六十八話:消え行く勇者4
鏑矢が空を駆け、勇者軍に正面からの撤退を指揮していた。
メイがジンダユウに呼び出された後、シオンたちは共にジンダユウの元まで撤退する。
そのつもりでいたのだが、視界が光に包まれると、シオンとメイは別の場所にいた。
「え、あれ?」
ミツクリが驚きを漏らすと、周囲では御殿で共に戦った者たちも困惑顔。
辺りを見回す者たちの目に映るのは、陣幕に囲まれた、城へ攻め込む前の陣中だった。
誰もが状況を理解できず、まとめていたはずの勇者軍の姿もなく混乱していると、弾む声が上がる。
「どうだ、見たか!」
「ジンダユウ!?」
聞き覚えのある声にメイが笑顔を浮かべて発生源を見る。
けれどすぐにその表情は強張った。
シオンも見れば、そこには土気色をしたジンダユウが変わらず横たわっていたのだ。
「…………この人数を、一斉に移動させたのか? すごいな」
静かにシオンが賞賛すると、ジンダユウは死相の浮かぶ顔で口の端を持ち上げる。
しかし少し動くだけで、決して笑みとも言えない顔の引き攣りだった。
「果たしたか?」
「もちろんだ」
問うジンダユウに、ケンノシンは力強く応じる。
短い言葉だが、それが今のジンダユウには精一杯。
それと同時に気が緩むように息を吐くジンダユウは、呼吸さえ苦しげだ。
ジンダユウは死に瀕して、顕現の能力の拡張に成功した。
自らの命を賭しても、仲間を無事に逃がす。
その一念で、複数人を呼び出す力を得た。
その分命を脅かすほどに負担がかかるが、ジンダユウはおくびにも出そうとはしない。
「もう行け」
「ジンダユウ」
「メイ。行かないと、ジンダユウは休めない」
メイが縋ろうとするのを、シオンは止める。
ジンダユウは細く息を整えて言った。
「あぁ、そうだ。もう疲れた。俺は休みたいんだ。だからさっさと行け」
それは強がりであり、メイへの気遣いだった。
その上で、自分が死ぬ前に無事でいるのだという確証がほしい我儘でもある。
魔王討伐を果たして、それでも鏑矢が鳴った理由をジンダユウも理解している。
別の事態が進行しており、撤退が必要になったのだ。
ただわかっても、もうジンダユウには動くことはできない、共に行くことはできない。
だから、無事で去っていくように言葉で背を押した。
「…………なんだ、あれ?」
異変に気付いたのは目の良いミツクリ。
空に光るものがあると、気づいた者たちが口々に言い合い、騒然とし始める。
真っ直ぐ飛んでくる光は、状況として黒い星が落ちた時に似ていた。
陣内は迎撃よりも退避を選び、誰もいない地面に光が突き刺さる。
突き立ったのは、光の槍だった。
「これは、クロウの…………」
クロウの顕現であると見て、ケンノシンは近づき、括りつけられた上衣に気づく。
そして広げればいくつもの書物が転がり出た。
「待て、おい、その着物」
気づいたのはジンダユウであり、クロウの着物には穴が開いていた。
背中から胸へと貫く、致命の穴が。
誰もがそれでクロウに起きた異変に気付く。
そして肯定するように槍は光を弱め、ただの槍になると、崩れるように消えた。
「え、え? あのクロウって人、どうしたの?」
「何者かに、襲われたんだろう」
ついて行けないメイに、シオンは少しだけ曖昧な言葉を選んだ。
他の者は、クロウの死を悟って無言。
ケンノシンは書物を握りしめて歯噛みする。
その姿にミツクリが聞いた。
「ケンさん、それは?」
「ツキモリが、魔王の城で得た、魔王の過去に関わる文献だと思われる。魔王討伐の役に立てろと、隠していたものをクロウに回収してもらったのだ」
「みせ、てくれ」
ジンダユウが息も絶え絶えに、余計なことは聞かず求める。
そして一つを見るとすぐに奥付を確認した。
そこにワタツミという自らの家名を見出す。
途端に霞む目に力を込めて速読。
あらかたを読み終えると、口を歪めた。
「俺の、家に、伝わるものと、内容が、違う。残り火、なんてことについては、載ってない」
「それなら、残り火自身が抹消したんだろう。争う魔王の手元にある文献には手をつけられなかったようだが」
シオンが言えば、ケンノシンは別の文献を急いで捲る。
「カタシハは、魔王の正体が讐の士であると考えたらしい。そしてともに復讐をした鬼女を殺してその力を奪い、長寿を得ることで、残り火と争い続けていたと」
「なぁ、これ」
ミツクリは、書物にある絵図を指して声をかけた。
そこには、獅子の顔の図案と、その裏をさらに描いた御恩の文字。
シオンの太刀についたものと同じ絵が、描かれていた。
「俺にはなんて書いてあるかわからない古い文字だけど、これ、シオンのと同じ?」
「これは、鬼女と讐の士、台国の復讐に賛同する者たちが身に着けていた飾りだと書いてある。元は台国の大王が功を上げた臣下に送り、その裏に、臣下たちが君主を称えて御恩の文字を加えたと」
シオンが読んで教えると、メイは太刀を見下ろして呟く。
「つまり、シオンって台国っていう古い国の人の子孫?」
「今は、それより、この、残り火だ」
ジンダユウが、人間にとり憑いて成り代わるという部分を指して言った。
少なくともジンダユウの顕現で呼び出せた、この場の者たちは信頼できる仲間だ。
残り火が本気でそう思えるような存在であるならわからないが、暫定的にこの場の者たちは信頼し合うしかない。
残り火と記録される敵の存在について、勇者たちはようやく知った。
魔王と争い、世界を荒らす目的のある敵対者。
それは勇者たちにとっても敵でしかない存在。
「燃えている。残り火とあだ名されるように、火と関りのある者なのであろうか。そうであれば、予言に書かれた火は、残り火のことかもしれぬ」
ケンノシンが文献の端が焦げていることを見て呟く。
魔王が死んだ頃、アヤツも害さなかったクロウは、残り火に殺されたことが想像できた。
「ともかく、立て直せ。まだ終わってないかもしれない」
ジンダユウが苦しい息の下から、助言を告げる。
ミツクリがその声を聞き、どうすべきか案に耳を傾けた。
シオンは自責の念で書物を検めるケンノシンを見る。
(鬼女の記述)
横目に、何を読んでいるかを確かめた。
鬼女が鬼道を操る女であること、そして復讐に走ったことが書かれている。
さらには、鬼道を操る女の身元を推測する文章もあり、そこには世間で知られない内容がつづられていた。
(鬼女は世界の悪性を憎んだ巫女の成れの果て)
読んだシオンはそこでケンノシンと目が合う。
探るようなケンノシンに、シオンはまだ落ちている文献を拾って差し出した。
「ここでは戦えない。それに、魔王は最後にカサガミを動かした」
「鬼女…………」
ケンノシンも、鬼女が出るからカサガミを呼び戻せと言ったのを思い出す。
鬼女が出る、呼び戻せ、この二つを合わせれば、何処に鬼女が出るか推測は容易だ。
「都に、鬼女が現れる?」
ケンノシンの言葉に、話し込んでいたジンダユウとミツクリが反応する。
そして視線は、鬼女への唯一の対抗策である、救世の巫女へと集まった。
「どういう、ことだ?」
「魔王が死ぬ前に予言に沿って指示を出したんだ。カサガミを呼び戻せって」
ミツクリの説明に、ジンダユウは眉を顰める。
三傑で最も戦力があり、独力で鬼女を追い払うことができる存在が必要になるのだ。
「早く、都から、離れろ。ここは、危ない」
ジンダユウが危惧するのは、鬼女を相手にしても魔王軍の残党から背中を狙われることだった。
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