはずで…………」

「いや、今の私は少し特殊な状況になってる。だから、もしかしたら可能かもしれない」

「え、え?」


 メイは混乱して、何から問いただせばいいのかもわからない。

 それでもシオンは揺るがず、代わると言った言葉を撤回もしない。


 メイも嘘でも冗談でもないと察して、息を飲んだ。

 そうして理解したことをみて、シオンは大穴の淵へと足を向ける。

 鬼女を形作る煤のような黒いものが溢れる大穴は、触れれば鬼女に触れるように枯れ死ぬことは想像に難くない場所だった。


毎日更新

次回:生贄の巫女2

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ