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七十一話:鬼女3

 陸の中央の空に、赤い空を背に鬼女の黄龍が現れた。

 そして国中に鬼女が湧き、魔王軍も勇者軍も対処はできない。


「なんでこんなに凶暴になってんだ!?」


 ミツクリが飛びかかるという、今までにない動きをする鬼女に矢を連射して遠ざける。

 動きが鈍ったところをメイが領巾で包み祓うが、数が多すぎて対応しきれていなかった。


 勇者軍は一丸となって、都から南東の六台を目指して進む。

 ケンノシンはどの六台に人柱がささげられたかを知っていた。

 そして向かう先はもっとも近い、人柱の奉げられていない六台だという。


「シオン、やっぱり顕現出せないなら下がって!」

「大丈夫、メイの周囲を警戒するくらいの役には立てる」


 シオンは鬼女の対策として前に出ることを頼まれたが、今の顕現では無理だと断った。

 実際に魔王の死に臨んだ者は、シオンの顕現が崩れるさまを見ている。

 今こうして何ごともなく済んでいることがおかしいため、無理だと言われれば強要したところで死者が増えるだけ。


 勇者軍は、身を守るばかりで精いっぱいだ。

 そんな中で、自衛とは言え戦うカサガミの存在は助けになった。


「ヤオエ、僕と戦え! 僕はお前の弟を殺したんだぞ!」

「無理を、言うな」


 カサガミは守られて運ばれるケンノシンにまとわりつく。

 ケンノシンは無防備だが、カサガミが張り付いているため鬼女は近寄れずにすんだ。


 ケンノシンは衰えるばかりの年齢の上、魔王軍を相手にジンダユウの代わりに指揮を執って戦場に立った。

 さらにその後はカサガミと一時戦闘し、戻った時にも魔王の城へと攻め入る中で休みなく。

 そうして体力の足りなさを気力で補っていたところを、鬼女に襲われたのだ。

 休ませる必要があるのに、何処にも憩える場所はなく、体力がもたない。


「弟は…………悪だった」


 ケンノシンは諦めたように呟く。

 その半生は、魔王にさらわれた者のための戦いだった。

 身を投じたきっかけは弟が攫われたこと。

 しかし魔王は悪性の強い者を攫い、自らの国に閉じ込めたことはカガヤが語り、シオンやメイの口から聞いている。


(納得しか、なかったな)


 ケンノシンは自嘲するほど、弟の性質が悪いことは身内なら知っていた。

 それでも家族としての情があり、被害に遭う者の恐怖や悲嘆を放っておけず戦っていた。


 また関わったからこそ、攫われる者の共通した素行の悪さも気づいていたのだ。

 誘拐された者の身内の中には、取り返す必要はないという者も確かにいた。


「だから討たれた。それだけだ。ましてや親の過ちを子が正す。なんのおかしなこともなかろう」


 カサガミは父親を殺したと、ケンノシンに告げている。

 その父親こそが、攫われた弟だと。


「母親を殺した者は敵だ。仇討ちに正統性はある」


 ケンノシンはカサガミから、父親を殺したきっかけも聞いていた。

 日々暴力を振るわれていた母と娘。

 娘を庇った母が打ちどころ悪く、娘の目の前で息を引き取った。


 そして父親はお前のせいだと娘に責任転嫁。

 その末に追い詰められたカサガミは顕現で、父親の首を刈ったという。

 親殺しの罪人として引き出されたところを、魔王によって拾われ、その顕現の特殊性に目をつけられ魔王の兵となり、三傑と呼ばれるほどの力を示した。


「親を殺したことに罪悪感を覚えるのは、その心根が確かに正しいからだ」


 ケンノシンはカサガミを、死に場所を求めていると見た。

 そして死を求める相手として、殺した父親の血縁者を求めていたのだと理解している。


 過ちを正す、仇討ちの正当性、正しい者による制裁。

 それらはカサガミがケンノシンに求めたことだった。


「僕は許されない」


 ただカサガミは、ケンノシンの説得にも応じない。

 周囲では今も鬼女と戦い、カサガミも鬼女を屠りながらの返答だ。


 その姿をじっと見たケンノシンは、一度固く目を閉じる。


(許されないのは、この身だけで良かろう。知ってなお、やらねばならぬと思い決めたのならば、後悔はすまい。憎まれようと、罵られようと、ただ世界のために)


 ケンノシンは目を開いてカサガミに言った。


「正しく報いを受けたいのであれば、義を成せ」

「義?」

「滅び行くこの世界を救う、巫女を守り、その役目を果たす助けとなり、義を成せ」

「陛下はできないと言った」

「やるしかない」


 シオンはその会話を聞いて、ケンノシンを見る。

 気づいたケンノシンも視線を受け止めた。

 消耗し、命さえ消えようとするケンノシンは、弱弱しさなど見せずに口を開く。


「やみの淵の底ならば白々はいだにのぼらん、利鎌のもり麗しうとも奉ずる花の清らなり」


 ケンノシンが予言の二節を唱える。


(病んだ闇の底なら、白い灰だけが這い昇る。鋭い鎌の守りと立派な供を連れた巫女は美しい)


 シオンはその予言に、ケンノシンがカサガミとシオンを当てはめていることに気づく。

 だからこそ、返す言葉は決まっていた。


「献じばやなどと、言えるわけがない」


 否定するシオンに、ケンノシンは揺らがず反論する。


「この鬼女を治めるには、それしかない」


 予言は、献じばやと思はば鬼諫め隠るを慰む、とある。

 鬼女を祓う巫女についての記述であるというのは、シオンとケンノシンの共通の認識。

 その前の巫女の美しさなどは、鬼女を祓う要件であると読める。


「夜のなづむよりとある。夜が、ふける前に行わなければ、その後の暁のおこれる時に、間に合わない」


 ケンノシンは答えないシオンから、カサガミに視線を移した。


「義を成せ。それが浄罪となる」

「…………わかった」


 カサガミは何処か縋るように応じる。

 ケンノシンは死に場所を探していると言っていたとおり、カサガミは死に瀕したケンノシンに殺されることはできないと見て、方針を転換した。

 代わりに方法を教えられたなら、迷う理由もない。


 そうして鬼女が湧く中を進み、六台に上ってケンノシンを下ろす。


「伝えて、おくことがある」


 ケンノシンは苦しい息の下から、それでもなお、遺す者たちに告げた。

 その姿はジンダユウにも似て、死を覚悟した上での最後のあがき。


「その前に、確認だ。…………シオン、そなたは鬼女か?」


 聞いていたメイとミツクリが驚く。


 人々を襲う鬼女とは別の、鬼道を操る女。

 シオンは疑われていることを承知でいたため、淡々と答えた。


「違う。私に鬼道は使えない」


 ケンノシンは探るように見るが、シオンからすれば事実であるためそれ以上答える言葉は持たなかった。


 そんなシオンの横顔を見て、ミツクリが気づく。


「シオン、もしかして記憶戻ってるのか?」

「え、そうなの?」

「なんの足しにもならない記憶だった。私にはもう身内も知人もいない。今私にあるのは、メイと出会ってからのものばかりだ」


 メイが聞くと、シオンは天涯孤独の身を語る。

 思い出したのは魔王の死に際。

 記憶のない別人のようだった自らの顕現が崩れる中、本来の記憶を取り戻したからこそ、シオンはかりそめの顕現が形を失くす影響を受けずに済んだのだ。

 本来の心の形を取り戻すことによって。


 その間にケンノシンは苦しい息を整えて言った。


「これから言うことは、ツキモリとクロウが繋いだ情報からの推測。だが、ほぼ確定だ。心して、聞け」

「う、うん」


 ケンノシンに見据えられたメイが、身構えながらも耳を澄ます。


(止める、べきだろうか?)


 シオンはメイを思うからこそ、迷って何も言わないことを選んだ。

 知らなければ選べず、選べないまま終われば後悔しか残らない。


「救世の巫女よ、どうかこの世界を救ってくれ。この身はいくらでも恨んでも憎んでもかまわない。だが、どうか世界を、未来を、頼む」


 不穏な言葉にメイはしり込みをする。

 ただケンノシンは死に瀕してなお強い目で、メイに非常な事実を突きつけた。


毎日更新

次回:鬼女4

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