五十八話:姉と妹2
ジンダユウは最初に、勇者のクロウをケンノシンの援護に向かわせた。
「ともかく日のある内に、俺は死なないってのが、予言だ。今の内に決着をつける」
「でも…………」
メイはじくじくと止まらないジンダユウの傷に泣きそうな顔になる。
ジンダユウは余裕なく、シオンに指を突きつけた。
「シオン、お前だ。巫女に足を止めさせるな。きっと、お前はそのためにいる」
「死に向かうのなら、私は止める」
「それでいい」
シオンが退けない一線を示すと、ジンダユウはいっそ任せるように言った。
さらに状況は慌ただしく動く。
ジンダユウの負傷は伏せられ、カサガミの襲撃と、引き離しによって勇者二人が倒そうと戦っているという情報だけが勇者軍には知らされた。
恐れられる三傑の不在によって戦意を高揚させ、一気に城へ攻め上るために。
「アヤツは城の門で待機してるはずだ。カサガミが離れた今しかない」
ジンダユウは弱いながら、強い声で言い切った。
誰もが覚悟の顔をする。
この場には、ジンダユウが顕現の鞆で呼び出せる者しかいない。
誰も、ジンダユウを仲間だと思うからこそ、その死を見据えながら踏み出そうとした。
「メイ」
「なんで、どうして…………」
ただメイだけは、覚悟も決められずシオンの袖を握りしめて子供のように繰り返す。
だからこそ、ジンダユウはシオンに託した。
メイは死を恐れ、他人の死にも足を止めてしまう。
しかし救世の巫女であるなら、勇者と共に前に出なければいけない。
予言を思えば魔王を打倒すその時に、居合わせなければいけないのだ。
だから動揺しないシオンに託された。
それが最初の予言に書かれた、いみじき供をうち連れましという文言の意味だととらえて。
「ミツクリ、お前しかいない。退くな、進め」
「わかってる。わかってるよ」
ミツクリはジンダユウに言われ言葉に、歯噛みするように答える。
ホオリは死に、ジンダユウは動けず、ケンノシンは三傑のカサガミを引きつけ、クロウもそれを援護しに行った。
(ミツクリが、最後だ。こいつは勇者の中で、最後まで生きてると言われた奴だ)
ジンダユウは失血で苦しむ中、それでも頭を動かし続ける。
ケンノシンとクロウがカサガミに殺されるかもしれない状況で、巫女と共に勇者に相対できるのはミツクリしかいない。
「俺の顕現で、最悪ここまで脱出はできる。いいな、殺される前に合図を出せ」
ジンダユウは血に濡れた鞆を見せて、ミツクリに銘じる。
遠い場所の仲間も呼べる顕現だが、合図は城内から、城外の陣にわかるようにしなければならない。
「鏑矢を鳴らす」
ジンダユウがミツクリを名指ししたのは、残る一人だからであると同時に、合図役のため。
音の鳴る矢を作り飛ばすことで、一人しかいない巫女を優先して逃がすためだった。
それを、言葉に出さずにジンダユウとミツクリで共有する。
言えば、メイは反対するから。
すでに死んだ者のために足を止めてしまいそうになっている。
そして助けられない者のために嘆き、見捨てられないと心を痛めた。
それでは、戦った者たちの何も報われない。
四年をかけてこの時を、勇者たちは待っていたのだ。
そんな勇者たちの思いを汲むことができるのは、メイではなくシオンだった。
そしてシオンもまた、メイを優先して逃がすための合図だとわかっていて、何も言わない。
「…………そうだ、メイ。ジンダユウを強めるようなことはできる? ホオリが、弱らされた時に、その分強めて誤魔化していると言っていた」
「それで、ジンダユウ少しは楽になる?」
メイは頼りなげに聞き返すが、領巾はメイの気持ちに従いジンダユウを包んだ。
(いてー!)
ジンダユウからすれば感覚が強くなって痛みがいや増す行い。
だが、口には無理やり笑みを浮かべる。
「あぁ、少しはましだ」
「よ、良かった」
メイは強がりに騙されるが、シオンは確かに苦痛の色が増したのを見た。
それをジンダユウは睨むようにして余計なことを言わないよう制する。
実際、感覚は鋭敏になったお蔭で靄がかかりそうだった頭は冴えたのだ。
「こっちの動きをケンさんたちにも伝える隊を用意する。だが、決してカサガミに攻撃されることは避けろ。足でまといになるだけだ」
ジンダユウは報せに走る人員以外を陣から出した。
メイに付き添う形で戦いの準備のためでるシオンは一度振り返る。
「ジンダユウ、必ず戻る。また会おう」
「はは、当たり前だ」
それは魔王を倒して戻るという決意の言葉。
そのシオンの強気な発言に、ジンダユウの死を前に拘泥していた者たちは目が覚めたように光を宿す。
ジンダユウがこうまで身を張り、命を費やしていることに応える一番の方法だと。
ミツクリは一緒にジンダユウが倒れる陣を出て言った。
「シオンは、本当強いな」
「うん」
メイもその言葉に頷き、涙を拭う。
庇われ、死に行く相手を助けられもせず、報いることさえできないままでは恥ずかしい。
メイはシオンの言葉に、やるべきこと、やれることを定めた。
「いや、いっそ私は弱いのかもしれない。きっと、ジンダユウのような状況になれば、諦めるのではないかと思う」
高い志も、真っ直ぐな戦意もない。
ただ流されてここまで来た自覚が、シオンにはあった。
(今も、戦いたくないメイを、逃がす方法を考えてしまっている)
それは許されない。
魔王はすでに、メイを敵と認識しているのだから。
勇者軍は戦わない者を守らず、予言のために強要する可能性もある。
メイを守るには、戦うしかない。
(せめて、私が変わろう)
戦えないメイの代わりに。
それなら自分にもできる、巫女の従者として求められる役割も果たせる。
シオンはそう思い決めて、魔王の城の前に立った。
「御託を言えるほど俺は頭は良くない! だから言えることはこれだけだ! 魔王を倒せ! 世界を救ってやる!」
勇者として一人、兵の前に立つことになったミツクリは、戦意高く言い放つ。
勇者の言葉に兵たちは湧き、城に籠る魔王軍は怯んだように見えた。
ただ勇者軍に兵を扱える者は少数であり、ミツクリは勢いに乗せた者たちと真っ直ぐに城へ向かうしかない。
城の防備は上が優位。
六台の拠点ではそれで凌いだ。
今度はその高さに勇者たちが苦しめられる番になる。
「ともかくアヤツとのことを気取られないように。まずは正面。そして約束のあった門にいる兵を減らすようにするんだ」
ミツクリはジンダユウの部下から策を聞きながら、兵たちを鼓舞した。
それと同時に敵から降る矢を減らすために、自ら矢を放ち弓兵を落とす。
「そっちに向かう人は…………」
「遅れた」
「ケンさん!」
ミツクリを中心に指示を出している場に現れたのは、カサガミと戦っていたはずのケンノシンだった。
「アヤツとの合流にはクロウを向かわせた。カサガミはどうも私と真剣勝負をのぞんでいたらしい。今はできない上で、後で必ずと約束して見逃してもらった」
一対一で戦いたいと願うカサガミは、ケンノシンの後でという言葉で去ったという。
問う目を向けられてケンノシンは、場を混乱させないためにもそうなった要因を告げた。
「…………魔王にさらわれた、弟の娘であった」
本人さえ知らなかったカサガミとの血縁。
その上で、何故殺し合うことを望むのかを、ケンノシンは口にしない。
ただ本人も飲み込み切れない事情があることは、表情で推察できる。
「あの娘は、死に場所を望むらしい。魔王への恩義はあるが、自らの望みを優先していいという許可を得ているため、再戦が叶うなら、この戦いには手を出さないと」
「おいおい、三傑ってのはどうなってんだよ」
アヤツの裏切りに続いてカサガミの独断。
勇者軍にとっては好機と言える状況だが、ミツクリは敵ながら顔を顰めたのだった。
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