六十九話:鬼女1
アヤツはカガヤを追って馬を走らせていた。
遠く飛ぶ鳥の影は、いびつな形をしていて見失うことはない。
ただ矢も届かない高さを飛ばれては、捕まえることもかなわなかった。
「くそ!」
三傑の権限で汽車も動かしたが、見失わないだけでカガヤを追いかけることしかできない。
他の陸にはない、魔王が作り出した移動手段。
鬼女への対処をいち早く成すために整えられたが、鬼女のように変貌したカガヤを追うだけで精一杯。
アヤツは都を離れて南へと移動していた。
(まさかこんなことになるとは! 傀儡どもが城内を押さえるのは時間の問題だ。ただ勇者軍には逃げられる…………)
それでも、魔王の首が必要だった。
予言の強制力は魔王にも襲うことは、広間で斃れる姿を見て痛感している。
決してアヤツでは敵わないカタシハも、少しの欺瞞と計略で殺すこともできた。
だからこそ、ことを起こし成すためには、予言に従わなければならないとアヤツは思い詰めている。
「このままでは予言の遂行が…………いや、予言はもう一つある」
アヤツは閃き、予言の一節を口にした。
「確か、尋ねて償へる思ひあらば今一度の知るしありなむ」
空に映し出されたものと、勇者側からも確認のために見せられた三つ目の予言の最後の文章。
「調べて、埋め合わせるつもりなら、もう一度、知ることもきっとあるだろう」
訳を口にするアヤツに、周囲は無反応だ。
三面鏡の顕現は、嘘を見破れる。
それとは別に、自らの考えを相手に刷り込む能力もあった。
周辺にいるのは、アヤツこそが正しく、従う以外の意志など必要ないと刷り込み、傀儡と化した者たち。
「まるで、今の私の状況か。つまり、あの予言の最後の一つを紐解けば、足りなかった部分がわかると」
カタシハの死に際から符号する予言は、今までの状況とも合いすぎている。
そうなるべくして語られた巫女の予言の力は本物だ。
「全く、陛下の首を落として終わるほど、簡単な話でもないか」
アヤツは自嘲を吐くと、兵をわけて、少数にはカガヤの追跡を任せた。
残りは予言があるだろう場所へと向かう。
「ホオリには感謝しなくては」
ホオリと通じていた中で、予言の封印場所の予測を聞いていたのだ。
そうでなくても、勇者たちから予言の発見場所を聞けば想像がつく。
「北東、北西、南東とくれば、残るは南西」
アヤツは封印場所へ向かってまた馬を走らせた。
カガヤはどれほどの化け物かはわからない、前例がない。
それでも空を飛ぶ鳥は羽根を休める。
何れ空から降りる。
それを待つしかない。
もしくは何か手があるかもしれない予言を読むことで、無駄をなくすべきだ。
そう考えて行動したアヤツの予想は当たった。
南西の地の外れに、ずるずると毛が長く、尾も細い長い四つ足の鬼女がいた。
「さしずめ白虎ですか。しかし、大型の鬼女がいるならば、奥に…………あった」
勇者から聞き取った予言の封印は、大型の鬼女と、石造りの社という組み合わせ。
「巫女は鬼女を倒し、社を開いて三つの予言を手に入れたはず」
そんなことする必要をアヤツは感じない。
何より、巫女でないなら鬼女は倒せないのだ。
相手にするだけ無駄であると、アヤツは鬼女を考慮に入れないことにした。
「それよりも開かない社のほうが厄介。…………壊すしかないでしょうね」
すでに経年で劣化し、歪に傾いている。
アヤツは傀儡の顕現を確認して配置につかせた。
アヤツの三面鏡で操られた者は、正しい行いをしていると刷り込まれている。
つまり、自らの意思の元で行動しているのだ。
顕現を使えなくなることはなく、望んでやっていると思わされているのだから、敵わない鬼女に立ち向かえと命じられても反論一つしない。
「引きつけて、引き離せ」
アヤツの命令で、顕現を手にした者たちが白虎に向かって駆けだした。
中に縄の顕現を持つ者もおり、白虎の首にかけて遠慮なく引く。
それを他の者たちも一緒になって引き、社の前から動かそうとした。
もちろん鬼女も反撃をする。
しかし刷り込みで痛覚を失くしてある傀儡は悲鳴も上げず、全力で命令を遂行した。
それでも体自体の負荷がなくなるわけではない。
何人もが斃れて行くのを、アヤツはただ見ていた。
「そろそろいいでしょう。社を壊せ」
アヤツは金棒の顕現を持つ者に命じて向かわせる。
単身向かったが、途端に引き離した白虎が細い体をうねらせて戻ろうとした。
「社を守っている?」
予想外の行動に、アヤツは怪訝な面持ち。
しかし傀儡は金棒を打ち付けることをやめない。
それでも経年で歪んでいる割に頑丈で、金棒の殴打が十回を数えても壊れずにいた。
その間にも、白虎は引き離しの傀儡たちを倒して戻ろうとうごめいている。
「えぇい、他の者も加勢に向かえ」
アヤツは戻ろうとする白虎の動きに援軍を差し向けた。
そうして無理やり社を破壊した瞬間、社から逃げるように光が空へととんだ。
そして浮かび上がる青みのある墨の文字。
――守れる君なき国の誰そ彼時なす
急がなば去ぬる人の寝起く夜頃なす
立ちつればくがいのみ沈み天衝く
そら漏りたれば集く人のほむらのおそはる
夜のなづむより鎮めの花をこそ奉げるべし
やみの淵の底ならば白々はいだにのぼらん
利鎌のもり麗しうとも奉ずる花の清らなり
献じばやと思はば鬼諫め隠るを慰む
暁のおこれる向かひ火つけて焼き退まほしかば
六柱太敷く帳広げて籠目を閉ぢよ
白し灰昇り黒煤し沈まば火伏せがための座のえうず
詐りて煙る日輪凪の海炫見の影うつれる
真し猛る火屍のくにうつれる鑑
曙見しひとなれば言うはさらなり
アヤツは頭上の予言を見て、眉を顰めた。
「違う」
アヤツが求める答えなどない予言にそんな言葉が漏れる。
そして読める教養のあるアヤツはさらに顔を歪めた。
アヤツはそれが世界の終わりを語るように見える。
しかし、最初に目を戻し、前提条件を判じた。
「守れる君、つまり、王が不在のままだと、世界が終わる? そんなこと、させるものか」
消えゆく予言にアヤツは決意を呟く。
そして巻物が落ちてくるのを待ったが、何も現れない。
「そうか! 巻物は常に巫女の手に!」
言った時、白虎が猛った。
今までの静かな様子とも、防衛とも違う荒々しいその動きに、引き離していた傀儡が次々と踏みつけられて動けなくなっている。
「く、もう用はない! 退くぞ!」
言って、アヤツは傀儡を集めて撤退した。
しかし行く先から別の傀儡が現れる。
アヤツは顔を見て、すぐにカガヤを追った者だとわかった。
そして上を指す姿に気づくのと、上空から襲う影が同時。
「カガヤ!? 首は!」
四本の爪で襲われ、アヤツは地面を転がり回避する。
避けながら、一番の関心事について確認も怠らない。
カガヤの腕に抱かれていたはずが、額から上しか見えなかったがそこにある。
攻撃してきたカガヤの行動を考えようとしたアヤツは、さらに社の前から白虎の鬼女に追いつかれ息をのんだ。
「動かないんじゃなかったのか!」
猛った白虎がアヤツたちを狙って襲い掛かる。
「まだだ。まだ、予言には炫見とあった。あれは鏡だ。だったら、私にはまだやることがある!」
アヤツは自らの死はないと、逃走に全霊をかけた。
傀儡たちも、アヤツに従いまた白虎に対峙する。
「カガヤが私を狙うのならばいっそ好都合。敵を討ちたいのであれば来るがいい!」
アヤツは死なないという思いから、強気に言い放った。
ただ見落としていたのだ。
いつわりて、まことし、そんな言葉で始まる二つの文章。
そのどちらにも鏡が現れることろ。
鏡が一人を指すわけではないことを。
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