五十七話:姉と妹1
都への勇者軍の進軍は、結果で言えば成功した。
「ねぇ! ホオリの捜索やめるってどういうこと!?」
「そういうことだ」
魔王の城へ攻め込むために張られた陣の中で、詰め寄るメイにジンダユウが答える。
「怪我して動けないだけかもしれないのに!」
「濠に崩れた建材に潰された奴は誰も生きてない。濠の外に落ちた奴も生きてない。後はもう、濠の底に沈んでる以外に、ない」
シオンを助けたホオリが落ちて、その後足場が燃え崩れた。
すぐにクロウはできる限り捜索を行ったが、都を制圧する必要があり、謎の弱体攻撃もいつ行われるかわからない。
それらの中捜索は難しく、都を押さえて改めて捜索が行われた。
しかし出てくるのは死体ばかり。
そうして自ら現れないホオリと考えあわせれば、結果はもう見えていた。
「…………人手を割いてくれて、ありがとう」
シオンは一度目を閉じると、静かに告げる。
「礼を言われる筋合いはない」
ジンダユウはそれだけ言うと、魔王の城を攻略するための話し合いに戻った。
メイはシオンの袖を引いて、飲み込めない不安をぶつける。
「なんで、なんでありがとうなの? おかしいよ」
「ジンダユウも、できる限りのことはしたんだ」
「仲間が見つからないんだよ? それなのに、殺すために戦うのを優先するなんて」
「生きる、ためだよ」
「私には、そんな風には思えない」
シオンは陣の端にメイを連れて行って言い聞かせる。
その間に話し合いは終わり、緊張感がいや増した。
その上で、ジンダユウはまだシオンに宥められるメイに向かって溜め息を吐く。
それをミツクリが肘で突いて止め、ケンノシンもクロウも責めるように見る。
その様子を見たシオンは、一度メイから顔を逸らした。
「ここを逃せば聞けそうにないから教えてほしい。ホオリは何故か、最後に笑っていた。自らの死に、何を思っていたんだろう?」
シオンの問いに、勇者たちは顔を見合わせた。
その上で、答えるよう押されるのはジンダユウ。
「くそ…………。あー、前にいいところなしな予言されたってヨウマルのこと教えただろ。あれで、死ぬ順番もだいたい予想が付けられてたんだ」
「え!?」
勇者は死さえ予言されていたと聞いて、メイは震え上がる。
目の前の勇者たちがそれを承知でいることにも、怯えた目を向けた。
まるで嫌だというように首を横に振るメイには、死を悼む思いが強い。
だからこそ、惜しまれる側は揃って苦笑を浮かべた。
「ヨウマルが最初。そして次に死ぬと予想されたのが、ツキモリだ」
それは魔王についた裏切りの勇者。
クロウはジンダユウに続けて、ホオリの胸の内を予想した。
「ホオリはずいぶんツキモリの存在を危惧していた。必ず障害になると。ただ自らが生きてる限りは、ツキモリも健在だろうことに忸怩たる思いもあったようだ」
「だから、自分の次が決まってるから良かったって? それもどうなんだって思うっすけど。そのホオリが生きてる限りは、仲間の誰も死ぬ可能性低いって話なのに」
ミツクリは納得できないように小さく不平を漏らす。
ジンダユウは沈む空気を振り払うようにメイへと言った。
「敵が一人落ちることが確定するなら、等価交換とでも思えばいい」
「勇者となった者の中で最初に死ぬとわかって、死に時を測っていたのやもしれん」
「そんなの、やだぁ…………」
ホオリもわかっていたことと告げるケンノシンに、メイ納得できず声を震わせる。
あまりにも救いのない覚悟に思えて、メイは顔を覆うと否定するように左右に振った。
(ホオリが、何処か安堵しているように見えたのは、そのせいなのだろうか?)
シオンはホオリの顔を思い出し、瞑目する。
瞼を開けば、涙して目元をこするメイを止めて、優しく拭きながら自身に呆れていた。
(私は、こんなに薄情な人間なのだな)
シオンを庇ってホオリが死んだ。
そのことに申し訳なさや、生かされたことでその犠牲に報いる思いはある。
ただ、メイのようにその存在を懐かしみ、惜しみ、涙し、悔いる気持ちは湧かない。
(戦いや、死への恐怖はない。それは記憶に恐怖に繋がるものがないから。だったら、この悲しみを理解しない薄情さも、記憶がないからだろうか?)
シオンは初めて、記憶がないことに罪悪感を覚えた。
今までは忘れた相手がいるなどと思いはしても、罪悪感などは感じていなかったのだ。
勇者たちに何者かと疑われても、応えられないことに特に思うこともなく。
「私はホオリに報いるためには何をすればいい?」
罪悪感を覚えても、過ぎたことを悔やむよりもシオンは先を考えて聞いた。
その姿にメイは一人立ち上がって、責めるようにシオンを見る。
「シオンも、そうだよね。こんな、悲しくて怖いのは、私だけで、ここだと私が違って、私が変で…………」
「メイ」
「今は、一人で悲しませて」
メイはシオンさえも拒絶して歩き出す。
初めて明確に拒否され、シオンも追い駆けられず戸惑った。
ただそれにジンダユウは遠慮なく指示を出す。
「巫女が一人でいるな。専用の天幕用意してあるからそこにいろ。シオンも守りに就け」
嘆きに寄り添うことはせず、出て行こうとするメイの肩を掴み止めた。
けれどメイはその手を払って離れ、陣幕を払って外へ出ようと手を伸ばす。
瞬間、陣幕を割って曲線を描く刃がつき込まれた。
上からメイを袈裟懸けにしようと振り下ろされる刃。
「メイ!」
シオンが飛び出すが間に合わない。
瞬間、メイの体は光り、その場から掻き消えた。
同時に、鎌は獲物を失くしても、すぐに返す刃で、次に近い者を切り裂く。
メイを一度は掴みとめた、ジンダユウだった。
「あ、が…………さ、み…………」
「ジンダユウ!?」
ジンダユウの側に顕現の鞆の力で逃がされたメイが叫ぶ。
ただそのメイの代わりのように腰から切り裂かれるジンダユウは、勢いに体を捻りつつ倒れた。
その横を、ケンノシンが鉾を構えて駆け抜ける。
続く鎌のひと振りを、激しく鉾で突いて力任せに防いだ。
「三傑のカサガミ! このヤオエケンノシンが相手をする!」
「ヤオエ! 見つけた!」
メイに狙いをつけていたカサガミは、すぐさまケンノシンに狙いを変える。
重傷を負ったジンダユウにさえ興味はなく、カサガミは鎌を構え直した。
ケンノシンが鎌を捌いて陣を飛び出し、周囲に警戒を叫びながら離れて行く。
「やだ! ジンダユウ!」
メイは我に返って血まみれのジンダユウに領巾を巻き付ける。
すでにミツクリとクロウによってきつく布を巻かれて止血をされていた。
しかし、すぐにまかれた布は赤く染まっていくばかりで、回復が効いていない。
「メイ、こっちへ。他の者、力のある者を呼ぶべきだ」
「待って! なんで、シオン!?」
「は、ひと目で、腰骨やられて、歩け、なくなってんの、わかるのか」
ジンダユウは激痛に声も弱くなりながら、笑うように口元を歪める。
顕現には能力の特徴がある。
その中でもカサガミの鎌は、ジンダユウの鞆に似た種類の能力があった。
鎌で切った者が死ぬこと、互いに仲間と認識した者であることなど、能力を発揮するための前提条件が必要な力だ。
ジンダユウを回復するには、メイの顕現の能力が届くように、前提条件となって残るカサガミの力を排除する必要がある。
顕現の能力を解くこと、もしくは顕現を持つ者ごと殺すことが必要だった。
「くそ、死ぬ順番とかそういうことかよ。怪我は、鎌の、力含んで、治せないんだ」
「なんでツキモリじゃなくて…………いや、えっとともかくカサガミどうにかすんのが先か? ケンさん一人より、俺も牽制に?」
ミツクリは止血をしながら混乱ぎみに呟く。
クロウは、もうジンダユウに対してすることがないと見て立ちあがった。
「ジンダユウは、今日の午前中の間は死なないだろう。そういう予言であり、死よりも遠いはずのものだ。ただその間に、ツキモリや拙僧、ケンノシンどのがどうなることか」
猶予があると思っていた死の刻限は、ホオリの死によって動き出し、ジンダユウの回復の見込みのない重傷によって、その間にいる死の予兆のある勇者たちに迫っていると知れる。
これまで魔王打倒のために味方となっていた予言が、勇者たちにも降りかかっているのだ。
ジンダユウは苦しい息を吐き出すと、最期の力を振り絞って新たな指示を出し始めた。
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