六十六話:消え行く勇者2
カガヤが飛ぶ。
普通人にはそんなことできはしない。
けれどカガヤは今、人から離れようとしていた。
「に…………逃がすな!」
アヤツが状況になんとか追いつき、周囲に命じる。
その目は、カガヤの腕に抱かれた魔王の首を見ていた。
(そうか、首がなければ葬儀もできない)
ましてや予言に語られた、首と次の治世は連動している。
魔王の後に座ろうというアヤツにとって慌てるほどの事態だった。
しかし、アヤツの配下が恐れもせずにカガヤを掴んでも、靄に包まれてずたずたされるばかり。
「アヤツの周囲の者たちは、正気を失っているように見える」
「確かにあんなのに掴みかかって行って悲鳴も上げないなんて」
シオンの言葉にミツクリは顔を歪める。
臣下は絶叫したことを思えば、あの靄自体がカガヤの顕現と同じで他害の能力があった。
ケンノシンは、首を奪い返せと指示を出すアヤツを見据える。
「アヤツの顕現は鏡。嘘を見破る以外の能力があったのやもしれん」
「つまり、あの人たち操られてるの? あのアヤツって人に?」
メイが同情の色を浮かべると、すぐにケンノシンが首を横に振った。
「今は、こちらの身の安全が先決。この騒ぎに紛れて逃げよう」
「まぁ、首取ることもできねぇし、アヤツと今は争うだけ無駄だ」
ミツクリも同意するが、裏切りに対して思うこともあり眉間は険しい。
ただ逃亡のためにも、カガヤと争う様子に合わせて動こうと口を閉じる。
そうして見定めていると、カガヤの人間の顔に向けて弓を引き絞るアヤツの配下が出た。
シオンとメイは思わず叫ぶ。
「「カガヤ逃げて!」」
カガヤは大きく羽ばたいて矢を避けた。
そしてシオンとメイに顔を向ける。
瞬いた一瞬、黒く染まった目が普段のカガヤに戻った。
しかし、すぐにまた黒く戻ると、振り返りもせず広間を飛び回る。
降りかかる黒い靄に苦痛の声を上げる者もあれば、アヤツの配下は悲鳴こそ上げないまでも、痛みに体の動きが悪くなった。
そうして群がる者たちを無差別に攻撃したカガヤは、襖に体当たりをして広間を出る。
「今だ!」
ケンノシンの号令で、勇者軍は一丸となってカガヤとは別の方向へ走った。
アヤツはカガヤを追うことを優先したが、勇者たちを捕らえるよう、他の兵に指示も出す。
シオンはメイを抱えるように走りながら、呟きを聞いた。
「なんで、こんな…………。終わると思ったのに…………」
「いや、まだ終わらない」
返された言葉に、メイはシオンの袖を強く掴んで見上げる。
「これからが、始まりだ」
シオンの呟きは周囲で交わされる怒号に紛れて消えた。
「鏑矢は!?」
「ここだとジンダユウに聞こえない!」
メイだけは逃がそうとするケンノシンだが、ミツクリが場所が悪いと答える。
「ね、ねぇ! そう言えばクロウは?」
メイが不在の勇者の名を上げる。
別れた時にはアヤツを捜すという役割も負っていたのだ。
当のアヤツは配下を連れて広間に現れ、魔王の後継を狙う言葉を口にし実行に移した。
そして手を組んだはずの勇者もまた裏切る行い。
クロウの身が危ぶまれる。
追放と言っていたがメイ以外は信じていない。
跡を継ぐなら、先代を殺した相手を始末しなければ後継者の瑕疵とされることを知っている。
(温い処罰で警戒心を緩めて、一度武装を解除させてから潰す算段か)
シオンは御殿の中を走りながら、アヤツの思惑を考えた。
(勇者は外から、やって来た。従う者が今は多くても、この国の者たちだ。引き離して処分するには追放はいい理由になる。もしくは粛清のために、勇者側から協力者の名前を出させて統治を盤石にする算段か)
シオンは冷静に、アヤツの今後の動きと対応を検討しながら御殿を走る。
顕現が崩れ、身の内を苛む激痛が去り、そうして残ったのは、やはり静かな心持ちだった。
(…………私は結局、そういう人間なのだろう)
前はそんなものだと納得して歯牙にもかけなかったものだ。
けれど今は少しだけ寂しさを覚える。
他人に寄り添えないことを知ってしまった。
寄り添っていた相手がいただろうことをも悪夢の中に思い出した。
けれど今、メイを守って御殿を脱出し、その先の対応までを考えるシオンは、悲しみなど抱いていない。
(メイのようにはできないな。それとも、こうしてメイだけはと思うのが、死者に報いるための行動なのだろうか?)
ホオリの不在に心乱し、ジンダユウの死を拒否したメイ。
今も、嫌った姉の死を抱え、魔王という相対した相手の悲惨な最後に顔色を失くし、人の道を外れたカガヤを心配している。
シオンはそんなメイだからこそ、こんな場からは一刻も早く逃がしたいと思った。
予言に関してアヤツもメイに目をつけたことで、よりその思いは強まっている。
「ミツクリ、ともかく鏑矢の届く範囲まで言ったら、まずはメイを…………」
「あぁ!」
「え、私?」
ミツクリは即応するが、メイだけは何があるのかとわからない顔。
だが、誰も何も言わない。
一人だけ先に逃がされると知れば、メイが他人を気遣って留まろうとすることを知っていた。
御殿から飛び出した勇者軍は、まだ争いが続いている中を走る。
「魔王は斃れた! 我々は撤退する!」
ケンノシンが御殿周辺の勇者軍を集めようと声を上げた。
戦っていた魔王軍はすぐには信じない。
見た者たちさえすぐには信じられなかったのだから、それだけ魔王の存在の大きさがうかがえる。
「戦うのやめろ! ともかく勇者軍は退け!」
ミツクリも命じて、兵を集めて向かうのはクロウが確保に回った脱出路。
「クロウはどうした?」
退路確保に当たっていた者にケンノシンは聞く。
「アヤツどのと別れて、都外への脱出路の確保と、ケンノシンさまからのご依頼を果たすと」
「あれか。今でなくともよいと言ったのに」
ケンノシンは、クロウが律儀に行動していることに眉を顰めた。
「ケンさんどうする? 重要なことか?」
「いや、今となっては不要。だからこそ、クロウに言うのではなかった」
勇者が一人別行動をしている。
ただ行先はわかっている上に、撤退をする今となっては、合流は問題ない。
アヤツもクロウを攻撃せず別れたこともわかった。
「ここはアヤツに知られているなら、何かあるかもしれない」
シオンが懸念を口にすると、ミツクリも盛大に口角を下げる。
「あいつそういうことしそう。ってなると、別を通って退くか。混乱状態だから今ならいっそ正面から出られる」
そう言ってミツクリが周囲を確認した。
同時に空を見て目を瞠る。
つられてシオンも見れば、そこには黒い異形の鳥が舞っていた。
白く薄明の空は変わらず。
それでも一刻もすれば空は赤くなるだろう。
そんな空を比翼の鳥が飛ぶ。
「夜がくる…………」
シオンの呟きにメイは絞り出すように、祈るように呟いた。
「ジンダユウ…………」
ミツクリもその言葉を聞くと、迷いなく鏑矢を靫から取り出し弓を引き絞る。
カガヤが手の届かない空高くへのがれたなら、アヤツが追跡に動く可能性が高くなった。
となれば、メイを逃がすことが先決となる。
ミツクリが放った鏑矢は、大きく音を立てて空へと昇った。
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