五十三話:攻め上がる勇者1
勇者の拠点は、魔王打倒の機運が高まっていた。
それと同時に外部からの志願者も膨れ上がり、喧噪が途切れることはない。
ケンノシンは信頼できるものを集めて戻っており、そちらの統制は取れている。
他に人員を求めたクロウは、志願の者たちを順次送り出し、まだ拠点には戻らないでいた。
「ホオリは?」
「カサガミって三傑の後方部隊襲って、次の侵攻がないようにしたらしいよ」
身繕いを終えたシオンの問いに、メイは答えながら歩く。
揃ってジンダユウたちの下へ向かうと、そこには見慣れた勇者と反抗勢力がいた。
ただ、アヤツの姿はない。
すぐにシオンとメイに気づいて、ミツクリが心配の声を聞かせる。
「シオン、ずっと寝てたのに歩いて大丈夫か?」
「丸一日寝ていたらしいとは聞いているが、その程度ならなんともないようだ」
シオンは答えながら、集まる者を見る。
護衛隊として同行した者もいるが、明らかに数が少ない。
ジンダユウが顕現の鞆で呼び出す盾の持ち主がいない。
(ミツクリを助けようとする中にはいたはず。…………星に当たったのか)
精強な人物であり、実際に戦う場面でもその頑強な肉体で盾を確かに支える人物だった。
それが星に当たって一日ともたず、儚くなってしまったのだ。
シオンは改めて、己の運の良さを実感した。
「これ以上はもたない。進軍の準備を始める」
シオンとメイが座ると、ジンダユウが告げる。
意気が高く人が多くなった反抗勢力は、その分多くの者が興奮状態で、見知らぬ者同士の諍いに発展することもあるという。
「うむ、このままではいずれ内部から血が流れることになろうな」
「え、そこまでなの?」
ジンダユウの決定に賛同するケンノシンに、メイはまるで知らないように驚く。
シオンが不思議そうな顔でメイを見ると、ミツクリが苦笑いで教えた。
「メイ、ずっとシオンの側離れなかったからな。外すっごいぜ」
「確かにここまで人々の立てる音が聞こえてる」
シオンは気づいて耳を澄ます。
さらにそこに武器を扱う金属音も拾い眉を顰めた。
ジンダユウは今決断したように言ったが、あえて口にして告げただけで、すでに準備は始まっているのだ。
その上で気になったことをシオンは聞いた。
「ホオリは戻らないのだろうか?」
「あぁ、あいつならまた先に行くだとさ」
ジンダユウが不満ありありで教える。
「こういう時は足並み揃えて、勇者でございと見せつけてこそだってのに」
「それはちょっと」
「うむ」
ミツクリが以前のように自信なさげに言えば、ケンノシンも年甲斐もないと言いたい様子で同意する。
「ホオリ、ジンダユウがそう言いだすってわかってたから先行ったんじゃない?」
「こういうのは勢いつけて敵を威圧することにもなるんだよ!」
「自分が目立ちたいだけでしょ」
「目立ったなんぼだろうが! 勇者が前に立たずにどうする!」
からかうように言うメイに、ジンダユウは拳を握って勇ましく言い放った。
ただメイは疑いの目を向ける。
何故なら最初にシオンとメイだけを送り出すつもりでいた前科があった。
つまりここでも勇者として旗頭にはなっても、前線に出る気はないのだ。
「と、ともかく、ホオリは俺が散らばらせてた奴らをまとめて都に上る。合流はぎりぎり。クロウのほうは都前には合流できる算段だ」
そんなところから、話しはどんどん真剣なものへと移り変わっていった。
そして巫女の立ち位置についても話が出る。
「ちょっとそれらしい格好して立ってもらう。だが、敵側からも巫女だとわかりやすくなるはずだ。そうなると矢が襲うだろう。ミツクリなら矢の軌道が読めるから側に待機させる。それとシオンもな」
「え、だめ!」
メイが反射的に反対すると、シオンは目を瞠った。
「メイ、どうして?」
「だ、だって、シオン、私を庇うじゃん」
言い淀みながらも勢いで訴えるメイの顔には、怯えがある。
実際黒い星から身を挺してメイを守った。
だからこそシオンは否定できない。
すでに庇って死ぬことはしないと約束したが、庇うこと自体はシオンの中で選択可能な行動だと思っていた。
しかしそれも、メイは駄目だというのだ。
「…………メイもするのに、私は駄目なの?」
シオンの問いに、メイは答えられない。
身を挺して庇うには身体能力、危機察知能力が必要だが、メイにはない。
けれど、庇える状況があればどうか。
そう考えた時、メイはシオンを、身を挺して庇うことに疑いはなかった。
そういう人間だ。
「言ったとおり、庇っても死なないようにする。ちゃんと自分の身も守る。それでは駄目? メイだけ危険な場所に立たせるのは、私も嫌だ」
「うぅ…………、あ、危ないことは、しないでね?」
「善処する」
言い返せなくなったメイは精一杯、シオンを案じる気持ちを伝えた。
シオンは善処しても至らないこともあると内心では思いつつ、言ったからには守ろうとも考える。
そうして話は進み、ジンダユウはまた大勢に次々と指示を飛ばし始めた。
その上でシオンを一人呼び出し、後で話があるという。
「ちょっと待て、この進路の備蓄を確認してから…………よし」
ジンダユウは日暮れになっても忙しく、それでもシオンが現れると周囲を下げて招き入れた。
「お前のことだ。メイには言えない内容くらいは察してるだろう」
「メイを守ることに関する話だと思っている」
露悪的に言うジンダユウに、シオンは優しく言い換えた。
その気遣いにいっそジンダユウはやりにくそうに顔を顰める。
「シオン自身、自分の出生というかどこの誰だかわからない怪しさは自覚してるだろ? だが、メイを守ることに関しては一貫して本気なのも、見てきて知ってはいる」
「予言にそれらしいことが書いてあっても、今のところその私がどのような働きをするとは書かれていないのが不安の種か?」
「そういう頭の良さも、疑えば切りがないんだよ、お前は」
ジンダユウは大きくため息を吐くと、今さら探り合うことをやめて膝を打った。
「正直、今回の侵攻は準備不足だ。だがそれを補って余りある勢いがついてる」
「救世の巫女であるメイの合流、全ての勇者の集結、大将カタシハの死、そして予言」
シオンが数え上げるとジンダユウは頷いて続ける。
「勇者は六人いるし、それぞれがそもそも連携してない。だが、こうして足並み揃えたからには、一人倒れたところで他が残っていれば勢いを保てる。…………だが、巫女は一人だ」
「守りも現状、足りないという話?」
「そう、だからお前にはメイの影武者をしてもらう。増えた人員の中に刺客がいる可能性もある。魔王軍は大将がトノっていういまいちな奴に代わったらしいから、お行儀よく宣戦布告を待って攻撃なんて作法守るとも思えない」
つまり、本物の巫女が確かに姿を現す必要があるまでは、シオンが矢面に立てとジンダユウは言った。
実際予言に期待する救世の巫女に相応しい立ち振る舞いができるのはシオンだ。
祭具に見える顕現も領巾と言ってごまかしがきく形をしている。
危険な役回りだが、迷わず答えようとしたシオンは、戸が開いたことで一度口を閉じた。
「ちょっと待ったー! そんな囮にするようなことさせられねぇ!」
現れたのは、廊下でシオンが入って行くのを見て、耳をそばだててしまったミツクリだ。
シオンを案じてのことだが、当人がすでに覚悟を決めて拒否する。
「いや、数ならぬ身の私であれば、勇者よりも重要度は下がる。合理的な提案だ」
「そうだぞ。他人の心配よりも自分の腹くくれ。お前は今回カサガミ相手に顕現を酷使しすぎた。休ませてやるが、その分お前が引き継ぐ段になっても逃げるなよ」
「そ、それは…………」
替えが効く勇者とはつまり、ミツクリ自身が誰かの代わりに立つ可能性も示唆した。
自分のこととなって及び腰になると、ジンダユウは呆れててシオンに言う。
「本当、こういうとこの腹の座り具合も、いっそ怪しいんだよなぁ」
「存外記憶がないと、恐れるに必要な記憶もないからな」
「でも、悪夢見て泣いてたじゃないか」
心配と気遣いで言うミツクリに、シオンは笑うだけ。
もうどんな感情だったかも思い出せず、本当に鬼女や炎だったかも定かではない。
それでも何かを失ったからには、同じ轍を踏むまいという気持ちだけは、シオンの中に新たに生じたものだった。
毎日更新
次回:攻め上がる勇者2




