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五十四話:攻め上がる勇者2

 シオンが目覚めてから五日。

 勇者を頭にした反抗勢力は、魔王打倒を掲げて拠点を討って出た。

 大将カタシハを討ち、三傑カサガミの猛攻をしのぎ、魔王打倒の予言を露わにし、救世の巫女を迎えた勇者の軍。


 そんな謳い文句に、町々の反応はわかれた。

 魔王打倒を願って、その進路を妨害せずに素通しする者。

 時には密かな援助を申し出る者も現れる。

 そしてもう一つは、魔王に取り入るために武勇に優れた勇者は無理でも、ただの小娘である救世の巫女を打ち取ろうという者だった。


「都の前に布陣した今、逆に町から功を焦った刺客以外が出て来ないのが怪しいな」

「え、そんなのいたの!?」


 ジンダユウの言葉に救世の巫女であるメイが声を上げる。

 実際救世の巫女を狙った刺客は四人いた。

 進軍の間に、間に合う範囲の町から別々に現れたのだ。


 シオンは金襴の打ちかけに緋袴という目立つ格好で巫女のふりをして人前に出ていた。

 何も知らないメイには、見回りという名目で勇者軍の中でも印象付けるように。

 そして人ごみに紛れて襲ってくる刺客を返り討ちして、ことを凌いでいた。

 そんなこと知らないメイは、巫女装束に青い袴という清廉さを出しつつ目立たない格好で、ずっと進軍中は中軍で守られていたのだ。


「始末したから、ここからはお前自身が注意を払え」

「う、うん」


 最後の打ち合わせでジンダユウに釘を刺され、メイは顔を強張らせる。


「現状、魔王軍はすぐには出て来ない。アヤツの情報によると、新しい大将は信用されず、兵が出たがらないそうだ。それを補佐する立場のアヤツは、できる限り防衛の穴を作る」


 アヤツは裏切り、その上で勇者に情報を流していた。


「三傑のカガヤは未帰還だが、都に向かって移動中。どうもあの星を落とすというのは相当な荒業。静養が必要なくらい消耗したらしいが、それを押して帰還しようとしてるらしい」


 シオンはそうだろうと浅く頷き、メイは気まずげに視線を落とす。


 シオンを害して死の縁に立たせた攻撃は、メイも許せない。

 ただカガヤの疲れの原因に、シオンもメイも他に心当たりがあった。


(カガヤは星を落とすために、空に近い場所にいたのか? あれをもっと人が密集している時にやられていたら、被害はもっと恐ろしかっただろうな)


 本来ならカサガミが勇者を落として、統制できない状態の反抗勢力を、星で襲う算段だったのだ。


 ところがミツクリが抵抗し、ジンダユウは籠って小出しにすることで被害を抑えた。

 結果的に星の犠牲になった者は少数。


「三傑のカサガミは、都で守りに就く。ただ大将の指揮下には入っていないらしい。魔王の命令以外は聞かないと言ってるようで、組織的な動きはしないが何処で刺してくるかわからん。警戒が必要だ」


 ジンダユウの言葉を神妙に受け取るのはケンノシン。

 すでにカサガミが名指しで狙う相手だと教えられている。

 ただケンノシンには心当たりがなかった。


「ケンさんには都の外での指揮を任せる。できるだけ派手に敵を引き付けてほしい」

「おうとも。狙っているというのであれば、カサガミもできる限り都の内部から引き離すよう心得た」


 ケンノシンはその上で広げられた予言を見つめる。


「打ち鳴すは身に沿う刃の惑ひてし。これは警鐘、もしくは異変の報せ。それが身につけた刃ではなく、当人に即した刃であるならば、顕現。顕現が惑うなどという珍奇は、ミツクリとカサガミの争いをおいてほかにあるまい」

「それで言うと、冴ゆる星はしらば落つる夢の際って、あの星が落ちて悪夢見たやつっすよね。で、この冴ゆる星が冬を表すから、魔王の時代の、異変ってことでいいっすか?」


 ミツクリは、魔王の統治の終わりを期待する。

 ジンダユウはさらに下を読んで眉を顰めた。


「霊屋に刻みつ名のありぬればは、どこの墓だよって話だが…………、これはまた警鐘として起きる事象だってのは前段見ればわかる。そうなると、続く、わりなき咎は冤罪か無辜か。で、恨みうたふ声ぞ微せむも、また前段階の事象なんだろうが、これは民からの恨みの勢いで、時が来たと記すと読めるな」


 古語のわからないメイは混乱して訴える。


「もう、全部通しで教えて。覚えきれないよ」


 応えてシオンが次の段をひとまとめに訳す。


「だいぶ意訳になるが…………天に届く高い城を建てれば長くあるだけ倒れ、高い場所で斃れることになる。高位の者も一番高い場所へ至れば枯れ落ちるだけ。その高位を望むなら、同じように行き詰って煙のように立ち消える」

「うむ、色々解釈はあるが、警鐘が起こった後の事象。つまりは、魔王の敗北の情景か」


 シオンの意訳をまとめたケンノシンに続き、ジンダユウが重要な文言を指す。


「で、お待ちかねの首きりて咲くや世の花、だ。この段は終わった魔王の後だろう。つまり、救世の巫女はここで必要になる」

「魔王を、倒した後?」

「いや、倒すその時にいなければいけないだろう。首を切るのは勝利を得た直後だ」


 怯えるメイに、シオンは死体を丸々運ぶには重いという言葉を飲み込んで続けた。


「そらなる御座ゐ給わば穢ひ捧ぐべきはさらなり。たぶん、次の王が立つには、穢れを祓う必要がある。憐れむな諭すなというのがなんだろう?」

「その後は、罪がどうとかっすよね。これって、悪いことしてた魔王がいなくなればいいことあるよって話っすか?」


 ミツクリに聞かれてケンノシンは最後の段に目を走らせる。


「罪をすすがば契り置きし幸ふる地の給ふ、の部分はそう読める。だが、続く罪せらるるは緑も星もかれにけるは、罰せられる側になるなら、と言う話かもしれない」

「じゃあ、最後の尋ねて償へる思ひあらば今一度の知るしありなむは?」


 問いかけるメイに、シオンが応じた。


「何か、知らなければいけないこと、思いを汲み取るなら、もう一度知る機会があるかも」

「そこは先のことだ。今回はこの前半が重要だ。俺たちは魔王を倒す。それからだ」


 ジンダユウが打倒魔王という目標を意識するよう告げる。

 それが叶う予言があり、そして予言の警鐘はすでに二つまで現れていた。


「三つ目の霊屋は、もしかしたらアヤツが提示した抜け道のことかもしれん。郊外の墓地に潜むようにと連絡があった」

「そう言えば、あいつも予言知ってるのか。だったら、少しでも満たすように考えてはいるってことか」


 ジンダユウの報せに、ミツクリはいまいち信用できない顔で呟く。


「四つ目の民の声と解釈した恨みの声はすでに後押しはある。故に、霊屋の件もすでに満たしている可能性はあろう。このまま、アヤツと連携して少数精鋭が都へ侵入するといい」


 作戦は都の外で勇者軍との戦いが始まってからであり、ケンノシンは任せろと言うように頷いて見せた。


 作戦では、ジンダユウは都へ潜入し、その顕現の能力を使ってさらに他の者を召喚。

 都内部で味方の数を増やし、閉ざされた城門を開放する。


「潜入した後は二手に分かれる。南の城門を開ける組と、西の城門を開ける組だ。西のほうにはすでにクロウが待機してる。ホオリもクロウのほうに合流したと連絡があった」


 段取りはすでに終わっていた。


「戦いが始まれば連絡は取れない。まずは都の制圧。そのためには魔王軍を確実に都の外へおびき出す。そして都の内側から門を開いて挟撃。相手を潰すことは考えるな。散らせ」


 魔王軍と戦いを行ったからこそのジンダユウの言葉。

 その言葉にシオンはカガヤの発言を思い出していた。


(魔王を慕い、そのために踏みとどまる者は、どれくらいいるのだろう)


 考えて不意に、星に打たれた夢を思い出す。

 それは自らと同じ顔をした少女が、傷を負ってなお進むようにと誰かを鼓舞する情景。


(そんな相手が私に? 思い出せない。その人物は、今も戦っているのだろうか)


 考えて、シオンは何か見落としているような感覚を覚えた。

 頭を押さえるが思い出せない。


「シオン?」


 メイがシオンの異変に気づいて、心配の声をかける。


「ん、私はメイと一緒にいる。大丈夫」

「うん」


 かつて身を盾にする相手がいたとしても、今のシオンはメイを守ると決めていた。

 何よりメイはジンダユウと共に都の中へ向かう。

 少数故に苦戦が予想されるからには、メイの顕現の強化能力は不可欠なのだ。


「シオン」


 ジンダユウが呼んで、シオンが頷くと、ミツクリが不満げに目を向ける。

 ミツクリは顕現の消耗が激しいため、ケンノシンの補佐として都の外に待機するのだ。


「シオン、無茶するなよ」

「わかってる」


 シオンはミツクリに笑みを向けて応じる。

 死なないように立ち回るということに困難は覚えても、死地へ向かうという気負いは、シオンにはなかった。


毎日更新

次回:攻め上がる勇者3

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