七十二話:鬼女4
ケンノシンは死んだ。
死ぬと六台がツキモリを攫ったように、形を変えて内側にケンノシンの遺体を引き込む。
ただその姿を見て、メイもミツクリも何も言えない。
(とんだ呪縛を残してくれたな)
シオンはケンノシンがいた場所を睨んで、口にはしない恨み言を向けた。
するとミツクリが、ケンノシンの最後の言葉に動揺を吐露する。
「なんで…………でも、勇者はそう、だけど…………」
ミツクリは顔面蒼白のメイを見た。
ケンノシンが語ったのは、巫女についての記述。
そこには、巫女と呼ばれる異邦の魂を持つ者たちの末路について書かれていた。
「そう、だよね。巫女って、神さまに仕える人で、この土地が神さまで…………生贄」
メイは呟くと自身の腕を抱いて身震いする。
ケンノシンは、世界の悪性を封じるために巫女は表の世界から生贄として送り込まれるという記述があったことを教えた。
そしてこの世界に落ちてきた巫女は、一定年齢まで育つと、死と共に奇跡を起こす。
空を作り、海を作り、現れる妖魔と戦う顕現という力を与えたのは巫女の死によるのだと。
振り返れば六台の下には黒い鬼女の群れが、三々五々蠢いている。
大きな群れではないが、それでも見れば目につく程度には多い。
巫女の起こす奇跡がなければ、救われないほど。
早晩、この陸にいる人間たちは、鬼女に襲われて枯れるように死んでいくだろう。
「行く」
「え!?」
「待て、カサガミ!」
カサガミがメイの手を引いて六台を下る。
シオンは慌てて追うが、降りる階段は狭く滑落を恐れて後に続くことしかできない。
シオンは振り返り、目が合うとミツクリは震える声で言った。
「俺は、いいんだ。六台が勇者を人柱にするってことは、知らされてたし。勇者はそうするもんだってちゃんと覚悟してきた。けど、メイは…………」
ケンノシンはミツクリにも、残る六台に身を奉げろと遺言している。
残る人柱のない六台は二つ、けれど残った勇者は一人。
「もう人柱になっても、意味はないかもしれない」
「それでも、俺たちが死んで、まだ他の陸が残ってて、新しい勇者が選ばれたら、六台の最後の一つを起動して、結界が張れるんだ。魔王を、この陸から出さない結界が」
勇者に知らされているのは、魔王を封じる法としての六台。
それによって誘拐という蛮行は阻止されるという。
ただその実、魔王を人柱に海の呪いを封じるなどという本来の目的は、長く暗躍した残り火によって抹消されていた。
そのため、勇者たちは誤解している。
六台はこの大陸ごと魔王を隔離するためのものだと。
「そうすれば、この鬼女が海を渡ることもなくなるんだ」
「巫女は、永劫に救われないな」
シオンは言ってから口を押える。
ミツクリは泣きそうな顔で笑うしかないと言った表情を浮かべた。
「言えた義理じゃねぇけど、知らなかったんだ。巫女が生贄なんて。けど、俺は…………世界に滅んでほしくない」
だからミツクリは呪いによって鬼女となった巫女の怨念を封じ込めるという。
少なくともミツクリはメイの死を勧めはしない。
そのことにシオンは一つ息を吐く。
(問題は、義を成そうと逸るカサガミか)
降りて行く先では、退路を守る勇者軍が苦闘しており、シオンは声をかける。
「上に避難を! 鬼女の鈍い動きなら、落とせば時間を稼げる!」
「逃げてくる奴がいたら保護してやれ! ともかく生き残れ!」
ミツクリも指示を残すが、その間も、カサガミはメイを連れて馬に乗ると、鬼女の中を進み始めていた。
三傑一と言われる腕前は確かだ。
その上で、確実に鬼女の首を落として動けなくしてから進んでいる。
「おい、待てよ!」
「ミツクリ、正面からよりも回り込もう!」
置いて行かれるシオンとミツクリは、鬼女を一撃で動けなくするようなことはできない。
それならいっそ、動きの鈍い鬼女の合間を縫うほうがいいと馬を操る。
一人乗りのシオンとミツクリは、二人を乗せた馬よりも身軽なため、追いついた。
「メイ! それ以上は、危険だ!」
「でも、でも…………みんな、命、かけてて」
馬を寄せようとするシオンに、メイは振り返りながら迷いを口にする。
勇者たちも、もう残るはミツクリだけ。
誰もが自分よりも誰かのために戦って死んでいった。
見ていた、聞いたメイは、亡くなった者を惜しむからこそ自分だけ助かりたいと言えない。
そんな者たちの決意と献身を否定するようなことは言えなかった。
「戦え。役立たずでいいのか」
カサガミは冷淡にメイへと言葉を投げる。
その言葉に、メイは姉のトノを思い出し顔を歪めた。
「う、うぅ…………」
メイはただ悲しいだけではない腹立たしさも交えた呻きを漏らす。
同時に顕現の領巾を出して、寄って来る鬼女を牽制することをし始めた。
メイも対応したことで、シオンは距離を取ってミツクリと挟む形で守りに入る。
その上でカサガミに問いかけた。
「カサガミ! 何処へ向かっている!?」
シオンは少しずつ近づく上空の黄龍を見上げて、馬上から声を上げた。
「鬼女の対策で予言と封印のこと聞いてた。中央の龍のことも。あの龍の下に、生贄を捧げる祭壇と穴がある」
カサガミの言葉に、メイは身を固く。
「祭壇からの攻撃しか、届かない。だから陛下が存命だったら、僕がそこへ陛下をお連れするはずだった」
「わ、私たちが、倒しちゃったから、こんなことになったの?」
メイは周囲を見て、震える。
通りすぎる町からは混乱と苦痛の声が響き、火の不始末か火災が起きているところも目についた。
顕現を使って必死に応戦している者もいるが、大量の鬼女になすすべがない。
メイは人々の日常が崩壊する様子に恐怖を浮かべた。
シオンはそんなメイの意識を逸らすためにあえて言う。
「メイ、魔王を殺したのは私だ。そうでなければ、魔王の臣下たちだ。メイが気に病むことじゃない」
「でも! 私が、いたから、勇者は…………戦いは…………」
シオンの慰めに、メイは反発の言葉を口にした。
そして思い出すのは、争いの原因だと指弾した姉の言葉。
「おしゃべりは終わり」
カサガミが冷たく告げた。
「巫女の存在に気づかれた」
上空から黄龍が、緩慢さを感じさせる動きで顔を向ける。
そのまま下降するように体勢が崩れ、確実に上空からメイを襲う形で降下を始めた。
「なんで巫女がこんな化け物になるんだよ!? あんまりだろ!」
「ミツクリ、いとほしがりけるは叶わじ説くを許さじ、だ。憐れむな、諭すな」
鬼女の正体を知ってメイと重ねるミツクリに、シオンは三つ目の予言の一節を口にする。
アヤツはそれを魔王に対してのものであると解釈した。
けれどシオンは鬼女となった巫女に向けての言葉だという。
「…………そう、だな。生贄にされて、この世界のために、それが呪いでこんなの、憐れまれても腹が立つし、諭されるなんてまっぴらだろうな」
ミツクリの言葉に、メイは歯噛みする。
その言葉は自らにも深く刺さったのだ。
世界のための生贄。
その末路が呪いに侵された鬼女として、人々を襲う化け物になること。
「本当、まっぴらだよ」
「避けろ」
カサガミはメイの様子など気にせず、乱暴に馬首を動かす。
まだ黄龍は遠いように見えるが、回避のために動くには遅くない。
星が落ちてくる時には遠ければ遅く感じ、近いと思った時には遅かった。
そんな経験から、シオンもミツクリも指示に従う。
十分に距離を取ったはずが、黄龍の家屋ほどの大きさがある顔はすぐさま横を通りすぎた。
あまりの大きさに、メイであっても倒せないことは一目瞭然だ。
「ここまで降りてくれば顕現が届く。馬を降りる」
カサガミは黄龍に怯えるそぶりすらなく、淡々とそう指示を出した。
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