五十六話:攻め上がる勇者4
突然の体調不良に襲われ、少なくない数が斃れた。
しかしそれはメイによる回復で、最小限に押しとどめられたと言える。
「魔王軍は瓦解し始めてる。こっちは俺の顕現で必要な人員は呼び出す。お前たちはクロウとヨウマルのほうに行け。向こうはこの状況から回復できてないはずだ」
焦りの見えるジンダユウだが、まだ現状を諦めるには早いと判断し指示を下した。
シオンとメイは少数の護衛と共に、女だとばれないように頭から外套を被って都を走る。
予想外の謎の攻撃を受けたものの、次はない。
「あれ、なんだったんだろう?」
「力が萎えた。まるで、あの大将どののように」
シオンが思い描いたのはカタシハ。
それは不屈の戦い方だけではなく、突然弱体化するという奇異な状況も含めて。
「え、でも、私が回復しても黒い煤みたいなのは出なかったよ?」
「そう、違うかもしれない。ただ、次がないとは思わないほうがいい。大将どのに続いて私たちも。だったら、何かしらの理由でそのような状態に陥ることがあるんだ」
シオンの警告に、メイは頷く。
(違う、理由か。そんなものがあるほうが、不確かなはず。けれど、どうして私は何か、見たことがあるような気がしているんだ?)
相対する敵が、膝を折って、手に持つ刃を重たげに腕を下げた。
そんな情景を見た気がする。
シオンが思考を飛ばそうとした瞬間、上から影が差した。
すぐさまメイを庇って太刀を構えるが、そこには見慣れた笑みがあることに気づく。
「「ホオリ!」」
「二人とも無事か? さっきの妙な攻撃で萎えたりは?」
ホオリは平気そうに声をかけると、屋根の上から飛び降りる。
「メイが回復した。そちらも同じ状況であった場合救援するために向かっていたんだ」
「そっちも同じ状況だと思ったんだけど、違った?」
「いや、そのとおりだ。だが、俺たちは半分外の警戒に当たってた。そのお蔭で半分が影響受けずすんだんだ。だから俺がともかくジンダユウたちを助けに向かってた」
ただ勇者のクロウは影響を受けてしまったという。
無事であるなら、ともかく回復させるために、ホオリはクロウのほうへ案内する。
「私を助けた炎はホオリだろう?」
「あぁ、西にある櫓の上からな。ちょうどそれっぽい光が見えたから」
シオンは狼煙のために高い位置におり、そのためホオリにも見えたという。
ただ行く先からは戦闘音が聞こえると、シオンもホオリも無駄口をやめる。
「どうやら新手に押されてる。手を貸してくれ。メイとシオンは俺と回復に回る」
ホオリは護衛についていた者たちには戦闘を頼んだ。
回復できるメイをシオンとホオリで守って、指揮を執ると同時に最も攻撃力のある勇者を助けに走る。
そうして味方に聞くと、クロウは櫓同士を繋ぐ木製の足場の上にいると答えられた。
「なんでまたそんな目立つところに?」
「囮のつもりだろうか?」
メイとシオンが呆れると、ホオリも頷いて見せる。
「あいつの顕現の槍は、どうやっても使えば目立つ。いっそ優位な上を取ったんだろう」
「え、でも、槍じゃ届かなくない?」
「あの槍な、クロウの視線が届く範囲なら際限なく伸びるんだ」
メイの疑問に、ホオリが光る槍の顕現の特性を教えた。
ジンダユウも自らの顕現を扱う上では、他にない能力を発揮させている。
シオンはクロウがいるという木製の足場へ向かい、櫓を上りながら聞いた。
「私の顕現もそういうことはあるんだろうか?」
「いやぁ、どうだろう? そもそも頻繁に形を変えるってのがな。そんな状況の心じゃ、まともに顕現を扱えないはずだ。ただ、シオンの場合はそこに記憶喪失っていう特殊な状況が合わさる。だから使えてはいるんだが、顕現の能力を引き出すには、心と向き合う必要があるから」
「記憶のない私では、無理だと」
ホオリの言葉を間にクロウを見つける。
メイによる回復を始めたが、同じように登ってきた敵が反対の櫓に現れた。
「クロウ、俺たちで止める。お前は他の回復が必要な奴らの所にメイを」
「あいわかった。この場は任せよう。すぐに回復した者を援護に回す」
クロウは回復してすぐのため、メイと共に下がる。
シオンとホオリは共に足止めのため留まるが、火の刀を持つホオリは苦い顔だ。
初めて会った時から共闘をし、共に鬼女と言う強敵も倒した。
大抵の相手なら負けないが、身を預ける足場が燃えやすいのでは本領を発揮できないことはシオンにも察せられる。
「ホオリ、メイとクロウが行ったら、下に降りてから相手にしよう」
「そうだな。いつまでもこんな目立つところにいる必要もない」
手近な敵は二人で打ち倒すが、その上で新手が来ているのが見えた。
シオンとホオリは手早く降りて、もっと広い場所で対処しようと頷き合う。
しかし折悪く、いや、いっそ狙ったかのように、突然また膝の挫ける謎の不調が勇者軍を襲った。
今度は全員が都の中に入った状態での不調だ。
「う、あ…………」
「シオン!」
シオンの膝から力が抜けた場所は、足場の際。
下を覗いていた姿勢からの脱力。
それをホオリが咄嗟に掴みとめる。
同時に自らの体重を使って倒れ込むように引き上げた。
「う、ホオリ」
「くそ、やってくれるな」
ホオリは片腕を切り裂かれていた。
シオンを助けることを優先して、敵の攻撃を受けたのだ。
ただ、今はなんともないように不調の影響は見られない。
「俺の顕現は自らの力を強める力がある。弱められた分強めて誤魔化してるんだ。もし、シオンの顕現も同じことができるなら、く!」
ホオリは早口に教える間も、新たに現れた敵を一人で怪我を押して相手にしている。
倒れたシオンはなんとか肘を立てて起き上がろうとするが、その動きに気づいた敵がシオンに短刀を投げつけた。
ホオリは火を纏った刀で応戦し、シオンを守る。
「勇者だ! 勇者がいるぞ! 殺せ!」
「いや、そこにいるのは女だ! 巫女だ!」
「違う! この!」
ホオリは自分への殺意には笑ったが、シオンにまで向くと途端に焦った声を上げた。
動けないシオンを庇う形で複数を相手にする間、声に誘われてさらに敵が増える。
(力を、強める? 顕現で、どうにか…………!)
やろうとするが、シオンは上手くいかず、手元に出した七支刀の炎を見据えても何も起きない。
(メイなら強めることもできるのに)
そう考えた時、今まで変化のなかった領巾が一つ揺れた。
その領巾が触れた場所が、かすかに力を取り戻す。
さらには、触れた場所から水がしみるように少しずつ広がる感覚もあった。
(だが、遅い!)
シオンは初めての感覚に焦りながら、顕現の能力を把握できないまま回復に努める。
その間もホオリは一人で押さえ込んでいるものの、すでに集まる敵は十人に上っていた。
シオンは膝を立てて、最低限剣を振れる形をとる。
瞬間、シオン目がけて突貫する兵がいた。
シオンは七支刀を構えて対応しようとする。
しかしホオリが叫んだ。
「そいつは囮だ!」
目の前の兵を七支刀で止めた途端、その真後ろから新手が飛び出した。
その動きの向こうで、ホオリが足場の外を見て、足元を見て、シオンを見る。
シオンの首を狙って剣が降られると、ホオリは敵を体当たりで止めた。
シオンと切り結んでいた兵諸共三人で横へと跳ぶ。
ただ場所は広くもない木製の足場の上。
さらに跳ぶ方向は都の外であり、水を張った堀が防衛のために広がっている。
「ホオリ!? …………え?」
何とか動けるようになったシオンが手を伸ばすが、ホオリは満足げに笑い返しただけ。
そして次の瞬間、シオンから遠い位置に刀を振る。
途端に木の足場は燃えあがり、足場の傾きに合わせて、シオンを狙おうとしていた敵が体勢を崩し落下して行った。
激しい倒壊音の中に水の音を聞いて、シオンは落ちた方向を見ようとするが、まだ残っている兵がなおも向かってこようとする。
ただホオリが稼いだ時間で、シオンにも援軍が現れた。
「シオン! 今のホオリ!? もしかして落ちたの!?」
援軍を連れて戻ったメイが櫓に現れると、シオンはともかく焼け落ちる足場から退避。
しかし、その場を凌げた後も、ホオリが姿を現すことはなかった。
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