六十二話:勇者の月衛2
魔王が立ってからは一方的な展開となった。
「弱いな」
「…………っの!」
啖呵を切ったミツクリは、初撃で床に這わされる。
すぐに立ち直って弓を絞るが、矢を放つ前に追撃を食らった。
そもそもが弓を得意とするため、魔王に太刀の間合いを詰められた時点で敵わない。
ミツクリを攻撃した横合いの隙を狙って、ケンノシンが鉾を突き入れる。
しかし最低限の動きで避けた魔王は、鉾先を突き上げケンノシンの体勢を崩した。
斬りつける魔王の太刀は、寸前でシオンが七支刀の顕現で止めたが、元の力の違いでそのまま押し負けて床を転がる。
「シオン!」
「メイ、来るな!」
駆けつけようとするメイを止めるが、魔王は無慈悲に太刀を振り上げた。
そこにミツクリが矢を放ち、魔王を防御に回らせる。
ただメイを守ろうと立ちはだかった勇者軍の者たちは、容赦なく打ち払われた。
その実力は圧倒的。
さらにはメイから離れてしまえば、常に脱力し戦うことがままならない。
意気を高く保っても、瞬く間に窮地へと追い込まれていた。
(せめて、この妙な脱力がなくなれば…………!)
シオンは手に七支刀から伸びる領巾を巻きつけて、遅いながら力を失わないようにする。
魔王は力を振り絞って弓を引くミツクリに、勇者軍の者を投げつけ牽制。
ケンノシンには鉾の内側に入って殴りつけた。
(言ったとおり、殺さないのか)
シオンは鈍い足を動かして、メイを狙う魔王の背後を狙う。
しかしすぐさま半身を返して太刀を振るわれ、即座に対応された。
受け流しも半端になり、また床を転がることになる。
魔王は強い。
その上で謎の力を操り、誰も勝ちの目を見いだせない。
(あぁ、これは予言にもすがるか)
漠然とした支配者でしかなかった魔王に、シオンは敵として立つと、こうもままならない相手だということを初めて知った。
同時にここまで、魔王軍でまともに防衛もしない意味も、怯え騒ぐ臣下たちが魔王の側を離れない理由も理解する。
(結局は魔王を殺せる者がいないのか)
シオンは立ち上がると、また魔王の後ろから走り寄った。
しかし振られた太刀はシオンの頭上を通りすぎる。
シオンは魔王の動きに合わせて飛び込むように身を投げ出すと、転がる勢いで身を起こし、メイを背に立ち上がった。
他の者は緩慢にしか動けず、シオンほどの勢いを生むこともできない。
「え、シオン動けるの?」
「少しだけ。しかも時間がかかる」
メイに回復されるよりもよほど遅く、動けるとは言えない。
しかし今度は間も置かず、どころかずっと魔王が立ってから脱力が続くのだ。
そのためメイから離れるようにされたミツクリやケンノシンは戻ることも難しい。
また、メイの顕現が弱めるとわかっているため魔王も人的な守りを削ると同時に、メイの領巾を太刀で引き裂いていた。
心を形にした領巾を攻撃され、メイは苦しげな声を上げる。
それでも仲間を守るために、領巾を展開し続けていた。
「邪魔だ、もう終われ」
冷めた魔王の言葉は、庇っていたシオンを一太刀で薙ぎ払って告げられる。
メイはとっさにそんなシオンを掴みとめて、一緒に倒れた。
シオンはすぐに七支刀を立てて庇おうとするも、魔王の追撃は避けられない。
そして身を沿わせたメイごと切り裂かれる刃の軌道。
そう察した瞬間、魔王の膝が折れ、床につき、太刀があらぬ場所を打つ。
「ふぅ、ぎりぎり間に合ったか。その他者から力を奪う能力は、その身に反転させてもらった。こんな鬼道が残っているなんて、物持ちがいいのも考えものだ」
魔王は背後からの声に驚くことなく応じた。
「やはり動いたか、ツキモリ」
上段近くに、軽薄そうに笑う勇者の裏切り者。
ただ状況は明らかに違っていた。
「ツキモリは魔王の側近くで情報を得るために潜入していた」
短く言うのは、鉾を構え直したケンノシン。
全くの初耳である他の者たちは目を瞠るが、身に襲っていた脱力が消えた今信じるに足る状況がある。
それは魔王も同じだった。
「鬼道、か。そこまで古い記述を漁るとは勤勉なことだ」
「あんたは、思いのほか怠惰だった。殺されないと睨んで入り込んだ俺を放り出しもせずに探ることも咎めず。…………その上で、六台に手を加えていたな?」
「使えるのならば使う」
言うや、魔王は裏切ったツキモリではなく、メイへと太刀を向けた。
シオンはすぐさま立ってメイを引き、太刀の軌道から外す。
近い位置に移動していたケンノシンが、鉾を打ち込み今度は数合刃を交わせるほどに動けた。
それらの攻防に、呆然としていたミツクリは歯噛みする。
「あぁもう! そう言う大事なことは言え!」
「敵を騙すならまず味方からだ」
弓を引き絞るミツクリの横を走り抜け、ツキモリは軽口を吐きケンノシンの援護に入る。
ツキモリの顕現は鎧。
徒手空拳の武術の心得によって、魔王の懐近くでその動きを邪魔しながら、攻撃に耐える。
そのツキモリを盾にする形で、ミツクリは魔王の横面に矢を放った。
完全なる不意打ち。
しかし魔王は最小限の動きで矢を交わし、積んだ経験の違いを見せつける。
「シオン、シオン」
「だい、じょうぶ」
強がっても、魔王の攻撃でひどく痛手を負った。
それをメイが回復している。
回復に回せるくらいには、領巾を展開しなくても良くなったのだ。
ツキモリが鬼道を使ったというが、魔王は動きに変化はない。
一度は膝をついたがその後は、勇者三人を敵に回してまだ狼狽える様子もなかった。
(反転させたと言っていた。つまり他者から力を吸うということをしなければ、なんの影響もないのか)
つまりは最初に戻ったのだ。
「あの人、ツキモリって人、信じていいの?」
「ケンノシンどのとは連絡を取っていたという。それを魔王も承知していたようだ」
「なんで?」
「さて、六台が関わるようだが」
シオンは不安で一度足元に視線を落とす。
六台はかつての勇者が作り、術具を内部に抱えるために突き崩すことはできない。
そのため魔王も城の礎に使っているが、ツキモリの発言が正しければ、何か手を入れているという。
そう思えば、予言と合わせてここにいることに不安が湧く。
「ともかく、私の治療はもういい。できるだけ動けるものを集めて守りを…………」
シオンがメイの安全を確保しようとした時、激しい倒壊音が響く。
それと共に魔王の供回りごと、勇者軍が身を投げ出すように床を転がって苦痛を叫んだ。
そこから立ち上るのは黒い靄。
「我が君! ご無事ですか!?」
現れたのは三傑のカガヤ。
手にした勾玉で味方諸共攻撃し、魔王の下へと馳せ参じたのだ。
ただその勾玉は初めて会った時よりも二回りほど小さくなっている。
さらには色も何処かくすんで見えた。
「わぁ、カガヤ来ちゃったか。あいつ、ちゃんと足止めしろよ」
「ツキモリ…………! 貴様ぁ!? 我が君に何をしている!」
ツキモリは魔王に拳を突きつけるような体勢だった。
それを見たカガヤは激昂し、即座に黒い靄で刃を作ると攻撃のため飛ばす。
ツキモリを狙って飛ぶ黒い刃に、魔王は初めて眉を顰めた。
「待て、カガヤ」
魔王は言うが、カガヤは聞いていない。
そしてすでに自らを狙って放たれた刃に、ツキモリは笑った。
瞬間、カガヤの黒い刃が袈裟切りに鎧ごと断つ。
顕現同士であれば心の強さがせめぎ合うはずが、ツキモリの鎧は魔王の攻撃を防ぐほどの強固さを発揮していなかった。
「俺を、殺したな? お前なら、そうすると思っていた」
ツキモリはそう言って、諦めと満足げな笑みを浮かべる。
その姿が、シオンには笑って落ちるホオリを連想させた。
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