五十九話:姉と妹3
ケンノシンが合流し、シオンとメイはまた少数で侵入するクロウの援護に向かった。
「お待ちしていました」
正面を攻めるミツクリとケンノシン、その脇でクロウが別の入り口を攻める構図。
そして相対するように見せかけたアヤツが、内側から門を開いた。
「ジンダユウどのの姿が見えないようですが。それに、ホオリは今も単独行動なのですか?」
アヤツにすぐに答えられる者はいない。
ただメイは明らかに顔色を変えて悲痛な色を浮かべる。
それだけでアヤツは目を瞠って察した。
「そう、ですか…………。私に、共にと最初に声をかけてくれたのはホオリだったのに。先に降りてしまうとは」
アヤツは口元を覆って固く目を閉じる。
その瞑目にメイは少し肩の力を抜いた。
ようやく自分以外にも悼む人がいたことに安堵して。
「悪い知らせが重なってしまいますが。軍の者を使って足止めしていたカガヤが、単身こちらに戻っているとの報告が入りました。私はカガヤをあえて城に入れて、軟禁するために動きます」
アヤツの言葉にクロウは考える。
「今あの呪いの力を発揮されても困る。だが、城への開門までを共にという約定であった」
「ですが、カガヤを誘導するために言葉を交わせるのは私くらいのものなのです。兵ではカガヤは止まりません。カサガミが外へ出ている今、陛下のお側に侍る者は減らすべきです」
アヤツは自らがカガヤを止めるべきだと力説した。
「もちろん、私のほうに兵は必要ありません。同じ三傑として話、誘導します。ですので、私の部下を存分に使ってください」
アヤツは埋め合わせのように、惜しげもなく自らの部下と兵を提供した。
「必ず、巫女であるメイどのをお守りせよ」
厳しくアヤツが命じると、部下たちは迷いなく返事をする。
この場にいて話を聞いていたのは、アヤツと同じく魔王の治世を終わらせる気概のある者たちであることが知れた。
「私はカガヤを首尾よく軟禁した後は、できる限り陛下の周囲から兵を遠ざけるためにあちらの指揮に戻ります。新たな大将は兵を掌握できていませんので、今なら私が動かせます」
「頼むしかなさそうだ。こちらは門を開いた後にはすぐに魔王を打倒のために動く」
クロウはアヤツの兵を借りて、内側から門を開くため攻勢に出る。
その間、シオンはメイを守り、戦いには加わらない。
激しい怒号と剣戟の音。
痛み、恐怖、罵り、嘆きの叫喚。
(あぁ、私はこれを知っている)
背後ではシオンに庇われてメイが震えている。
シオンはそんなメイに罪悪感を覚えて、戦闘の行われていない場所へと進むことにした。
アヤツの部下の一部が何も言わずについて来る。
(妙に、静かな者たちだ。メイのように怯えるのでもなければ、戦いへの興奮もない)
全く誰が誰かも知らないシオンならいざ知らず、この城の兵である者たちなら顔見知りもいるだろうに静かすぎるように感じた。
それでもまずはメイを落ち着けようと、本丸から横に逸れるようにシオンは進む。
そうして一度息を吐いたが、思わぬ場所から人の気配が立つ。
見えない石垣上に通路があり、そこから新手が降りてきたのだ。
「そのような場所で何をしているのです! 休む暇など…………」
女の声が、アヤツの兵の姿を見て叱責する。
見れば、質のいい鎧を着た者たちを従える位の高そうな女だ。
風に靡く金色の髪と面立ちに、シオンは確かに血縁関係を見た。
「…………メイ」
「トノ…………?」
憎々しげに名を呼ばれたメイは、狼狽えた様子でトノを呼ぶ。
それにトノはさらに口元を歪ませた。
「さすがに親を殺したあなたでも姉の顔は覚えていたのね」
「え…………!? な、何言ってるの?」
トノの言葉にメイは本気で狼狽え、身に覚えがないという。
その様子がさらにトノの憎しみを煽り、鋭く声を上げた。
「救世などとのたまう愚か者がここにいる! 誰ぞ我が前に平伏させよ! 大将を賜ったこの私が手ずから首を断つ!」
「なんで!? なんで、そんなに私を殺したがるの!」
メイは本気で怯え、身に覚えのない殺意に震えた。
シオンも太刀を構えてトノを見据える。
トノも、メイの周囲の兵が動かないことを見て眉間を険しくした。
「馬鹿な予言などというものに踊らされて! そのような者に近づいたところで何が救われるものか! 愚鈍で、恥知らずな、頭の弱いただの娘に救われると本気で思うのか!?」
「うぅ、なんでいつもそうやって馬鹿にするの! トノは親にも可愛がられてなんでも好きにさせてもらってたのに!」
メイは親しい者の死や、巫女としての圧迫、何より殺すと明言する者を前に精神的に追い詰められる。
そのため、子供のように声を高くしてなんでと、繰り返した。
ただそれはトノの神経を逆なでするだけ。
「本当、本当に自分が何をしたか、何をしなかったかもわからない愚図! また何もせずに泣きわめいて取り返しのつかないところまで座り込んでいればいい!」
トノが手を振ると、周囲の者たちが抜刀し、襲いかかってきた。
「メイ、離れて。でも離れすぎないで」
シオンはメイを背後に庇って襲ってきた者と切り結ぶ。
アヤツの部下もメイを守るために抵抗し、ごく少数での乱戦が発生した。
そしてその間、戦うすべはないらしいトノはメイへと告げる。
「母は死んだ。あなたのせいで負った傷の後遺症で、床から起き上がることもできず、少しずつ傷口が腐って死んだ。それでも、自分が親を殺していないというつもり?」
「メイ、聞かなくていい」
シオンは目の前の敵を押し返し、すぐにメイへと声をかけた。
(メイの動揺からして、傷を負わせたのは故意じゃない)
シオンはそう見たが、トノはさらに責め立てた。
「父はあなたを処刑できなかった責任を取って腹を切って詫びた。あなたがいなければそんなことをする必要もなかったのに、それでも違うと? 自らに非はないと?」
「それは、本人の贖罪であって、他人に負わせるだけ、故人を侮辱するぞ」
シオンはまたメイを狙う者を打ち払い、トノに道理を説く。
そんな邪魔に、トノはシオンを睨んだ。
「なんのつもり?」
「私は巫女の従者を名乗ることになっている。何を言われようとメイを見捨てることはない。すぎた話を蒸し返したところで今さら取り返しもつかないだろう」
「シオン…………」
メイは過去を失ったシオンだからこそ、心からそう思っていることがわかっている。
ただトノにとってはそれこそが両親への侮辱だった。
「そんな勝手な言い分で過去の罪をなかったことにしようとは恥を知れ! メイさえ生まれなければ我がサクイシは領地を安堵されたのに!」
「え、え? 領地、なくなったの?」
「メイ、当主が腹を切るなら、その領地は返されるんじゃない?」
シオンも詳しくないが、トノは何も知らないメイに腹を立てていることはわかった。
(たぶん、メイの姉なのは本当なのだろう。そして救世の巫女という魔王の敵対者を身内から出して、そして父は腹を切った)
何かの折にメイが母親に重傷を負わせ、残されたのがこのトノだということはわかる。
「やはり、生きているべきではなかった…………! 今からでも父母の過ちを私が正す!」
トノは顕現を手にした。
それは匕首。
確かな刃物だが、戦いの場では一太刀しか使えない不利な武器だ。
ただ、その刃の鋭利さは本物であり、トノの殺意を表すように、砥がれたばかりのように白く光りを反射する。
「あなたが生まれた時、両親はその命を惜しんで隠して育てることにした! それがそもそもの間違い! 何度座敷牢から逃げられるように、その生まれの不利をそれとなく聞かせても、愚図なあなたは自ら生き永らえるための行動には出なかった!」
「そ、そんなの知らない!」
「知ろうともせずにいたくせに! 何も聞かない、何も見ない、何も言わない! 誰かが助けてくれることをただ黙って待ってるだけの役立たず! 何度私が出て行けと言った? 何度私がここにいるべきではないと言った? それすらも忘れたか!?」
「そ、そんなこと言われても、わ、わからないよ! それに、生まれて、悪いことなんてしてないのに、どうしてそんなこと言われるかなんて、わかりたくない!」
「その愚かさのつけを、両親が払ったのがわからないの!? あなたがぐずぐずしているから、領主としてけじめをつけなければいけなかった! その上で処刑の時にもあなたを逃がそうとあえてあなたを打った母を、あんな…………!」
トノは罵りながら近づき、メイは怯えて足を引く。
兵はその進みを助けるために動くが、シオンはメイを庇って立ち、退くことはなかった。
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