六十三話:勇者の月衛3
魔王は、勇者は殺すなと言った。
けれど後から駆けつけたカガヤは、激情に任せてツキモリを斬る。
あえて顕現を解いたツキモリは、袈裟懸けに斬られて激しく血を流した。
「この四年、魔王が絶対に、しなかったことだ」
四年前に魔王に寝返ってから、ツキモリが今まで無事でいた理由。
笑うツキモリの言葉の意味がわかったのは、同じ勇者だった。
「自ら死を呼ぶとは馬鹿なことを!」
「お、おい! お前まさか六台の!」
ケンノシンとミツクリが顔色を変える。
倒れるツキモリに近寄るため、魔王に猛攻を仕掛けた。
当の魔王も眉を顰めて距離を取るとカガヤに告げる。
「余計なことをするな」
「ひ、わ、我が君?」
カガヤは魔王の不興を買ったことに怯えて、ツキモリに向けていた激情が霧散した。
汗が浮かび、唇が震えるカガヤからは、失敗に対する後悔と焦り、恐怖と不安が現れる。
同時に、心を表す顕現の勾玉が斜めに引き延ばされるように形を変えて歪んだ。
「あ、わ、私が回復、助けなきゃ…………!」
「メイ、駄目。魔王が見てる」
魔王はもうカガヤには目を向けていなかった。
そしてメイを殺すために太刀を握っている。
シオンが止めなければ駆け寄るメイが切られていただろう。
ただそのことで、突如現れて加勢したツキモリはこと切れる。
瞬間、岩が擦れるような音がした。
音がするのは足元、六台からだった。
あまりの音と揺れに誰もが悲鳴を上げて柱や床に縋る中、魔王だけは冷静だ。
まるで何が起きているか、全てを見通すように。
「霊屋の三つ目が埋まったか」
「霊屋に刻みつ名のありぬれば! このことか…………!」
ケンノシンが驚愕し、後悔に顔を顰める。
同時に床板を割って突如として石が突き出た。
ミツクリとケンノシンは、飛びのくことで避けるが、すでに屍と化したツキモリの体はその場に残される。
「ケンさん! ツキモリが!?」
ミツクリの声に見れば、ツキモリの遺体が岩が作った穴の中に飲み込まれるように消えた。
その穴も、突き出た岩と共に塞がり、ただの六台の表面へと戻る。
何もなかったかのように見えるが、確かに御殿の床には穴が開いていた。
退いて来たケンノシンとミツクリに、メイはともかく状況を確認する。
「ねぇ、何が起きてるの!?」
言った途端、また魔王に異変が生じ、体が傾いだ。
カガヤは悲鳴を上げて慌てるが、魔王はうるさそうに手で制すだけ。
「六台だよ。この六台、昔の勇者が何代もかけて作った術。魔王を封じるための」
「あまりに強すぎる魔王を対象にしたため、これほど大きく堅牢さが必要だったと聞く」
ミツクリとケンノシンが、六台の本来の用途を教えた。
勇者たちには六台の使い方は伝えられており、その上で、ツキモリに起きた異変にシオンは眉を顰める。
「何故勇者はここで死ななければいけない?」
魔王が忌避し、ツキモリが画策したのは六台における勇者の死。
ミツクリが自棄のように答えた。
「この術は、勇者を人柱にしてしか動かないんだ…………!」
「そんな、なんで…………!?」
非難するようなメイには答えず、ケンノシンは不調を来す魔王を見据える。
「過去すでに二つの六台には勇者が自ら命をささげた。願いはただ魔王の討伐」
つまり予言の霊屋は墓地ではなく、六台のこと。
そして魔王が打倒されるまでの道筋の一つには、勇者が六台で死ぬ必要があった。
そうと知っていたからこそ、魔王は近づいて来たツキモリを殺すことはなかったのだ。
予言で残るは、わりなき咎に恨みうたふ声ぞ微せむが示す事象。
「あ、あぁ! あたしそんなつもりじゃ! 我が君、なんてことを! 我が君!」
カガヤも話を聞いて狼狽するが、今さらツキモリを殺したことを悔いても遅い。
だが魔王は謝罪には答えず、カガヤの顕現の歪みを見て冷淡に告げた。
「もう戦えないなら下がれ。いや、下げろ。カサガミを呼び戻せ。鬼女が出る」
魔王は何処までも淡々と命じた。
供回りは魔王の言葉に従い、嫌々と子供のように抵抗するカガヤを遠ざけ、広間から引き摺り出す。
「魔王は、すでに予言で起こることを把握しているということか。わりなき咎が、言われもなく呪いに侵され、鬼女になった者だということなら、あまりいいことではないだろうな」
シオンはカガヤから聞いた鬼女の正体を元に、不明の予言について口にした。
魔王は体勢を立て直そうとする勇者軍を眺めて、独り言のように呟く。
「害虫どもはどうでもいいが、壊れるのは…………。だが、それも致し方なし」
そうして、シオンたちに向かって、太刀を向けた。
踏み込んだところで太刀の間合いではない場所で。
その太刀の先端に、目が痛いほどの光が生じる。
それはとても小さく、指先ほどの大きさしかない光では、全く脅威は感じない。
けれどメイは、その正体に思い当たった。
「まさかビーム!? 駄目! みんな避けて! 追ってくる可能性もある!」
メイの言葉に勇者軍は従って、八方に散らばった。
しかし魔王は目にも止まらない速さの光線を放つ。
撃たれた者は溶けるように体を欠損し、そのまま頽れた。
あまりの早さと威力、そして途上にいた臣下さえも巻き込む攻撃力。
貫通した光線は、魔王が危惧したとおり人体を突き抜けて壁にも穴をあける。
「一人死んでしまえばもう勇者何人を殺そうとかまわん」
魔王の言葉にミツクリは悪態を吐く。
「くそ! 六台一つに一人だからって!」
人柱は六台に一つ一人の人柱を受け入れる。
すでにツキモリで枠が埋まった六台では、もはや勇者を殺しても変わらない。
どころか残る三つの六台に人柱が奉げられれば、その分魔王は弱められる。
今まで勇者を殺さないようにしていた魔王は、間違って殺すこともある攻撃に切り替えていた。
(重心が傾いでいる。ツキモリが命を懸けた六台の起動は確かに作用している。だが…………)
シオンはメイを半ば抱え込んで逃げていた。
それでも追って来る光線に、自ら避けつつ、メイをミツクリに向けて投げ渡すように逃がす。
(強さが陰ることがない!)
シオンは力が弱い代わりに身の軽さを使って、魔王と距離を詰めた。
光線を放たれる恐怖もない飛び込みに、ミツクリが合わせて連射し魔王の動きを遅らせ、シオンを守ろうとする。
ケンノシンも遅れてシオンに続き、無理やり近接戦闘に魔王を巻き込んだ。
そうなると六台による負荷によって、先ほどまでとは精彩にかける魔王。
だからと言って弱いとは言えない魔王の対応に、やはり攻撃を受けきれないシオンが弾き飛ばされた。
「妙な顕現だ」
思わず漏れたような魔王の呟き。
その後は興味もない様子でケンノシンの鉾を捌く。
ミツクリは果敢に矢を射て魔王を牽制し、その身でもってメイを守ろうと前に出た。
(私の顕現は、千年を生きた魔王でも見たことがないほど奇妙なのか)
シオンは場違いな失笑を漏らす。
その間に魔王は矢を避けて太刀をミツクリに向けた。
「まず一人」
ミツクリは光線が突き抜けることを思い出して、背後に庇ったメイを逃がそうと
自身の防御は考えずに動く。
それを見ながらシオンは口の端に笑みが浮かぶのを感じた。
(うん、生かせる、自らの死にも意味がある。そう思うのは少し笑ってしまうな)
シオンはあえて横から魔王へと攻撃を仕掛けた。
魔王は驚く様子もなく、近いシオンのほうへ光線の照準を変える。
七支刀で防御の構えをしながら一撃でも逸らして庇えることにシオンは安堵した。
その瞬間、初めて魔王と目が合い、陰気だと思ったその顔に、表情が浮かぶのを見る。
「まさか…………」
魔王が漏らす呟きは、放たれる光線に掻き消えた。
そして次の瞬間、七支刀に当たった光線は、全く無防備だった魔王の胸へと跳ね返る。
「あ、ぐ!?」
シオンは握る七支刀が耐えられないほど熱くなり、魔王と共に床に倒れ伏したのだった。
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