六十話:姉と妹4
トノとの遭遇で思わぬ戦いが起きた。
互いに少数だが、戦力の質は大将の供回りのほうが確実に上だ。
シオンは二人を相手取り、メイを守りながらの苦戦を強いられる。
(戦場から離れたお蔭で新手は来ない。ならここからメイをクロウの所まで逃がす)
シオンとアヤツの兵で足止めし、自身を強化できるメイには逃走をしてもらう。
シオンはそう言いたいが、敵は隙を与えない。
カタシハに比べれば劣るが、振るう刃に迷いはなく、殺気に躊躇いもない。
そしてトノも、メイを睨み据えて匕首を手に距離を詰めようとしていた。
「生き汚いばかりで! 観念なさい! 生まれるべきではなかったのよ!」
「なんで…………なんで…………私だって…………」
トノの暴言に、メイが声を震わせる。
しかし今までと違い、メイの言葉に現れたのは戸惑いではなく怒りだった。
シオンは不安を覚えて無理に敵を切りつけ引かせる。
それと同時にもう一人に斬られるが、浅く済ませて返す刃で刀を握れないように怪我を負わせた。
「シオン! 血が…………!?」
「私はいい。メイ、走れ。クロウの下へ一人で戻って味方を呼んで」
「でも…………」
置いてはいけないと言わんばかりのメイに、トノが青筋を立て怒りをあらわにする。
「生き延びて育ってもそうやって自分では考えずに自分では何もしない! 愚図なところは何一つ変わらない! あなたのためにこんな馬鹿な争いまで引き起こして! いったい何人が無為に命を散らすかも考えてはいないのでしょう!?」
「救世の巫女に期待しことを起こした者たちがいることは否定しない。だが、今立った者たちは己の選択によって戦いを挑んでいる。決してメイの咎でも責任でもない」
シオンは近づこうとするトノの前に立ちはだかり、あえて笑みをメイに向けた。
「メイ、行って。ここは私が止める」
「…………やだ」
「メイ?」
予想外の反応に、シオンは戸惑う。
「もうやだ! ジンダユウだって私を庇ってあんなことになったのに! シオンまでそんなの絶対に嫌! …………私も戦う!」
メイは戸惑いと恐怖を押し返すように、トノを睨んだ。
トノは不快そうに殺気を叩き返す。
そして供回りに命じる。
「その邪魔な女を殺しなさい。メイと同じで抵抗できる顕現も持たない身の程知らずのようですから」
「シオンは強いんだから! 私だって、前と違う!」
メイは顕現の領巾でシオンを回復し強化を施した。
目に見える傷の回復にトノも警戒して半身を引く。
その間にメイは自身も強化し正面からトノに距離を詰めた。
シオンはすぐさまメイを援護する位置について移動する。
虚を突かれた供回りを牽制し、トノに攻撃できる範囲の位置を取った。
「この、調子に乗って!」
「大将とか言って調子に乗ってるのはそっちでしょ!」
トノは匕首を振るが、避けるメイを捉えられない。
メイも大型の鬼女と相対し、戦う勇者たちを側で見てきた。
確かな実力者である大将カタシハ相手にも生き残り、叩きつけられる殺意を何度も浴びている。
「なんだ、トノって口だけじゃん」
「減らず口を! 何を言っても座敷牢でいじけていた愚図の癖に!」
経験の違いは、殺し殺される中で、行動をとれるかどうかだ。
それが姉と妹で違った。
トノには覚悟と怨嗟がある。
だが決定的に実践からは遠く、経験のない領主の娘だった。
メイは戦闘力などない。
それでも一人走って逃げるという状況判断は、シオンと出会う前から培っていた。
そしてシオンと出会ってからは戦いの連続であり、自ら剣を振るうことなどなくとも、常に戦いを側で見てその機微を肌で感じている。
確実に、メイの中に実戦の経験が積み上がっていた。
「ほら、やっぱり口だけだ。もう疲れて腕が下がってる」
「黙れ! 何をしている!? メイを取り押さえなさい!」
供回りに言うが、トノの命令に応えられる者はいない。
メイがトノを誘導し、供回りから引き離していたのだ。
さらにシオンは顕現に持ち替えて、火を放つことで牽制をする。
アヤツの兵も淡々とメイを守るために動き、引くことがない。
「大将なら、ここでトノを捕まえれば、兵は退くと思う、シオン?」
「難しい。だが、動揺は誘えるだろう」
「よし」
「馬鹿にして!」
シオンの言葉にメイがやる気を見せると、トノは嚇怒して匕首を振る。
(供回りは、あまりやる気がないな。これは大将になったばかりで命令系統に馴染んでないのか。それと同時にあまり兵を掌握もしてないとすれば、アヤツの言ったとおりだ)
供回りからすれば、今のトノの命令は下策でしかない。
ましてや大将であることを忘れた振る舞いは、従うべきかを迷わせる。
守るべき王を狙う賊との戦いが起きているのに指揮もせず、私怨に走ってその上戦えもしないのに前に出た。
戦う心構えのある者からすれば、いっそトノは足手まといでしかない。
(だが従っている。となると、さすがにトノを捕まえたとなれば、今のような様子見はしないだろうな)
供回りは質が高い。
その上で、アヤツの兵は恐れず怪我も気にせず、静かに挑みかかっている。
その不退転の勢いと不気味さに押さえられてはいるが、そもそも焦る様子はないのだ。
何故なら、メイの顕現はどう見ても攻撃に向かない。
それに動きからも戦い慣れてない様子はわかる。
それよりも確かな立ち回りをするシオンを押さる方向で供回りは動いていた。
そのために顕現も出さずに戦っていた時から、二人も回されていたのだ。
「メイ、離れすぎないで」
「あ、そうだね。トノももう疲れて、今以上に動けそうにないし」
シオンが守れる範囲に呼び戻す。
応じるメイの言葉でトノは激高した。
勢いのまま匕首で刺そうと襲いかかるが、メイはそれを難なくかわす。
途端に、疲れで足元がもつれたトノはこけた。
「うわぁ、大丈夫?」
「メイ!」
全ての攻撃を避けた。
その慢心から警戒もなく寄って行ったメイにシオンが鋭く警告の声を上げる。
しかし遅く、トノはメイの袖を力の限り引いて転ばせた。
そしてメイに乗り上がると匕首で刺そうと上から体重をかける。
「メイ! く!?」
シオンがトノの背を狙うと、さすがに本気になって供回りがシオンを攻め立てた。
火での牽制を飛び越えて斬りかかり、奇妙な顕現にも警戒はしても怖気ることなく挑みかかる。
その間にも、メイは匕首を握るトノの腕を掴んで止め、さらには領巾を巻きつけて動きを縛る。
そうされても、トノは匕首を刺そうと腕を振り、体重をかけ抵抗しながら襲った。
メイも下という不利ながら、体を振って抵抗し、隙をついて位置を入れ替えることに成功する。
「ちょっと、大人しくして! トノ!」
「黙れ! 私がこの手で清算する!」
「殺さる、わけには、いかない、の!」
「それ以外に過ちを正すことはできない! 生まれたのが間違いなのだから!」
「そんなの! 私のせいじゃない!」
言い合いながら揉み合い、メイの頬に匕首の刃が当たった。
生まれたことさえ否定され、メイが怒りに力を籠める。
そのことで姉妹の拮抗が崩れ、メイは体勢を崩し、暴れていたトノも咄嗟に反応できない。
「あ…………メイ、あなた…………」
供回りが息を飲んで動きを止めたことから、シオンももみ合っていたメイを見る。
そこには匕首で胸を突いたトノが倒れていた。
「ち、違…………」
「父も、母も、私も…………」
「そんなつもりじゃない!」
怯えて否定するメイに、トノは血を吐いて叱責する。
「殺すつもりもなく殺して! 死ぬつもりもなく死なせて! いつまでも自分だけが被害者のような顔をする! ふざけないで! 殺した相手の命すら背負うつもりもない愚行を繰り返して! 奪うばかり、失わせるばかりの、愚図…………! 責任、取り、なさ」
トノは糸が切れたように動かなくなった。
メイは姉を見下ろして立ち上がる。
涙はないが、確かに姉であった者の死に、メイは深く傷を負うことになったのだった。
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